人生は、いつどのタイミングで亡くなるのかはわからないものです。大切な人が増えていくと、それだけ別れがつらくなります。その大切さは思い出となっていつまでも大切にされていきます。
この大切という字は、不思議な字です。語源を調べると、平安時代に遡ります。今昔物語集では「大い切る」は、切る(きる)ではなく、切る(せまる)という読み方になっています。平安末期には、「捨て置けない」という意味になります。そして室町くらいの頃になると「かけがえないのもの」となります。江戸時代には、「愛する」と訳されるようになります。今の時代も、守りたいもの、失いたくないもの、敬愛するものと訳されます。
人生は守られている存在が増えていき、自分が守りたいと思う存在も増えていきます。失ったとき、守られていたことに氣づくものです。では何を守られていたのか。それは存在そのものや心が守られていたことに氣づきます。
親切という言葉もあります。これは親を切るではなく、親しみ丁寧に接するという意味です。この切るという字は、守るという意味ではないかと私は思います。この守るという言葉も、切ると同じように歴史の中で変化している言葉です。
言葉というのは成長していくということでしょう。
それは人が用いることが増えていくからです。その言葉をどのような時に用いたか、それによってその言葉に新たな人格が加わるのです。
人が使っている言葉には、人格が宿ります。誰が使うか、どのように使うかで意味も変わります。だからこそ、先ほどの大切という言葉や親切という言葉は特に重要な言葉になっていきます。
私は徳という字もよく使います。この徳も歴史と共に成長していきます。言葉というのは、その時代の人格が依り代になっているものです。
いのちというものを思う時、言葉の大切さを改めて実感します。親切や大切など、暮らしの中で使う言霊を見守っていきたいと思います。
