信という種

人は自分が何を信じるかで周りの人を感化していくもののように思います。

その人が未来に何を信じているかで、人は大きな影響を受けるのです。

過去の体験の中で人は経験という意識の中で信じているものの世界に生きています。きっとこうであろうという思い込みや、こうなるはずだという刷り込みというものもまた、その人が信じ込んでいる世界に生きているということでもあります。

かつて、乗り越えられなかった過去があったとしたらそれに縛られてしまうと未来はその信じたように引き寄せていくものです。もしも未来をまったく別のものだと信じているならば、その未来が変わるまでその人は信じようとするのです。

信じるということは頭でできるものではありません。それはまさに全身全霊、五感をフル導引して新たなことに挑戦しているときに体験を通して積み上がっていくものです。自分が信じたいと思う世界を引き寄せていくには、自分が信じる方向性を変えつづけていく精進が必要だからです。

それはまさに己に克ち続けるという実践のことです。

自分が信じ込んでいる世界を刷新していくには、自分の中に未来への希望と理想を抱き、その理念が実現すると真摯に信じ切る実践と体験を通して積み上げていくのです。

どんな未来を実現したいか、どんな未来にしていきたいか、その志があるからこそ信じることのために天命に身を捧げ使命を生き切ることができるようにも思うのです。

かつての先人たちが理想の世界を信じて繋いできたもの、それが義であり愛です。

こういう世界にしてほしい、こういう未来になってほしい、こうでありたいと深く尊い祈りを籠めて自分たちの生き方でその信を繋いできました。日々の人生の出会いや旅を通して、そういう人たちの魂に触れるたびに心魂が揺さぶられ、自分もその大義を結び生き抜きたいという気持ちになっていきます。

何を信じて生きてきた人たちがいたか、そして人々をどの方向へと導いていけばいいか、それがこの世に生を受け、社會の中の大切な一員である自覚のように思います。

日々に何を信じて行じていくか。まさに日々是道場、日々是真剣勝負ということでしょう。

己に克つのは信じる力を醸成していくからでもあります。子どもたちに譲っていきたい未来のために、どれだけ信を強くするか、そして出会う人たちに信の種を蒔いていくか、それは己の心の覚悟です。

信という種を蒔き、未来を信じるものへと転換していきたいと思います。

与えるということ

自然が繁栄するということに「与える」ということがあります。

植物や昆虫、あらゆる生きものは天から様々な恵みをいただき生きています。もっとも偉大な恩恵というものは当たり前すぎて誰も気づない所にあるものです。太陽の徳や地球の徳、宇宙の徳も先祖の徳もそうですが、あまりにもその存在が偉大ゆえに誰も与えられていることに気づかないのです。

空気のようにという言葉もそうですが、存在が絶対不可欠なものというのはそれを与えられていることに気づきにくくなってしまうのです。しかし身近な食事や生活の中で、御互いに与え、御互いに助け合い、私たちは日々を暮しています。

そこには、自分が与えられたように周りにも与えるという自然の法理を使って同じように自分たちを繁栄発展させていくのです。例えば、親子などもそうですが親が子どもを自然に育てるように本能でそれを行います。自分が与えられたことを、同じように与えようとするのを自然に行うようになるのです。

与えるということは、与え合うということで与えれば与える程に御互いが繁栄していくというのが自然の法理であるように思います。しかしここに奪うというものもあります、御互いが奪い合っていくのなら衰退していくというのもまた自然の摂理のように思います。

松下幸之助にこういう言葉があります。

「十のサービスを受けたら十一を返す その余分の一のプラスがなければ 社会は繁栄していかない」

これは与えるということと奪うということの本質を述べているように私は思います。

人は与えられるばかりになってしまうと、無意識に奪う側に入ってしまいます。自分では奪っていないと思っていても、確実に与えられているのが生きているということです。人は独りでは生きてはいけませんから、沢山の周りの恩恵や御蔭様で自分が今日も生きて働くことができます。

そのためには周りが与えて下さっている以上に、いつも周りに与える存在にならなければ自然に奪ってしまうことになるのです。或いは、自分が与えていると思っていてももっと与えてもらっている場合もまた奪ってしまうことになるのかもしれません。だからこそ与えるにも大切な技術を心と体で場数を踏んでその与え活かすコツを掴まなければならないように思います。

