古いものを甦生していると、古いということの定義が人によって異なることがわかります。例えばある人は、懐かしいことを古いと定義し、またある人は飽きたことや時代に合わないことを古いと定義し、またある人は使われなくなった異物のことを古いと定義します。
同じ古いという言葉であっても、その認識や定義は人によって異なるから当然、古いものが甦生するといってもその意識が伝わるわけではありません。
実際に私は古いというものの定義は、幅広く深くもっています。その定義の一つには、普遍的であるというものがあります。
これは古いと私が直観するときは、普遍的な共通の真理があると実感するときです。そしてそれを今ならどうするかと甦生させていくということです。
この甦生という言葉も様々な定義があります。例えば、寿命を延ばすことを甦生と定義するものもあれば、止まったしまった時を動かすことを甦生と定義するもの、また生まれ変わるものを甦生と定義するものもあります。
私にとっての甦生も古いと同じくらい、定義に厚みがありますがやはり今も生き続けていること、永遠や永久などというようにそこに流れている普遍的な共通の真理を辿ります。
つまり古いものを甦生するというのは、普遍的な共通の真理を実現するということです。
人類をはじめ地球、宇宙などが連綿を結んでつなげてきたものの中で今も在るということでしょうか。
暮らしを甦生するのは、まさにそれを実践しているということです。
だからこそ、場を温故知新していくのです。
古いものを大切にするものこそ、もっとも新しいことができる。
普遍的な共通の真理の本質とは、道理を生きること。つまり道を歩み続け、道であることなのかもしれません。
復古創新こそ私の人生の醍醐味として、遊びながら挑戦していきたいと思います。
