丙午の年

いよいよ今年は、「ひのえうま(丙午)」に入ります。これは十干十二支といって中国の古来の歴訪、そして日本の民間信仰が結びついてうまれたものです。一般的には自然の循環や時間の流れを整理し、理解するための東洋的な知恵の体系であるといわれます。

まず十干は、甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸の10種類があります。これに五行(木・火・土・金・水)と陰と陽が組み合わせられます。そして十二支は、子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥の12種類があります。具体的には時間帯や方角や季節を意味します。

今回の丙午は、五行では「火」を顕し、陰陽では「陽」を示します。つまり火の氣が重なる非常に情熱的な年になるということです。

風水では、エネルギーが最高潮に達するということで燃えるイメージになります。活動的でスピード感、発展や成長などがあります。同時にメリットにはデメリットもあるように反対側に衝突やトラブル、激情や極端になるともあります。

私の名前は、「火」の性質がとても強く、この丙午のような性質で人生を送ってきました。よいこともあればよくないこともある。燃えすぎる情熱は時として摩擦や人間関係の軋轢をつくります。昨年、レスキュー隊長の消防士が来られましたが燃えていて冷静という二つの性質を調和することで人命を救助できるお話をお聴きしました。

まさに今年は、黙っていても背中を押されるように熱気や気炎が盛んですからどう調和していくかというのが何よりも重要になります。

風水では、火を調和させるのは土と水の役割です。土と水といって最初に連想するのは「田んぼ」です。田んぼはまさに火と調和する素晴らしい智慧です。

有難いことに今年の私のテーマは、「水」。そして土づくりは私の使命の一つ。丁寧に火と調和し、子どもたちのいのち耀く元氣なお米(魂)が育つような環境を調える一年にしていきたいと思います。

本年もよろしくお願いします。

太陽系との暮らし

今日はBAで冬至祭が行われます。太陽と共に暮らしてからより太陽を身近に感じて暮らしが豊かになりました。昨年は、夜は月と暮らすようになって合わせて心が穏やかになりました。

太陽と月とそして地球、その星々との暮らしはまさに太陽を中心にした太陽系との暮らしともいえます。

家にはにわとりがいますが、特に今朝の鳴き声は嬉しそうに感じました。毎朝、太陽が出てくる前にはなきはじめ太陽の刻を教えてくれます。今日も、太陽が拝めると有難い気持ちになり朝の太陽の光で目覚めます。

もしも太陽がなければ地球もありません。太陽が地球を牽引してくれているからこの銀河を共に豊かに旅を巡ることができています。

私たちはその一部として存在している小さな細胞のようなものです。

むかしの人たちは、太陽のことを「おひさま」とも呼びました。そして月のことは「おつきさま」。

親しくして、一緒一体になってあたたかさややさしさ、慈しみや愛おしさを感じていたのでしょう。

いつの刻にも、おひさまとおつきさまと共に暮らしていける仕合せを感じていたいと思います。

いつもいつもありがとうございます。

法螺貝講習

昨日、英彦山守静坊で法螺貝講習を行いました。一人一人に丁寧に、法螺貝を吹いてもらい何が課題で何が重要か、そして吹き方の癖やどのように吹くと振動や音が安定するのかなどを見つけて指導していきます。

今回は、私のメンターの立螺師も宇佐から来ていただき一緒に考え方をはじめ法螺貝を吹くことの意味や背景、その歴史や経緯など、仏教の真理に従い進行していきました。

例えば、法螺貝を立てるときの偈文に「三昧法螺声」というものがあります。この偈は、仏教の教えを表し、法螺貝の音が三界の神霊を驚かせ、妄夢を醒まし、覚りの位に導くとされているものです。他にも「一乗妙法説」などの偈文を唱え、魔障を払い、大日如来の説法からご祈祷が始まります。

その中で、最後に「當入阿字門」と最後に唱え法螺貝を吹きます。

この「阿字門」とは何なのか?

