法螺貝の甦生

現在、英彦山で法螺貝を甦生していますがせっかくなので甦生の特徴というものを整理してみたいと思います。

まずはじめに、法螺貝を持つためには法螺貝とのご縁が必要です。基本的には、法螺貝の甦生はすでに法螺貝をお持ちのご紹介者を通してか直接、英彦山に来てお話をさせていただく方しか受け付けていません。その理由も、顔や波動を観てご縁を確認してから理想の法螺貝を探していくからです。またすでに何らかの理由で法螺貝とのご縁がありお持ち込みの方も受け付けています。ただし、他の方が手掛けたものは甦生できないものもありお断りすることもあります。

流れは下記のようになります。

① 霊峰英彦山の守静坊にて吉日を選び法螺貝を安置し地下から湧くお水で清め光を当てて龍音によりご祈祷をする。

② 丁寧に洗い法螺貝の先端を切断し削りその貝の個性を見定めて螺旋の息が通るように調整する。

③ 手作りの唄口を天然の地下水と麻炭を使い石膏でつくりこむ。

④ 唄口を法螺貝に取り付け調律をし、その法螺貝の唯一無二の音を確認したらそれを立てて天地に調和する。

⑤ 完成のご祈祷をし、木の中に安置する。サイズや重さ、証明書と手引書を用意する。

⑥ 英彦山の守静坊にて法螺貝を磨きお手入れをし息を吹き入れ音と和す儀式をする。

⑦ 希望者には法螺貝の網袋の講習を実施し、英彦山遊行や法螺貝講習、仙螺講への登録をご案内する。

⑧ 定期的にメンテナンスをして、法螺貝の成熟を見守る。

ここまでで法螺貝を甦生したことになります。

この法螺貝の甦生とは単に音がなる楽器をつくったのではなく法螺貝が新たないのちを得て独立自尊し、一期一会の主人と調和し結ばれ、日々の暮らしを通して寿命をのばし幸運をもたらす存在になることを言います。ただのモノではなく、新たないのちの法具として人の一生を円満に見守る存在になります。

また時には修繕や供養も行います。修繕は、お手入れをして法螺貝の成熟に合わせて調えていくこと。供養は長く大切にしてきた存在の魂を慰め労い癒すこと。法螺貝の甦生とは別に、手掛けた法螺貝のお手入れや追善をします。

講習会では、お手入れの仕方をはじめ法螺貝の吹き方、法螺道の実践事例などもご案内します。時にはお山に一緒に入り、三省をし六根清浄をしながら法螺貝を立てます。また時には、法螺貝の網袋づくりを通して瞑想や見守り、寄り添いなどの心の在り方を学び合います。宇佐の大仙龍(大先達)の立螺師にも定期的に来ていただき、法螺貝の具体的な指導や講習会もあります。

お支払いは、法螺貝の仕入れ原価、唄口と石膏、加工の原価をいただきます。それ以外は、徳積循環のご喜捨とお布施を「徳積帳」というブロックチェーンを使って開発したシステムにて奉納いただきます。

納期は約1か月ほどいただいていますが、吉日次第では納期がかなり延びる可能性もあります。大量生産はできませんので、丁寧に一つひとつ甦生していきます。

現在も、制作中ですが一生の御守りや魔除けになり音がその人の波動を磨き、唯一無二の光の存在になっていくように手掛けていきます。

最後に最も大きな特徴は「調和」を何よりも優先して法螺貝を甦生しているということです。私が手掛けるものは調和の法螺貝です。それをご理解いただく方のみ、ご連絡をいただきたいと思います。

立志の人

昨日、来客がありその方は吉田松陰先生を尊敬しておられ萩に古民家を借りて勉強会などを開催しているとのことでした。久しぶりに吉田松陰先生繋がりのご縁があり、懐かしい不思議な感覚になりました。

14年前に、似たような出会いがありその方と意気投合して私のメンターになりそれから一緒に会社の運営をお手伝いいただきました。気が付けば、もう私もそろそろ50歳を迎えます。人間は年齢ではありませんが、役割交代といって若い人たちに色々な経験の智慧を伝承したり、見守ったりする季節に入ってきたのかもしれません。

