情報の本質

現代は膨大な情報量が氾濫している世の中です。毎日何もしていなくても情報が入ってきますし、その環境があります。人に会えば、新しい情報が次々と入ってきます。情報格差も広がり、膨大な情報を整理して商売をしている人もたくさん増えてきました。このインターネットも広告をはじめ、あらゆるところに情報が選別されて配信されます。

情報の海に浮かんでいる人たちは、次はこれと毎日情報を漁り、あるいは比較してはもっといいものがないかを探しています。そのうち、一つのことや大切な道を丁寧に数年かけて歩んでいこうとすることをやめ真新しいことばかりに飛びついては転々と横移動を続けています。

本当によい情報とは何か、それは実践から得られる智慧です。その人の人生に真に影響を与える情報と、欲望やエゴが助長されていく情報もあります。つまり情報の本質をよく学ばないと、気が付けば情報に左右されて情報に呑まれて自分を見失うのです。

さらに人工知能が出てから、その情報の取捨選択の基準も変わってきました。その人の持つ興味や関心のおおよそを先読みして適切な情報を探してきます。考えることもしなくていいほどに便利になってきたのです。

そもそも情報には、必要のないものもあります。別にわざわざ知らなくてもいいものもあります。むかしは、そんなに情報がありませんでしたから比較対象もなく自己の中で辿り着いた場所で導かれたところで情報を獲得していました。それが道を歩んで得られる智慧です。

今は、道に入る人が減っていく時代だと思います。道に入る時間もないほどに、ありあまる情報で目移りをしていて一つのことに長続きもしません。故事に「石の上にも三年」というものがあります。この三年は長い歳月ということですが、実際には三年やろうと思ってやっている間に他の情報によって三年ももたない人が増えてきているようにも思います。もっといいものをというのは、情報化社会の中ではよいことではありますが結果よいものであったという発想にはなかなか到達しないものです。

内省と改善を続けて実践をしていく一つの道の中には、情報化社会では選らない稀有な情報があります。こういう時代だからこそ、コツコツと丁寧に一道を究めていこうとする生き方が人間性を磨くためにも必要な気がします。

色々な人と出会い別れを続けますが、今でも実践を共にする仲間たちは離れてもいつも一緒に道を歩んでいます。そして時おりの情報交換で元氣を得ては、さらに精進します。切磋琢磨です。

本来、情報は切磋琢磨の道具でなかったかと思います。

時代が変わっても、普遍的な道を歩みながら道に報いていきたいと思います。

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