そうして人生というものは、常に学び、その学びを常に発信していく必要があるように思います。なぜなら社會というものは、御互いに生きていくために学び合い高め合い道を歩む中で成長したという証明であるからです。

自分の存在がどのように社會に役立てることができるかが自明することが自立ですから、自分の生き方が社會に反映されていくのも事実です。だからこそ、自分というものが如何に与える存在であるか、受けた分よりも一つでも多く与えようと、相手の歓びに貢献していこうとするのが社會を繁栄させていくことだと思います。

そう考えてみるとあの目の前の植物も自分が生きることで周りの菌を活かし、昆虫たちを活かし、動物を活かし、地球全体を活かそうと日々を怠けずに精進しているように観えてきます。

常に与える存在でいたいと思うことそのものが、本能であり自然なのかもしれません。不自然な社會を癒していくのも、社會貢献したいと願う日々の行動と実践です。信を拡げる者として、与えていただいていることに深く感謝していきたいと思います。

心徳の学~理想の政学道場~

吉田松陰をはじめ西郷隆盛などたくさんの人物が大きな影響を受けた人物に熊本の横井小楠(1809年9月22日~1869年2月15日)がある。

今の近代教育に警鐘を鳴らし、本来の学問とは「学政一致」だということを述べました。

もし政治と学問が分かれたならば学校が弊害になり、人格を形成するよりも御互いを中傷しあうようになり、才能が有る人間は自分のために政治を利用しようとする人物が育ってしまうと見抜きました。

学校と政治の一体とは何か、それは本来、己を修め人を修めることであり、君臣共にお互いを戒め合い切磋琢磨しながら民衆が健やかに暮らしていける世の中を創りあげていくことであると喝破しています。

それが学校が政治の道具としてだけ用いられるようになると利己的な人物が育ち自分さえよければいいという人物が増えることで必ず社會に害が出てくるであろうと推察しています。現に今の教育をみていたら、明治以降の政策が変わっておらず、富国強兵と殖産興業に役立つ人材育成、つまりは国家にとって有能である人物を教科するようなものが多いように思います。

特に横井小楠がもっとも危惧したことに戦争のことがあります。それを下記のように述べています。

「西洋の学は唯事業之上の学にて、心徳上の学に非ず、故に君子となく小人となく上下となく唯事業上の学なる故に事業は益々開けしなり。其心徳の学無き故に人情に亘る事を知らず、交易談判も事実約束を詰るまでにて、其詰ると処ついに戦争となる。戦争となりても事実を詰めて又償金和好となる。人情を知らば戦争も停む可き道あるべし。(中略)事実の学にて心徳の学なくしては西洋列国戦争の止む可き日なし。心徳の学ありて人情を知らば當世に到りては戦争は止む可なり。(「沼山閑話」)」

意訳ですが、(西洋の学問は事業利益を行うために実施される教育であって、徳を学ぶものではない、それゆえに聖人とか小物とか上下がどうかとなく事業のために行うのだから事業利益はますます発展していく。しかし徳を高める学問ではないがゆえに、人としてどうあるべきかがわからず商談も契約上は守っても、それが煮詰まるとすぐに戦争になる。戦争になっても事実をつめてお金を払えばそれで解決ということになる。もし人としてどうあるべきかを知れば戦争もしなくても済む道もあるのである。もしも事業の学問ではなく、心徳を高める学問をしなければ西洋列国が戦争を止める日がくることはないであろう。しかし心徳を高める学問を修め人としてどうあるべきかが社會に広がるならば自ずから国際間での戦争はなくなるのだ。)とあります。

これは学校というものがどのような目的で開設され運営されるべきかというものを説いています。政治と学問が分かれているという危険が今の世の中をみたら見事に反映されているのが分かります。本来、政治とは何か、それは民が幸せになることです。その国の人達が幸せに平和に暮らせるような社會を創りあげていくことです。

しかし実際は国益を優先し、経済活動のみを奨励し、富国ばかりに邁進すれば社會は利己的な人のみを育て、常に争いや嫉妬、競争や利権ばかりで遂には戦争を誘発してしまうのです。