これはシンプルにいうと「阿」という万物の根本真理に入り、悟りの本質に至ることを意味する真言密教の言葉です。

まずこの阿は、梵字(サンスクリット文字)の 「अ(a)」 のことです。この阿は万物の根源・生滅しない真理(不生)・大日如来そのもののことを指します。つまり不生不滅の存在、分別することのないあるがままの存在のことです。

そして阿字門とは、その悟りへの入り口に入ると門のように見立てたものです。最後は、すべての修行は阿に帰着するのだという意味で唱えます。「當入」というものは、「まさに入るべき」「正しく入る」という意味になります。

この法螺貝の音を聴き、まさに自己と宇宙(大日如来)が一体の存在であることを悟るのだということがこの「當入阿字門」です。

法螺貝を吹くたびに、この心願を唱えます。

私たちが吹いている法螺貝は、その音を聴けば宇宙と一体になる響きを味わう。まさに宇宙の螺旋を顕現する唯一無二の存在が法螺貝であると私は信じています。

参加者の講のみんなも活き活きとし、また法螺貝をもっと吹き込みたいと熱気が充ちていました。このように繰り返すことで、はじめてやっていることの意味や、自分たちがなぜ法螺貝に導かれたかがわかります。

ご縁を大切にし、また次回の講習を楽しみにしています。次は法螺貝網袋に使う「七宝」の真理についても学び合いたいと思います。

老舗をつくるとは何か

ブランドというものは、何かと考えてみるとそれは「信頼」であることがわかります。信頼は商売のすべての根源であり根本です。老舗と呼ばれるすべての会社が、長い期間を経て得ているもの、それが信頼であるのは間違いありません。

その信頼をブランドと私は定義しています。この信頼を育てるというのは、生き方を磨いて生き方を貫くということです。生き方を貫いているから、周囲はその人を信頼します。そしてその目指す目的を絞り、その絞った目的に向かって全社員で取り組んでいるからこそ会社もまた信頼されます。

つまりブランドというものは、長い期間をかけてお客様をはじめ社員、および周辺の人々と自分たちの取り組む生き方を通して感情的なつながりを築き形成されるものです。

そしてブランドが失墜する時というものは、その信頼が壊れる時です。どのような時に壊れるかといえば、一つは短期的なものばかりに囚われ長期的な目的を蔑ろにする時。または目先の利益ばかりを追いかけて、本来の目的を忘れる時です。老舗で信頼がある企業は、不易流行をよく判断し、何を変えていけなくて何を変えていいかがよくわかります。さらに言えば、不易というのは長期的な理念であり流行は世の中のニーズやシーズに合わせて自分たちの持ち味を活かし、全体が喜ぶような仕事にしていくということです。

私はよく法人を人格として観て、理念のある会社を一人の人間として捉えその会社が喜ぶかということを純粋に取り組みます。これは、理念が喜んでいるかともいえます。理念が喜ぶために何をすることが最も効果があるのか、そして長期的に観て何を取り組むことがその理念を最も喜ばせることができるのかを考えます。それに気づいた人たちやその仕事に携わる人たちが近い将来、必要とするであろう長期的で必要な目的に取り組むのです。

それを世の中ではブランディング戦略とも呼ばれたりします。つまりブランドは、目先の短期的なものに左右されず長期的な目的に従っている時にこそ醸成され周囲に認知されるということでしょう。

ブランドを持っているものと持っていないものの違い、信頼されるものと信頼されないものの違い、長く積み上げていくこと、積み重ねていくこと、研ぎ澄まされていくこと、盤石な基礎を固めていくこと、それがブランドを創るということでしょう。

一見、利益にもならない、儲からない、あるいは手間暇もかかり面倒で趣味や道楽だといわれるようなものでもよくよく洞察するとこれが長期的な信頼であると御旗を掲げて歩んでいることがわかります。

長いからこそ理解できず、純粋性で高い理想や理念に対して思いが透徹しているからこそ老舗としての初心が育ち、それが養分となり大樹になっていく土が醸成されるのでしょう。

ブランドは土づくりととても似ています。収穫を考えず、ただ只管に土をよくするためにいのちを懸ける。しかしその懸けた土があれば、その後にどのような作物の種を蒔こうとよく育ちます。それを私は「場」とも言います。場を育てるというのは、土をつくるということです。

農の本質は、国造りであり人づくり、そして未来のための土づくりです。

そろそろ集大成、遺言のようにこの文章を刻んでいきますが後を託す人たちのために自分にしかできないことを遣りきっていきたいと思います。

侍の精神

昨日は日本の「天下の三大揃え」の一つ、秋月の鎧揃えに法螺貝役としてお役目をいただき勤めてきました。秋月和紙の侍、井上さんとのご縁で参加してからはや五年目になります。

もともとこの鎧揃えは江戸時代の秋月藩における年中行事の一つであり、寛永14年(1637年)の島原の乱に際して初代藩主「黒田長興」(黒田長政の三男)が家中に命じて正月三日に鎧揃え(軍事演習)を行ったことが起源です。

