アルド・レオポルド(1887〜1948年)という人物がいます。この方はアメリカの森林官、生態学者、自然保護思想家です。この人物は自然をどのように守るべきかを問い続け、最終的に「土地倫理」という思想に辿り着いています。この土地倫理は、まさに現代の自然保護をはじめ山の保全の在り方や本質を判断し學び直すためのとても大切な羅針盤になるように思います。私はこの土地倫理を大地倫理と意訳します。
若い頃のレオポルドは、森林官としてオオカミを減らせばシカが増え人間にとって望ましい自然になると考えそのオオカミの群れを狩りました。すると捕食者を失った山では草食動物が増えすぎ植物が食べ尽くされる経験をしました。そこで人間に都合のよい自然が必ずしもお山全体にとって望ましいとは限らないことを学び、それまでの森林管理の在り方に疑問を感じて自らがお山に暮らし、研究をし、どうすれば自然との共生が実現するのかを実験しました。
そして人間は土地の征服者ではなく、大地という共同体の一員であることに気づき自然を所有し、利用し、管理するという立場から、自分自身も自然の関係の中で生かされているとし、自然保護の定義をまず人間の立場を問い直すことからやり直していきました。
また大地の健康とは大地が自らを再生する力であるとしそのもののハタラキを観察し、自然の健康とは人間が思い描く理想の姿に作り変えることではなく土壌が育ち、水がめぐり、植物や動物が互いに関わりながら、土地自身のハタラキが永続していくことだと考えました。
だからこそ生物共同体の完全性、安定性、美しさを保つことがまず優先すべきとし自然全体にどのような影響が及ぶのかを常に考える視点に切り替えました。ハタラキの方に意識が変わることで「自然に賢明に手を加えるなら、まずすべての歯車と車輪を残しておかなければならない」というメッセージも残しています。
そして自然保護の本質を人間と大地との調和だと洞察し、人間と自然を分けるのではなく、自然の一部として人間の暮らしと自然の働きが、お互いを損なわずに続いていく関係をどうすればいいかを追求するのです。
これは私が今、実践している暮らしフルネスとその本質は同じです。
英彦山の守静坊においても、私はかつての山伏がどのような暮らしをしていたのかを研究してそれを現代へ甦生しています。それは別に昔に戻そうという単純な取り組みではありません。今ならどうお山と共生して関係性を結び直すかという実験なのです。
しかしお山を遊行していると、人間と自然が分かれて別々になることであらゆる生態系が傷ついているのをよく目の当たりにします。現代の人間の活動やそして現代土木が、如何に対処療法であり人間都合か、それによって仕組みがおかしいことを実感すればするほどに大地やお山の元氣が失われていることを実感します。
実際にレオポルトは現代の便利な暮らしに対して「農場(田畑)を持たないことの精神的な危険は、朝食が食料品店から、暖かさが暖房器具から生まれると思ってしまうことだと」洞察していました。これは関係性の話です。便利さや経済合理性、物質優先の社会に変換されていくなかで、本来の自然との循環関係が失われていき、人間自体もそのうち自然の一部であることを忘れ人間と自然の共生の両輪を意識的にも破壊されていくことを憂いていました。
本来の食べ物は店にあるのでもなく、暖かさも機械だけから生まれたのではない、そこには自然の資源と人々の暮らしと営みからであること。暮らしという根源が次第に失われていくことで、自然が傷ついたことを発見していたのです。
1935年にはレオポルドは家族とともに荒廃した農地を購入し植樹や草原の回復に取り組み始めた。そこにあった古い鶏小屋を小さな山小屋として使い季節ごとの植物や鳥の変化を観察し、記録を残していきました。そしてそのお山の暮らしを通して、あらゆる生き物たちの声を聴き、季節のめぐりを共にし、野生のいのちに触れ人間の生きる豊かさ訴えていました。
お山を保全するとは、人間がお山を一方的に治すことではないように思います。現代の人間にとってのお山を治すのは、綺麗に整備することです。しかし本来、お山が本来持っているハタラキをよく学び直し、如何にそのいのちのハタラキを妨げないようにするか、つまりいのちから考えるかということでしょう。
だからこそみんなのいのちの耀くようにお山の恵み氣気づき、その恩恵に感謝し、お手入れを通して恩返しをする人々が『育つ場』にしていくことが大切ではないかと私は思います。
現代は、お山も不動産として価値利用しようとします。全部、人間都合、人間の物差しでお山の再生をします。しかし大地のいのちのハタラキを考えれば、それが返ってハタラキや甦生力を妨げ、いのちの循環やお水の流れを分断することにもなるのです。
お山と共生する暮らしを、もう一度、お山と一緒に生きて、お山のめぐりや循環、そしてハタラキを学び直すことからはじめていきたいと私は思います。
改めて、鞍馬山、英彦山との暮らしのご縁に心から感謝しています。