以前、私は吉田松陰先生に憧れ先生が29歳で亡くなる歳まで同じように生きようと、毎年先生のその歳で書いた書物や文章から学び精進していました。卓越した情熱と成熟した精神と人間性に強く惹かれ、一つの目標にして同じように自分に挑戦していました。しかし、自分が29歳を迎えたときの留魂録を最期にその書物も終わってしまい、この後何を参考にしたらいいかと真剣に悩みました。

その時から吉田松陰先生を見ることはなくなり、吉田松陰先生が観ていた方を観るようになりました。そこできっぱりと先生は外側に存在する憧れの人ではなくなり、共に目指す理想や志を分かち合い共に歩む同志になったのです。

私は他にも様々なメンターがいます。今では亡くなった人もいて、困難な時、問題意識をもって深めるとき、その人がもし生きていたらと思う時もあります。きっとこういっただろうなという具合で空想で対話をします。例えば自分がその人だったらどうするかとその人の理想や志から考えます。そのうち一体になって自分そのものがその人になります。同志は私の志の一部になり今も生きているのです。直接話すことはできなくても、一緒に歩んでいるのです。

昨日の方は、吉田松陰先生の大河ドラマを見てあるシーンに感銘を受けて傾倒していったそうです。どこですかと尋ねると、「あなたの志はなんですか、君はどうしますか?」という問いのシーンだったそうです。まさにこれが自分の人生で志と正対するということだったのでしょう。自分はどうしたいのかと自分と向き合う。「覚悟を決める」ことの真価を直観したのでしょう。

私は思えば、今、この瞬間も、自分の初心は何か、そして自分はどうするかと自問自答を続けています。これを会社の理念経営にも活かし、日々の暮らしフルネスにも活かしています。

畢竟、人は覚悟があるのみです。覚悟さえあれば理想は失われません。常に自分に志を問うことが理想を生きることです。

でも人間はそんなにも強くありません。覚悟が揺らぎそうになることもあります。そんな時、前を歩んでくれた理想の聖賢や偉人、あるいは尊敬する先達がもしも自分ならどうするかと生き方を問うのです。そして生き方を磨くのです。そして志からブレなくなり志が堅固になり自立する。それが志を立てるということだと私は思います。それによって唯一無二の自分の人生の道が拓き、その人の一生がその人にしかない一期一会の光になって輝くのです。それがきっと松下村塾の教育方針だったのではないかと私は直観します。

だからこそ吉田松陰先生は、すべては志を立てることこそが万物の根源であると断言します。

つまりあなたは道を歩んでいますか、道を実践していますか、ちゃんと道を内省していますか、と途中を自分に問うのです。まさに仏陀の自燈明法燈明の境地と同じです。

純粋な心、素直な心、精錬な心、誠の心でもしも自己を省みるなら自分はどう行動するのかと、そしてそれこそが真の學問であるとしたのではないでしょうか。學とは、問うことだとしたのです。

私が吉田松陰先生を好きな理由は、この自分の志を立てようと純粋無垢に精進し続ける學問の姿勢。そして至誠を盡し、神人合一に今を生き切りいのちを完全燃焼させた生き方に憧れたのです。

もう先生が亡くなってから20年以上私は長く生きています。もしも先生が今も生きて今の歳になっていたら、どうなっているでしょうか。時代も環境も、そして周囲の仲間も国の状況も異なりますがきっと変わらない覚悟で理想を追いかける青年のように「立志」を生きているのでしょう。その安心感こそが後人を見守ってくださっているのでしょう。師友たちはみんなそれぞれの場所で育っています。

これからも一緒に道中を味わい、初心や目的を忘れずに覚悟を内省し、一期一会の今の季節を過ごしていきたいと思います。

ご縁に感謝しています。

変化の本質

変化というのは、どのような存在にも発生します。この世に存在する以上、変化は已むことはありません。それが宇宙の理で地球に住むからこそ当然、すべての循環の中で変化し続けていきます。