その後は明治維新とその後の廃藩置県で秋月藩は消滅し、残された士族たちによって細々と続けられていた鎧揃えも昭和20年代には一度途絶えます。それから60年余りの時が流れ、平成21年(2009年)に地元有志により『秋月鎧揃え保存会』が結成され現代に鎧揃えを甦生しました。

この鎧揃えが生まれた背景を調べてみると江戸時代に入り最後の関ケ原の戦いが終わってから38年ほど経ち、武士たちも平和が続き平和ボケしていたといいます。実践経験のない武士たちはとても弱く、島原の乱に対応できず実践経験がある古参の武将たちがその時、とても重宝したといいます。平和ボケした武士は戦おうともせず、鎮圧もなかなかできず、一揆などがおき反乱する状況になるまで初期の対応もしなかった藩にも問題がありました。

つまり平和に油断していたことで被害が大きくなったのです。

この鎧揃えの年中行事の目的は、易経、孔子の『 安くして危うきを忘れず(安而不忘危) 存して亡ぶるを忘れず(存而不忘亡) 治まりて乱るるを忘れず(治而不忘乱)』の意味もあります。

これは安泰な時であっても危機を忘れず、存続している時も亡びる事を忘れず、治まっている時も乱れる事を忘れないこと。どのような時でも、油断してはならないという先人からの遺訓であり智慧の一つです。

そう考えて観ると、ただ伝統は繰り返し行っているわけではありません。この本質を守り続けようとする意志を伝承したものが行っている大切な実践であるのです。

現代ではどうでしょうか?

政治の無関心や先送り、そのうちなんとかなるだろうと何も主体的に動くことがなく、忙しさとお金儲けや目先のことで精いっぱい、誰かがやるだろうと他人任せにしては油断していないでしょうか。

今、もしも食糧危機が来たらどうするのか、もし近隣の戦争に巻き込まれたらどうするのか、もし大災害や金融危機が来たらどうするのか、ちゃんと対策はできているでしょうか。

私は暮らしフルネスの実践を通して、いつも危機に備えた暮らしをしています。自然と離れずに循環の中で食料や燃料やお水を確保し、徳を中心に据えた講のコミュニティをつくり、伝統の智慧を継承し、古民家を甦生しています。そして子どもたちの主体性を見守る環境をつくり広げ、最先端技術を温故知新しています。それでも油断してないかと色々と挑戦をしています。

武士道とは何か、商人道とは何か、日本人が大切にしてきた精神を守ることが治に居て乱を忘れずという実践ではないでしょうか。

引き続き、子孫のために志士たちの真心を紡ぎながら侍の精神を守り続けていきたいと思います。

古民家和楽

昨日は、古民家和楽で二回目の銀杏拾いの会を行いました。たくさんのご家族や友人、仲間たちが集まり和気藹々と懐かしい時間を過ごすことができました。はじめて銀杏拾いをする大人も多くいて、子どもたち以上に楽しく喜んでいるのが印象的でした。

自然農の自家製のお米を銀杏と一緒に土鍋で炊き込みました。それをみんなでおむすびにします。また秋の味覚としてきのこ汁をたくさんつくり、備長炭で炒り立ての銀杏と一緒に食べます。

この古民家和楽の最大の魅力と徳は、お庭にご鎮座する銀杏のご神木であることをみんなで実感する時間です。一年に一度、銀杏の木の下にはたくさんのご縁のある方々が集まり笑い合います。自然の恵みをみんなで分け合うということにここまで安心するのは、そうやって人類は長い間暮らしてきたからではないかとも思います。

現代はすぐにお金で買うようになりましたが、そのお金で買っているものはすべて自然がつくってくれるものです。大地や太陽や風やお水、あらゆるものの中にいのちがありそのいのちがみのり私たちはそのみのったいのちをいただきます。そのいのちに見守られながらいのちに活かされるという体験の安心感は一生涯持続するものです。

たくさんの子どもたちと色々な家庭が古民家の中で一緒に食べてお話をして遊ぶ。昨年はスリランカの方々が来られていましたが、この雰囲気にとても感動され日本に来て一番の体験になったと喜んでいたのが印象的でした。

