場づくりというものは人もその場に関係するものです。人がどのような場にするかという心が場に投影されます。その人がいなくなれば当然、場は変わります。つまり場は関係性と意識によって保たれるということです。
場ができると何が起きるか、それは田んぼや畑であればすぐにわかります。
好循環する場は、すべてのいのちが活き活きと躍動します。それぞれが自分らしく生きて、周囲を活かします。それはその場をそのようにする意識とお手入れがあるからです。場をどのように調えるかは、そこでどのような意識でお手入れをするかにかかっています。
例えば、神聖な場には神聖な場に相応しい意識と手入れがあります。その場にどのように接しているか、そして祈っているのか、または振舞うか、その一挙手一投足に微細な意識が宿りそれが場の全体に影響を与えるのです。
その場が濁らないようにするのが場守の仕事です。
私の取り組む場の道場はそれを磨き學ぶ場所でもあります。私たちの意識というものはすべての存在と結ばれ繋がっています。人の関係性も心も、そしてご縁も時もすべて結ばれたままに活動しています。
だからこそ関係性があることを忘れずにそこに大切に守りたいものがあることをみんなで意識して取り組むことで場が醸成されまるで神が宿るようになります。神が宿る場は、居るだけで清浄で清々しく、あらゆるもののいのちを元氣にします。しかしもしもその神が去るようなら場は濁り澱み、厄神などが隙をみて入ってくるかのように様々なトラブルに見舞われます。
特に古民家においては、井戸というものがあります。井戸は水神、龍神の棲まう場所です。家はお水がなければ生きてはいけません。そのお水に感謝して、お水が喜ぶように祈りお手入れを怠らなければ家は繁栄していきます。その逆に、お水を粗末にしてしまえば家は衰退します。お水は家の人々の関係性を潤し、豊かにするものです。そのお水を如何に日々に大切にお祀りするか。
私はいつもお水に恵まれ、お水に包まれ、いつも龍神や水神の存在を身近に感じています。だからこそ、日々のいのりの中心はお水と共にあります。
お水が教えてくださっている真理、清らかで澄み切った真心を大切に生きること。穢れはお水によって流され赤心を甦生すること。
当たり前ではない存在、その場に感謝を巡らせお水の大切さを伝承していきたいと思います。