そうではなく、政治とは本来、己を修めて人を修める道であるとし、学問はそれを実践する人物を徳育していくものであるとしているところに学校というものの本質があるように思うのです。学校に限らずあらゆる組織の場は何のためにあるということを忘れてはならないのです。

最後に横井小楠の求めた理想の社會像が「心徳の学」として述べられていますが、これは社會に関わる職業人たちが目指す理想の姿のことかもしれません。

「学問の味を覚え修行の心盛んなれば吾方より有徳の人と聞かば遠近親疎の差別なく親しみ近すぎて咄し合えば自然と彼方より打解けて親しむ。是感応の理なり。此朋の字は学者に限るべからず、誰にてもあれ其長を取て学ぶときは世人皆吾朋なり。(中略)此義を推せば日本に限らず世界中皆我朋友なり。(「講義及び語録」)」

意訳ですが、(御互いに学問の本来の味わい深きに気づき、心を育むならば徳が高いと聴けばどんな人であろうが差別もなく自ら親しむようになり、御互いに自然にどことなく打ち解けて仲よくなる。これは磁石が鉄を吸うかのように自然の理である。朋という字は別に学者だけの言葉ではありません。誰であっても、その道に長けている人に学び合う時はみんな学友、みんな朋であるのです。この筋道を正しく推していくならば日本に限らず世界中はみんな朋になるはずです。)

利己主義が蔓延して、道を共に歩む朋が少なくなってきているように思います。これも横井小楠の推察の如くの世の中になっているともいえます。しかしだからこそ、目指した国際平和の世の中を創造するために自らが心徳の学を修め、そして道を弘め、本来の生き方によって平和な社會を育てていかなければならないと自覚するのです。此処で書かれた言葉はまるで論語の「遠方より朋来る」の学の本質そのものです。

吉田松陰が目指した維新も、それはより善い政治を行い民が安定して平和で暮らし、朋と共に学問を発展させる世の中を目指したからです。今の時代に産まれたからには、今の時代を担う私たち大人がどのような社會をつくるのかを決めて実践していかなければなりません。

横井小楠は、学校に限らず「心徳の学」を実践すべしと言いますから、肝に命じて自らがその社會を実現していこうと思います。先祖たちの声に耳を澄ましながら、道を訪ねて求めるだけではなく実地実行、かたちにしていきたいと思います。

本来の子育て観~風土と薫育~

本来、国々にはその国々の子育て観というものがあります。明治維新以降、教育ががらりと変化してかつての教育とは一線を画してしまいましたが1600年~1800代の頃の江戸の子育てを調べていると私たち日本人の子育て観の根がどのようなものであったのかを理解することができます。

かつてロシアの海軍士官ゴローニン(1776~1831)は、日本を「子育て上手の先進国」として賞賛しました。

また平戸商館長を務めたフランソア・カロン(1600~1673)はその著書(大日本王国志)の19章の中で下記のように日本の子育てについて記しています。

『日本人は、子どもを注意深く、かつ優しく育てる。たとえ一晩中やかましく泣き叫んでも、ぶったりすることはほとんどない。辛抱と優しさをもってなだめ、悪口を言ったりしない。子どもの理解力はまだ発達しておらず、理解力は習慣や年齢を重ねることにより生まれるので、優しさとよい教育によって導かねばならないと日本人は考えている。7歳から12歳の子どもたちは、驚くほど賢くかつ温和であり、彼らの知識・言語・応対は老人のように成熟し、オランダではほとんど見られないほどである。丈夫に成長していても7歳から9歳までの子どもたちは学校に行かない。この年齢では就学してはならないとされ、彼らは遊び友達の集団に入り、勉強の代わりに元気いっぱい遊ぶ。学校へ行く年齢に達すると徐々に読書を始めるが、決して強制ではなく、習字も楽しんで習い、無理にさせられてはいない。常に名誉欲をもたせ、他に勝るよう励ます。短時間に多くを学ぶことにより、本人や一族の名誉を高めたほかの子どもの例を示す方法により、子どもたちは厳しい苦痛による方法よりも、さらに多くのことを学ぶいう』(大日本文明協会編『欧米人の日本観』より抜粋)。