時代が変わっても、環境さえあればかつての日本人たちが大切にしていた暮らしは伝承していけるものです。

引き続き、暮らしフルネスの場を通していのちを活かしいのちに活かされるという体験を子どもたちに譲り遺していきたいと思います。

いのち宣言

昨日は、大阪万博のいのちの宣言に参加してきました。今年の2月、いのち会議が飯塚の聴福庵とBAで開催されてからそのご縁でこの貴重な機会をいただきました。人のご縁によって導かれていくというもの、まさにこれも「いのち耀く」仕組みであると私は感じています。

そもそも日本人の暮らしの中の神様は「八百万の神々」といい、そして仏様は「山川草木悉皆成仏」といいました。つまり一神教ではなく、すべてには「いのち」が存在しているという「いのちのつながり」の中ですべてのご縁と物事を感受してきたということでしょう。

その証拠に大和言葉や日本の言霊は、自然の中で繋がりながら生きているからこそ産まれたものであり西洋のように自然と人を分けたり、神と人を分けている意識では誕生することもありません。雨にも色々な雨があり、黒にも色々な黒がある。日本人の使う美しい言葉はこのいのちの象徴です。

世界ではこの分けるという便利な思考方法によって様々なものを分類してきました。その結果、思い込みや刷り込まれたものをを真実のように勘違いをしては現実から目を逸らせてそれぞれが本質的ないのちを生きることを忘れて元氣がなくなってきました。ますます世界から元氣は失われているように思います。

この元氣というのは、自然あるがままのことです。そしてそれをかつての日本人は「かんながら」と呼びました。これはいのちの道ともいい、いのち耀く生き方を実践するという意味です。

いのち宣言ではそれぞれの発表するいのちの話をたくさん拝聴してきました。ちょうど、その前日、私は「いのち輝く」を理念にしている鞍馬寺にて2日間過ごし、本堂にてご祈祷と法螺貝奉納をしてきました。鞍馬山はお山の場にいるだけで元氣が湧いてくる。まさに鞍馬山は太古のむかしから今も「場」によっていのちを顕現している信仰の実践道場です。

そして私は現在、九州の霊峰、英彦山の宿坊を中心に法螺貝をつくりその法螺貝を吹き、一人でも多く覚醒していく人を増やすいのちの甦生活動をしています。この10年で500人と定め、場を調えて暮らしを実践しています。

人類は、思い込みや刷り込みからどのように目覚めていくか。謙虚というものは、実践のただ現実の真っただ中にこそ存在します。かつて古代中国の殷の湯王が「苟日新、日日新、又日新」と洗面器に刻み毎日、顔を洗って実践をしていたことが礼記に書かれていました。徳を磨き続ける覚悟があってこそ、いのちは輝き続けるのかもしれません。

私にとって徳を積むというのは、いのち耀くということと同義です。

引き続き、神仏といのちのご縁とお導きに感謝しながら謙虚と素直の両輪でかんながらの道を歩んでいきたいと思います。

ありがとうございました。

 

法螺貝の甦生

現在、英彦山で法螺貝を甦生していますがせっかくなので甦生の特徴というものを整理してみたいと思います。

まずはじめに、法螺貝を持つためには法螺貝とのご縁が必要です。基本的には、法螺貝の甦生はすでに法螺貝をお持ちのご紹介者を通してか直接、英彦山に来てお話をさせていただく方しか受け付けていません。その理由も、顔や波動を観てご縁を確認してから理想の法螺貝を探していくからです。またすでに何らかの理由で法螺貝とのご縁がありお持ち込みの方も受け付けています。ただし、他の方が手掛けたものは甦生できないものもありお断りすることもあります。

流れは下記のようになります。

① 霊峰英彦山の守静坊にて吉日を選び法螺貝を安置し地下から湧くお水で清め光を当てて龍音によりご祈祷をする。

② 丁寧に洗い法螺貝の先端を切断し削りその貝の個性を見定めて螺旋の息が通るように調整する。

③ 手作りの唄口を天然の地下水と麻炭を使い石膏でつくりこむ。

④ 唄口を法螺貝に取り付け調律をし、その法螺貝の唯一無二の音を確認したらそれを立てて天地に調和する。

⑤ 完成のご祈祷をし、木の中に安置する。サイズや重さ、証明書と手引書を用意する。

⑥ 英彦山の守静坊にて法螺貝を磨きお手入れをし息を吹き入れ音と和す儀式をする。

⑦ 希望者には法螺貝の網袋の講習を実施し、英彦山遊行や法螺貝講習、仙螺講への登録をご案内する。

⑧ 定期的にメンテナンスをして、法螺貝の成熟を見守る。

ここまでで法螺貝を甦生したことになります。

この法螺貝の甦生とは単に音がなる楽器をつくったのではなく法螺貝が新たないのちを得て独立自尊し、一期一会の主人と調和し結ばれ、日々の暮らしを通して寿命をのばし幸運をもたらす存在になることを言います。ただのモノではなく、新たないのちの法具として人の一生を円満に見守る存在になります。

