意味のある習慣

かつて意味があったものが意味がなくなっていくことがあります。これは意味を伝承することがなくなり、その習慣だけが残るような感じのものです。人間は習慣を持つことで自動で同じことができるようになります。例えば、今やっているような歯みがきやシャンプー、トイレなども考えずにいつも通りに行います。習慣というのはとても便利で、身に付けばそれができようになるものです。この自動化というものに目をつけて色々な道具や機械も発明してきました。

しかし本当は意味があったものを自動化することでその意味だけが喪失していくようにもなりました。目的があったものが目的がなくなってくるのです。それは人間には同時に忘れるという性質があるからです。習慣化していくことで、忘れてもいい状態をつくりますがそれによって習慣だけが残るからです。

毎回同じことを同じ意味をもって取り組んでいけば習慣と意味は離れません。私たちが空気の存在をあまり気にしないように、あるいは地球にいることを気にしないように意識しなくても生活はできていきます。ある時、空気や地球が失われるようなことがあればその時にはじめて強く存在の価値に気づくことに似ています。

習慣も同じく、意味があってやっていますが時折止めてみるとその意味や価値がわかります。忘れていたということに気づくのです。そう考えてみると、忘れないということがもっとも意味に近いということでしょう。

忘れたくないと思っても、自然の摂理として忘れます。これは宿命的に忘れるようになっているからです。だからこそ忘れないためには毎日、記憶するという新しくしていく行為を続ける必要があります。つまり習慣とは、日々に新しくしていくということと同じであるということになります。

同じことはないのが私たちの今ですから、その今が同じだと思わないようにすることで私たちの意味と習慣は和合して今に帰ります。常に初心や理念に立ち返ることで習慣も本質的なものとなり磨き上げていくことができます。

引き続き、同じことはないことを肝に銘じ意味のある習慣を積み重ねていきたいと思います。