かの仏陀も、亡くなるときに世の中は変化するから怠らずに努めよとも言い残しました。変化するからこそ、変化しないものにすがったり、変化を止めようとしたり、変化そのものを避けようとしても意味がありません。

変化し続けることで、変化の中でも本質を守るというのが変化と共に生きるということです。

長い歳月、普遍的な真理や教えを伝承する人たちは伝承する側そのものが変化を生きている必要があります。時代時代に、社会の価値観も変化し、言葉や意味も使われ方も変わっていきます。それをどのように解釈して、本来ならあることか、もしも仏陀が生きていたらどうしたかと突き詰めていくなかで変化に対して本質を守る為の創意工夫を努力していきます。

例えば、平和という言葉でも、平和のどの時代か、また大衆心理で意味も異なります。戦争時の平和と、平和時の平和も同じ平和でも意味は異なります。真の平和というのであれば、生き方の問題にもなっていきます。どの時代でも、変わらない平和を貫いていくというのはその時代の平和に対して、何が平和であるかを実践して背中を見せていくのに似ています。

現代のように平和は平和でも平和ボケしてしまうような環境が多い世の中では、本来の平和のためにどうあるべきか、どう生きるかをを突き詰めていく人たちが真の平和を磨き上げていきます。

結局、磨いていくことは変化し続けるという智慧です。

変化しなくなると衰退していきます。では何を磨いていないのかということを見つめ直すことからかもしれません。色々な時代の変化のなかで、変化の本質を観つめていきたいものです。

手の扱い方

国家を観察するとき、その国家が人の扱い方がどうなっているのかというのを客観視するとき国家の方針を確認できるものです。例えば、大量生産し大量消費するモノのように人が扱われているのならその状況はモノを観察すればよくわかります。

利用価値があるものは大量に生産され、価値がなくなれば廃棄します。ゴミをよく観察すると、どのようにゴミが増えていくか、そして捨てられるのか、そのプロセスに扱い方というものが現れているからです。

この扱い方というのは、モノへの接し方です。

人は少ないと、希少だとして大切に扱いますが大量になると扱い方が雑になります。少ししかないと貴重だとして少しも捨てませんが多すぎると捨てるのです。

世の中にお金がありあまるほどあれば、同じように扱い方が雑になります。その逆に少ないと扱い方が丁寧です。

私はよく古民家甦生で「お手入れ」の話をします。これはどのように丁寧に接し手を入れ甦生させ続けるかというお話です。同時に、この「扱」の漢字の語源は、五本指と手でどのように引き込むかという意味です。

自分の手がどのようにモノやコトなどすべてを扱っているか、もっと言えば、自分の手でどのように今に接するかでその人の人生の方針がわかるのです。便利な道具としてか、それとも信仰の対象としてか、あるいはいのちを感じるためかはその人の手の扱い方に出てきます。

手は、何でも産み出します。私たちの心は手に顕れます。手は幸福を世界に産み出すこともあれば、残虐な不幸を産み出すこともあります。ある手は、人を救い、ある手は戦争によって人を殺します。この手は、心そのものでその手の扱い方をどうするかで生き方までも変わっていくのです。

取り扱うことが難しい案件というものはこの世にはたくさんあります。核や遺伝子組み換え、人工知能などもまさに手におえない難しいものです。これは頭でなんとかなる問題ではなくまさに日頃の手の扱い方、手の使い方にこそ気を付けなければなりません。

毎日、手を使って私たちは色々なことを創造します。

この手をまず善くすることから人は生き方を磨いていくことです。日々の手の扱い方、そこに自分の意識が投入されます。手を大切にしていくことから、人は心を大切にしていくことができます。

手の中にある意識をさらに高めて、世の中の平和を創造していきたいと思います。

パンデミックの正体

2020年頃にコロナウイルスが入ってきてから、色々なことが起きました。思い返せば、あれだけ未知のものへの対応で人間のもつ様々な心境や行動がはっきりと感じられたことはなかったように思います。