欧米人のそのころの教育とは子どもを鞭打つことであり、文明が栄える先進国の教育とはそのようなものだという思い込みがある中、読み書きができ高い判断力を持ち文明が進んでいる国々の中で子どもを鞭うつ以外の教育でこのように発展している国は見たことはないと讃嘆しています。

周囲の大人がどのような姿を子どもに見せていたか、そしてその大人たちの生き方が子どもたちにどのように影響を与えていたのかが想像できます。子どものお手本人なる大人たちの道徳観が子どもに薫育していたのでしょう。

この徳をもって育てるという風土と文化が二宮尊徳をはじめ、その後に活躍する偉人たちを育んだのではないかと私は思います。

また最後に1775年から一年間在日したスウェーデンの植物学者であり医師でもあったカール・ペーテル・ツンベルクは見聞したことを述べています。

「日本人が其児童を教育するの状は賞賛にせり」と、日本の児童教育を絶賛している。彼は、手習所の教育方法について、師匠が生徒に歴史上の人物の偉業を歌にして教え、生徒が成長すると日ごろ目にする善行を奨励する。彼らは決して生徒を鞭打つようなことはせず、ヨーロッパのような過酷な罰は与えない。公立の学校(手習所)でも読み書きを教える。たびたび学校を見学したが、生徒は騒がしく、ツンベルクらを追いかけ、オランダオオメ(「青目」か〔注・大石〕)と叫んだという。」「欧米人の日本観」(大日本文明協会より)

自由闊達な校風の中で、御互いの善いものを引き出しているのも想像できます。以前、私がオランダの教育を視察しコンサルティング会社の経営者と話をし講演を拝聴していた時に観た一枚の写真に衝撃を受けました。

それは寺小屋の白黒写真でしたが、如何にそのモデルをヨーロッパが参考にしているのかを実感しました。今の日本は自分たちの子育て観はなおざりにして西洋のものが良いと信じて取りいれていますがまず自分たちがどのような子育て観を持っているのかを考え直してその根を確かめることが先ではないかと私は思うのです。

今の自分をどのように先祖たちは育ててくださったのか、その恩徳を偲びその伝承された祈りに報いることで自分たちの使命もまた再確認できるように思います。大事なことは知ろうとはせずに何でも取り入れるような根無し草のような学び方をしないように慎重に丁寧に学び直していきたいと思います。

逞しく生き切る~いのち~

先日、ある植物が虫から葉を食べられないようにするためにその虫が食べたがらない成分を体から出して撃退するという記事を読みました。これは植物を観察し育てたことがある人は分かると思うのですが植物は健康で免疫力が強いと虫がなかなか寄ってきません。しかしそれが弱ってくるとたくさんの虫たちが集まってきます。

例えば、冬に強い野菜が間違って夏にまで残っているとそこには大量の虫たちが集まって食べています。また時にはある虫だけが大量発生してしまい、大部分の葉を食べられてしまい弱るものもあります。他にも、地力が弱り日照りが弱れば体が弱まりますから病気になったり簡単に風で倒れてしまったりするものです。

健康であるというのは、自分の免疫機能を発揮させているということでもあります。

その免疫は「逞しさ」に象徴されるように思います。

この逞しいというのは生命力のことですが、その生命力が真っ直ぐに元気であるということです。

「逞」という漢字を調べてみると、之繞(しんにょう)と、まっすぐ差し出すという意味の「呈」とで、突き進んでいく姿を為しています。またよく使われるときは、身体が逞しいことよりもその意志の強さや活力があり頼もしいというときに用いられるように思います。

つまりはこの逞しさというのは、健康で元気が善いということになります。そして自然界における健康で元気というのは「挫けない」ということです。困難や障害に遭遇してもそれを乗り越える信(芯)の強さ、それをはねのけていくぞとい意志(心)の強さがあるということです。

もともと甘やかされるとなぜ弱るのかといえば、これらの逞しさが減退していくからのように思います。強く逞しく生きていくとき、人間は生命力が溢れていきます。困難で大変なことがあってもそれを強い意志で乗り越えようとするとき、元気は漲りそして根性が出てくるのです。

