昨日は、英彦山を遊行してきました。お山の中の風は少し乾いてきていて秋の空が広がっていました。沢に流れるお水も清浄で、ところどころに光が差し込んではきのこや松葉を照らします。
最近の大雨や暴風の影響でところどころに木が倒れて道をふさいでいました。それを片付けながら、丁寧に歩いていきます。祠を見つけては供養をし、かつての山伏の墓をみれば合掌して歩きます。お墓には、年号が彫り込まれており1600年代のものもありました。よく考えてみると、たくさんの山伏たちが暮らす山はそれだけたくさんの方が亡くなっています。山のあちこちにお墓があるのは、そういう人たちの暮らした跡ともいえます。
また英彦山には岩窟がたくさんあります。もともと修験者たちは岩窟修行を行いました。岩には特別な波動が息づいており、それを感得しては霊験を得たのでしょう。岩の中に静かに坐ると地球の脈動を感じるものです。
また法螺貝を吹くと谷が観えます。谷は幾重にも重なり、法螺貝の音色がやまびこで跳ね返ってきますがそれが谷全体に響き壮大な音響です。
錫杖を持って大地を歩くと、土の音が聴こえます。また振動からお山と対話しているのがわかります。鎖場に入り、時おり錫杖が登る時の妨げになりますが上手にそれもいなしていきます。
呼吸を深くして、眼を閉じればお山の氣配を感じます。
お山は元々は信仰の場です。レジャーをするのではなく、お山に来て心身が浄化され調います。私たちの先祖は、常にお山に来ては調和を磨きました。あらゆるものと調和して、自己を深く見つめてはお山でいのりました。
信仰というのは、反省して歩くことです。決して宗教ではなく、宗派などでもなく、経典ではなく権威でもない。
人間はお山からはじまりお山を降りて文明をつくりました。お山は人間の原点です。お山に帰り、内省をして本来の人間とは何かということを見つめ直す。お山は心の故郷であり信仰が興る場です。
丹誠を籠めてお山を甦生していきたいと思います。