たとえば、感染者に対する差別をはじめマスコミなどの情報操作、デマや陰謀論、あらゆるものがありました。

思えば、不思議だったのがあの過剰な消毒や透明なプラスチックの防壁、マスクなどは印象的でした。異常な隔離に都市封鎖、移動制限などもはじめての体験でした。また予防薬やワクチンなど、その後もよく検証されていないものをたくさん投与しました。高齢者や病気の人たち、また病院や福祉施設は過敏になり対応に追われました。保育園などでも、1歳くらいからマスクをしたり過剰な消毒をして別の問題も発生しました。

よく分からないものに対して、人間というのは過剰に反応するものです。

私たちは感染症は歴史の中で何度も体験しています。特にたくさんの人たちがなくなった結核やインフルエンザ、ペストなどはその歴史に学んでいるものです。今回のコロナウイルスは、最初から正体が中国の研究所から出たや、人工ウイルスであるなどと、今までとは少し変わっていました。

そのことから人災として扱われ、世界中が疑心暗鬼になりました。それまでの自由な往来も制限され、次第に自国を守ることばかりに躍起になりました。気が付けば、分断が進み、戦争が各地で発生しはじめています。

そもそも感染症の歴史は、世界大戦の歴史と似ています。感染症があり、関税合戦があり、戦争へとつながっていく。人々の分断が進むところに、差別があり敵対がある。自分を守ろうとするあまりに他を排斥していくのです。毎日、報道では今日のコロナ患者の数が発信され、自宅待機や自粛、外出禁止や接触禁止などが行われました。

実際には、それができない職種もありそういう人たちが差別の対象になったりもしました。初期は感染していることを隠し、そのうちワクチンを打ったので関係ないと開き直った人たちもいました。マスクを着けていない人を徹底的に攻撃する自粛警察のような人たちもいました。戦争の時に、死ななければ非国民とののしり攻撃したり、排斥した人たちがいたことは本で読んだことがありましたが実際に似たことを体験したのはこのコロナの体験でした。

そこからパンデミックの正体とは何か、改めて今回のコロナの体験で気づいた人たちが多いように思います。人間の正体というのは、環境によっていくらでも変化することを垣間見る時、色々と考えさせられます。人間の心の汚染こそが世の中の荒廃を進めていくのです。だからこそ、いにしえから日々の浄化や穢れを祓う実践が病魔を遠ざける智慧だったのでしょう。

コロナが沈静化してきた今こそ、子どもたちのためにも歴史に学び、よくよく今回の出来事を検証して振り返っていきたいと思います。

客観的事実

陰謀論という言葉があります。これは一部の人々や組織が裏で密かに計画を立て、世界の出来事を操っているという考え方だと定義されています。情報化社会の中で、誰かが陰謀だといえばそこから陰謀論がはじまります。結局、陰謀であろうがなかろうが陰謀論と認知するとき人は陰謀論者になっているということです。

言葉というのはもともとお互いに反対の側面をもっています。正論という言葉には、曲論という言葉があったり、暴論や詭弁などという言い方をします。誰かが正しいといえば、誰かが間違っていると言います。そうやってディベートを楽しんでいればいいですが、権威や権力が乗っかっているとそれが戦争に発展していきます。

最近では、イスラエルとイランがミサイル攻撃をしあっているときにアメリカが突然参戦してバンカーバスターという地下深くを攻撃するミサイルをイランに打ち込みました。それも2週間停戦して交渉している最中にです。アメリカの正論としてはイランに核を使わせないといいましたが実際には核施設をミサイルで壊してしまえば核が流れ出てきてもっと悪い状況になります。自国はたくさん核を持っているのに、これはまた本末転倒な話です。同時に、ウクライナの時はロシアが一方的に攻撃したら西側諸国は国際法違反だと反対したのにイスラエルやアメリカが一方的に攻撃したときは国際法違反していても賛同していました。

