私の流儀

いよいよ浮羽の古民家甦生のお披露目が近づいてきました。家が清々しく元氣に充ち溢れており、これから世の中で活躍していくのが手に取るように伝わってきます。古いものを捨てるのではなく、それを甦生して新しい役割を生きていただくこと。これは子どもたちに大切な知恵や真心、そして夢や希望を結ぶことにもなります。

私は一般的な建築のやり方とは大いに異なるため様々な誤解を受けます。図面もひかず、青写真もない、無資格の素人のようです。しかしそこには理由があり、最初からいのちを壊さないようにいのちが甦るようにといのりながら触り声を聴き手を入れていくからです。

同じ家もなければ、同じ時も人もありません。一期一会にその時時に異なるものと触れていますからすぐに変更することばかりです。

以前、手塚治虫のブラックジャックを観たときに無免許の医師が驚異的な技術で次々に病気を治癒していきます。しかしここに共通するものは、いのちの声を聴いているということです。生きようとする意志や自立しようとする本人のいのちに寄り添うのです。

私は考えてみると同じような心境なのかもしれません。

家が生きようとしているかどうかをよく観察し、家が喜ぶように甦生する。

誤解されることばかりの人生で、色々と好き勝手に言われて仕方ないなとは自分のことは思いますが家をよく観て、家がどうかを感じていただきたいと思います。

家が喜んでいるのか、そしてこれは子どもたちのために後世に遺していきたいと感じるか。

それだけで私は仕合せです。

これからも甦生や浄化を楽しみ、子どもたちの豊かで澄んだ健やかな未来を築いていきたいと思います。

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