また時には修繕や供養も行います。修繕は、お手入れをして法螺貝の成熟に合わせて調えていくこと。供養は長く大切にしてきた存在の魂を慰め労い癒すこと。法螺貝の甦生とは別に、手掛けた法螺貝のお手入れや追善をします。

講習会では、お手入れの仕方をはじめ法螺貝の吹き方、法螺道の実践事例などもご案内します。時にはお山に一緒に入り、三省をし六根清浄をしながら法螺貝を立てます。また時には、法螺貝の網袋づくりを通して瞑想や見守り、寄り添いなどの心の在り方を学び合います。宇佐の大仙龍(大先達)の立螺師にも定期的に来ていただき、法螺貝の具体的な指導や講習会もあります。

お支払いは、法螺貝の仕入れ原価、唄口と石膏、加工の原価をいただきます。それ以外は、徳積循環のご喜捨とお布施を「徳積帳」というブロックチェーンを使って開発したシステムにて奉納いただきます。

納期は約1か月ほどいただいていますが、吉日次第では納期がかなり延びる可能性もあります。大量生産はできませんので、丁寧に一つひとつ甦生していきます。

現在も、制作中ですが一生の御守りや魔除けになり音がその人の波動を磨き、唯一無二の光の存在になっていくように手掛けていきます。

最後に最も大きな特徴は「調和」を何よりも優先して法螺貝を甦生しているということです。私が手掛けるものは調和の法螺貝です。それをご理解いただく方のみ、ご連絡をいただきたいと思います。

法螺の道

昨日は、英彦山守静坊にて法螺道仙人の仙人苦楽部を開催しました。30名以上の法螺貝仲間が参加して、みんなで法螺道を学び合いました。法螺の道の面白さや楽しさは言葉では説明できず、生き方や実践から氣づくものです。私もまだまだその入り口のほんの少し先にいるくらいですが、法螺貝のお導きや奥深さに感動と感謝、そして感銘を受けることばかりの発見の日々です。

法螺貝の魅力は、とても語りつくすことができません。そして法螺貝を通して出てくる音の世界、そして波動の場は神秘な領域です。いのちが調うだけでなく、場が調い、宇宙を感じます。

目に見える世界と目に観えない世界、耳に聞こえる世界と耳に聴こえない世界があり、その境界をも取り払うことできるのが法螺貝の道の一つです。別の言い方では常識を超越するのです。

私が尊敬している大仙龍(大先達)と一緒に法螺の道を語っている最中も法螺貝の楽しさと喜びと豊かさで早く法螺貝を吹きたくてうずうずしワクワクします。人生の中で自分の唯一無二の音や一期一会の法螺貝に出会えた奇蹟を仲間たちと一緒に味わいたい、その純粋な思いや、平和への願いが法螺道を弘めていく理由です。

法螺貝と関係が深い仏教では聖者のことをかつて羅漢と呼びました。聖者とは高い精神性を持ち、実践を通して人々を導いていく存在です。日本でも五百羅漢というものが有名ですが、これは仏陀に最初に付き従った五百人の聖者のことです。今年の初めに、スリランカで最初の仏典結集の場所を見てきましたが、その場所こそ五百羅漢がはじめて集まった場所でした。

時代が変わっても、高い精神性を持ち実践をし、宇宙の真理に覚醒して本来の人間性とは何かということに目覚め伝道する人たちは常に出てくるものです。それが調和の本質であり自然なことです。

英彦山から法螺道を歩む羅漢たちが五百人集まれば、九州から日本、そして世界を変えていけるようにも感じます。私も法螺貝の鳴動が、真の人間性を回復させあらゆるものと調和する存在になっていけるように引き続きお山で徳を磨き精進していきます。

私たちが目指す温故知新する新たに甦生する講の姿は、徳積循環です。それぞれがあるがままの自分らしい唯一無二の音で透明な波動を輝かせます。自らの喜びがみんなの喜びになる徳積がめぐる世界。