自分の都合のよいことを正論といい、都合が悪いことを陰謀論とする。本来は、客観的な事実をよく観察して、実際の事実を確認することで正論も陰暴論もなくなっていきます。つまり、道理に適っていたか、事実かどうかはその後の経過を観察していればわかってくるものです。

例えば、コロナワクチンであれば最近のことなので覚えがあると思います。突然、自宅待機で都市封鎖し、コロナウイルスという凶悪なウイルスが蔓延すると世界で人々を恐れさせました。マスクを強要し、うちの地元ではコロナに感染した人のお店に卵が投げつけられ自殺してしまいました。差別が横行して、コロナに感染したのではないかと疑心暗鬼に見張る人たちが町中に増えました。ワクチンを打とうとしない、打っていない人は陰謀論者だとののしり、非国民であるかのようにワクチンを推奨していきました。学校でも小さな子どもにまで特段コロナで死んでいないし重篤でもないのに全員に一斉に打ちました。

しかしその後、3年、4年と経過を観察していると気が付けばコロナは収束したとマスコミが報道をやめ、たいしたウイルスではなくただの風邪だという扱いにしました。ワクチンも世界のほとんどが効果がなかった、むしろ感染しやすくなるとわかり、今ではコロナに感染したといってもほとんどたいした反応しません。

結局、陰謀論者とののしっていた人たちや正論を押し付けていた人たちは客観的事実が明確になってきたらどうなっているのでしょうか。最初に卵を投げつけた人、非国民だとののしった人たちは何処にいって今、何を思っているのでしょうか。本当なら、その人たちを追いかけてもらいなぜそういったのか、そして今はどう思っているのかを聞いてみてもらいたいと思います。

もちろんコロナワクチンがダメだというわけではありません。このブログの内容を読んですぐに反ワクチンの人と括られてしまうこともあるかもしれません。しかしこれはワクチン、反ワクチンの話をしているのではなく、経過をよく観察して内省し、そこから真実や事実を検証しようとすることの大事さを伝えているだけでもあります。

歴史というのは、決めつけるものではなく本来はどうなんだろうかとみんなでいつまでも考え続けることが大切だと私は思うからです。お互いを尊重しあうというのは、みんなでこんな考えもあるとわかり合おうとすることです。それは対話であり、正論の押し付け合いや議論ではありません。最近は、ディベートというものもありますがこれは客観的な視点を磨くのには効果があります。客観的なものをお互いに出し合う中に、活きた歴史もまたあります。

誰かが正しいのではなく、本当はどうなのかとそれぞれが共に検証することに人類の真の成長や発展もあるように私は感じます。

しかしドラマや映画やゲームでも陰謀が暴かれるシーンはワクワクするものです。陰謀好きが問題というわけでもありませんが、事実や経過の検証の方が本来はもっとワクワクするものかもしれません。

引き続き、世の中の客観的な事実をよく観察検証して子どもたちに必要な情報を遺していきたいと思います。

熱に中る病

地球の温度が年々、上昇を続けています。15年くらいまでまでは、夏に35度を超える日はそんなに多くはありませんでした。たまたま1日から3日くらいは猛暑日があっても10日や15日以上続くということはありませんでした。

最近は、連続して猛暑日が続き植物をはじめ動物たちもそして私たち人間も悲鳴をあげています。そして熱中症という病気も増えてきました。この熱中症ですが、亡くなることもある病気でとくに高齢者をはじめ体調がよくないときなど気を付けないといけません。

もともと人間の身体は、産熱といってじっとしていても熱を産みます。心臓や脳が動けば熱がでますし、ご飯を食べても胃腸が活発に動けば熱を出します。簡単に言えば、常にエネルギーを燃焼する熱を持っているのです。

それが絶妙な自律神経の働きで調整され、体温があがれば末梢神経を広げて皮膚に血液を流し、体外へと熱を放出して放熱しようとします。汗も放熱のために発生します。

しかし、如何にすぐれた調整機能があっても周囲があまりにも高温になり、それが長時間続くとこの機能が働かなくなります。すると、放熱ができずに今度は体内に熱が溜まっていきます。

熱中症は一つではなく、4つの症状があるといいます。具体的には、熱失神・熱けいれん・熱疲労・熱射病です。これらをまとめて熱中症です。熱失神は、脳に送られる血流が減るためにおこります。よく真夏に運動しているときに頭がふらっとするのはこの湿疹傾向が出ているともいえます。熱けいれんは、塩分が足りなくなると発生します。水分の蒸発とともに塩分も放出していますから電解質のバランスが崩れてけいれんします。熱疲労は、塩分水分がなく脱水症状です。これもかなり危険な状態です。そして最後の熱射病は、脱水症状が悪化して高熱になり体温調節が破壊されます。汗もかかなくなり、中枢神経や心臓、肝臓、腎臓などの臓器に致命的な影響を与えて死亡します。意識も混濁するため、誰かが周囲にいないと手の打ちようがありません。

つまり熱中症は、重度になればなるほどに危険度は増します。だからこそ予防は、早めに意識して対応するということです。熱は身体に籠ります。放熱できない場合は大変危険ということです。

結局、短い時間だけの熱なら対応できますが長期間になると身体は大きな打撃を受けるということです。こまめな水分補給や、塩分補給、あとは熱が放熱できない場合は暑いところを避けるか、早めに冷やすということです。熱が長時間籠ることがないようにするためには、長時間体内が高音になっていないのかをチェックが必要です。

熱中症のチェックの一つに、爪をつまんで三秒以内にまた皮膚が元のピンク色にもどらなければ危険というものもあります。あとは尿の色で赤や茶など濃くなっていると脱水症状になっているというものです。眩暈なども症状が出ているともいえます。

この熱中症は、軽く見る人がいますが大変危険な病気です。この猛暑日が長時間続くときこそ、みんなで声掛けして気を付けていきたいと思います。子どもたちにも関係なく人間は誰でもこの病気にかかりますので子孫のためにもこれからの環境変化に合わせて情報を発信していきたいと思います。

徳を調える

色々な生き物は毒を持っているものがあります。この毒を持てるのは、その生き物がその毒を上手に使う熟すからです。毒はもともと薬であり、薬は毒です。重要なのは、その匙加減であり、塩梅、適量であるということです。

生き物の中では、自分の毒で自滅するものもあります。また毒によって元氣になるものもあります。この毒と薬というものの正体は一体何かということです。これを少しだけ深めてみようと思います。

そもそも私たちの空気の酸素も生きていく上で必要ですが大量に濃度を上げて摂取すると猛毒になります。酸素があることで私たちは身体の薬になるようにリフレッシュをしたり、治癒を促進しますが過剰であると死んでしまうのです。また酸素によって呼吸し身体は活動しますが活性酸素というものがそのうち2パーセント毒になって身体をむしばみ続けます。

つまりこの宇宙の法則として、必ずすべての存在は薬であり毒であるということです。言い換えれば、生と死は一体であるということです。別の言い方では、病と老も一体なのです。

そもそも一体だからこそ、私たちはその加減を絶妙にして寿命を伸ばし健康を保ちます。この加減の妙を知るからこそ、調和して元氣を保つことができているのです。

この世の中は、そう考えてみるとすべては加減と調和によって運ばれています。自然環境にしても、あるいは人間の幸不幸にしてもすべてはこの加減と調和です。

現在、薬草やデトックスを深めていますが結局はいのちそのものの真理の妙を調律したり調整することをやっています。法螺貝の波動も同様に、この世は振動数の加減も含めて手入れと手加減でどう調えるかということです。

調えるには、調えるということが分かっていないと調えることができません。場を磨き、徳を調えていきたいと思います。

暮らしの積み重ね

古民家甦生をしていると、よくベテランや熟練の職人と出会います。特に私のチームは、大工の棟梁や左官ももう70歳から80歳くらいになっていますが10代の頃からこの道に入り今でも現役で一緒に作業しています。