これから徳を積む法螺吹き羅漢が五百人、真心を解き放ち愉快痛快に新たな夢に向かって挑戦していきたいと思います。

立志の人

昨日、来客がありその方は吉田松陰先生を尊敬しておられ萩に古民家を借りて勉強会などを開催しているとのことでした。久しぶりに吉田松陰先生繋がりのご縁があり、懐かしい不思議な感覚になりました。

14年前に、似たような出会いがありその方と意気投合して私のメンターになりそれから一緒に会社の運営をお手伝いいただきました。気が付けば、もう私もそろそろ50歳を迎えます。人間は年齢ではありませんが、役割交代といって若い人たちに色々な経験の智慧を伝承したり、見守ったりする季節に入ってきたのかもしれません。

以前、私は吉田松陰先生に憧れ先生が29歳で亡くなる歳まで同じように生きようと、毎年先生のその歳で書いた書物や文章から学び精進していました。卓越した情熱と成熟した精神と人間性に強く惹かれ、一つの目標にして同じように自分に挑戦していました。しかし、自分が29歳を迎えたときの留魂録を最期にその書物も終わってしまい、この後何を参考にしたらいいかと真剣に悩みました。

その時から吉田松陰先生を見ることはなくなり、吉田松陰先生が観ていた方を観るようになりました。そこできっぱりと先生は外側に存在する憧れの人ではなくなり、共に目指す理想や志を分かち合い共に歩む同志になったのです。

私は他にも様々なメンターがいます。今では亡くなった人もいて、困難な時、問題意識をもって深めるとき、その人がもし生きていたらと思う時もあります。きっとこういっただろうなという具合で空想で対話をします。例えば自分がその人だったらどうするかとその人の理想や志から考えます。そのうち一体になって自分そのものがその人になります。同志は私の志の一部になり今も生きているのです。直接話すことはできなくても、一緒に歩んでいるのです。

昨日の方は、吉田松陰先生の大河ドラマを見てあるシーンに感銘を受けて傾倒していったそうです。どこですかと尋ねると、「あなたの志はなんですか、君はどうしますか?」という問いのシーンだったそうです。まさにこれが自分の人生で志と正対するということだったのでしょう。自分はどうしたいのかと自分と向き合う。「覚悟を決める」ことの真価を直観したのでしょう。

私は思えば、今、この瞬間も、自分の初心は何か、そして自分はどうするかと自問自答を続けています。これを会社の理念経営にも活かし、日々の暮らしフルネスにも活かしています。

畢竟、人は覚悟があるのみです。覚悟さえあれば理想は失われません。常に自分に志を問うことが理想を生きることです。

でも人間はそんなにも強くありません。覚悟が揺らぎそうになることもあります。そんな時、前を歩んでくれた理想の聖賢や偉人、あるいは尊敬する先達がもしも自分ならどうするかと生き方を問うのです。そして生き方を磨くのです。そして志からブレなくなり志が堅固になり自立する。それが志を立てるということだと私は思います。それによって唯一無二の自分の人生の道が拓き、その人の一生がその人にしかない一期一会の光になって輝くのです。それがきっと松下村塾の教育方針だったのではないかと私は直観します。

だからこそ吉田松陰先生は、すべては志を立てることこそが万物の根源であると断言します。

つまりあなたは道を歩んでいますか、道を実践していますか、ちゃんと道を内省していますか、と途中を自分に問うのです。まさに仏陀の自燈明法燈明の境地と同じです。

純粋な心、素直な心、精錬な心、誠の心でもしも自己を省みるなら自分はどう行動するのかと、そしてそれこそが真の學問であるとしたのではないでしょうか。學とは、問うことだとしたのです。

私が吉田松陰先生を好きな理由は、この自分の志を立てようと純粋無垢に精進し続ける學問の姿勢。そして至誠を盡し、神人合一に今を生き切りいのちを完全燃焼させた生き方に憧れたのです。

もう先生が亡くなってから20年以上私は長く生きています。もしも先生が今も生きて今の歳になっていたら、どうなっているでしょうか。時代も環境も、そして周囲の仲間も国の状況も異なりますがきっと変わらない覚悟で理想を追いかける青年のように「立志」を生きているのでしょう。その安心感こそが後人を見守ってくださっているのでしょう。師友たちはみんなそれぞれの場所で育っています。

これからも一緒に道中を味わい、初心や目的を忘れずに覚悟を内省し、一期一会の今の季節を過ごしていきたいと思います。

ご縁に感謝しています。