年齢による貫禄もありますが、その円熟した仕事や作業の様子にはいつも尊敬の念を感じます。例えば、無駄な動きがなく、微細なことにも丁寧、後片付けや次の仕事の段取りなども上手に行います。的確な指示を出し、意見を集め、何か問題があれば臨機応変に粛々と対応します。できなことと、やるべきことをよく分別しては家主をはじめ家全体の様子を確認しながら最適な場所を探していきます。

私も軒数を重ねていくうちに、色々なことが習熟して無理をしなくても様々なことが調整や調和がわかるようにはなってきました。まだまだ問題ばかりに柔軟に対応していますが、ベテランや熟練の職人たちに支えられてばかりです。

これは会社の仕事も同じです。長い年月、一緒に様々なことを積み重ねていると感覚として自分がどうあればいいかをみんなで維持していきます。どのような意識がいいか、どのような習慣を続けていくか、どのような環境を用意するのがいいか、そして今、何に集中するのが理想なのかと感覚で一致していきます。

うちの会社の役員たちはもう一緒に過ごした期間も長く、阿吽の呼吸でお互いの目的に合わせて立ち振る舞います。

積み重ねていくということは、伝統や伝承を紡いでいくことに似ています。まさに伝統文化とは先人たちが積み重ねてきた智慧の結晶です。同じことを何度もやっているようでも、積み重ねていくうちに上達していきます。上達したものはまるで空気のように、そして体の一部のように変幻自在に自由自在に動いていきます。

日々の小さな実践や練習は、必ずいつの日か実を結び形になるものです。

子孫のためにも、暮らしフルネスを丁寧に積み重ねて徳を譲っていきたいと思います。

講という信仰

この二日間、大阪で歴史のある修験道の講のお手伝いをする機会がありました。英彦山を先導して歩き、私が感じる信仰の場所をご案内し共に修行し、共に笑い、共に食べ、共に歩き、共によき時間を過ごしました。

私は講というものは、三浦梅園先生の慈悲無尽講から学んでいましたが実際に歴史のある講の方々をご接待することで講の本質を垣間見ることができました。

そもそも修験道とは何かということにおいては、験を修める道とありますから読んで字の通りでしょう。では講とは何かということです。私は、この講とは別に「結」というものを宿坊の茅葺の葺き替えで学びました。宿坊は、機械や重機など何も入れないような場所にあるので200人の人の手でみんなでバケツリレーのようにして2000本ほど萱を運びました。みんなが力を合わせて助け合い生きていく仕組み、まさにそこに結の智慧を感じました。

この結に近いものがあるのが講ですが、講の方がもっと強い信仰を持っているように感じます。現代では、推し活動(おし活)というものがあります。先日も、ある若いピアニストをみんなで推して支えようと活動をしている人とお会いしました。その方々はそのピアニストのために全力で推して経済的にも精神的にも全身全霊で応援して支えておられました。各地のコンサートには駆けつけ、練習風景はSNSで発信し、まるで家族の一員のように見守っていました。

信仰というものは、人間が生きる支えになるものです。信仰があるから人は元氣になり、若々しくも瑞々しくもなり青春をし続けていきます。まさに信仰とは、好きであることです。

好きなことがあることは、人生を真に豊かにします。それは好きな人いることでも同じですし、好きなことをしている人も同様です。好きなことが同じ人が集まると、そこには自由闊達な集団が誕生します。

本来、無理をして組織などつくらなくても人は好きなことで集団をつくるものです。私の周りには、左官集団などの伝統職人集団や、音楽関係集団、波動を学ぶ集団、またあらゆる分野のオタク集団があります。どの集団も、自然発生的に集まっていてとても自由です。そして同じ目的で集まった人たちは、共感しあい助け合う場ができます。

時代が変わっても、人の本質は変わりません。

暮らしの中で信仰があること好きなことがあることはとても仕合せなことです。私もあまり現代の組織論や集団、外部から評価される信仰や宗教などに惑わされず、好きに遊行を生きていきたいと思います。

ありがとうございます。