身近な植物を観察していても、身近な虫や魚たちを観察していても自然界の厳しい環境の中であらゆる事件に挫けずに立ち上がり真っ直ぐに生き切っていこうとしています。ちょっとしたことがあってもそれを成長の糧にして学びを深めて生命の道を正直に歩んでいきます。

そう考えてみれば「いのち」というのは、挫けずに諦めず挑戦するときに活性化し、逃げたり避けたり諦めたり投げ出したりするときに停滞衰退化するように思います。

どんなことがあってもそれを丸ごと善いことにしようという強い意志が生命力を高め自他を活き活きと逞しくしていくのでしょう。自分自身があらゆる困難と立ち向かって乗り越えていくことが子孫を繁栄させていくことにもつながるのです。

自分が負けず嫌いなのも元気な証拠であり、自分が諦めがわるいのも生命力が漲るからなのでしょう。

「日々に逞しく生きているか」、その自問自答が自然界で生き残るためには何よりも大切なことです。あの身近な生きものたちを見習い、天に対して正直に素直にいのちを生き切っていきたいと思います。

心掛けという実学~学びの実践~

人間に限らず、自然界にある全てのいのちは御互いから学び合って成長していく生き物です。

周りを見ては周りの生き方を見習い、周りのもので善いと思えるものを自分に取り入れて吸収していく力があるように思います。自然は素直ですから、御互いが自分の特性を伸ばし、その特性をより活かすことに憚ることがありません。

しかし人間は、自分が正しいという価値観を持つことで善いところを吸収する力が衰えてくるように思います。人のいうことを素直に聴けなくなるのも、自分が思い込んでしまっている正しいという狭い視野と価値観に囚われてしまっているからです。

「人皆我師」という格言があります。

これは全てが師、つまりは自分が他人の話を素直に聴けるかということですが、実際はほとんどが聴き洩らしているもので聴いているようで何も聞いていないということが多々あるのです。それは相手の心や思いやりを感じようとはせずに、自分を優先しようとする我が邪魔をするからです。

人の忠告や注意を聴かない心というのは、頭で分かっているからそれは知っているから言われたくないなどと思うのでしょう。しかしそれを言って下さる方が、どんな思いで伝えてくださっているか、どんなに真心で心配してくれているかを思わないのではあまりにも自分勝手で独りよがりになってしまうのです。

そんな態度では何も学べず、そして一度そうなってしまうと、学びというものは単に自分だけのちっぽけな世界で学んだ気になっているだけで本来の自分を変革するような学びに到達することはありません。学が実学にはならないという意味です。

基本の姿勢が相手の仰っていることを相手の真心で受け止めてそのまま味わう素直な心を持つ必要があるように思います。

相手の言って下さることを本当に聴いているかは、言われたことをただやればいい意味ではなく、言われたことを言って下さる人の心を遣ればいいということなのです。

頭でっかちになってしまい心を優先しないような生き方をしていたら道場に居ても道場に居ず、実践しているようで実践していないということになりかねないのです。

心を入れるというのは、全ての基本ですがそれは心がけを決めるということです。それは論語の「己に克ち礼に復る」ということに尽きるということかもしれません。

もう一つの格言、「人のふり見てわがふり直せ」があります。

常に自分自身の姿勢を省みて、教えてくださっている真理をひとつひとつ丹誠を籠めてものにしていくときに相手への感謝が示せると思います。感謝も頭ですることではありませんから、感謝するのなら変わってみせていくのが本質的に感謝ができたということなのでしょう。

心を鍛えていくというのは、心がけを優先するということでしょうから実践を丁寧に積み上げていくことしかありません。まだまだ自分も礼に欠けるところが多く、本当に反省することばかりです。

日々の心掛けを積み上げられられることに学びを実らせ歩んでいきたいと思います。

主体性~丸ごと信じる~

人は主体性が出てくると信じることができるようになります。

それは信じるという行為は、誰かにやらされているのではなく自分自身の体験で真底から納得することで醸成されていくことだからです。そしてこの納得というのは、何度も体験し味わい尽くしたあとに自分自身が「丸ごと善い」と実感することに似ています。

例えば、人生というのは無駄が一切ありません。かつての経験が今に活きていますし、今があるのはすべて過去の体験の集積によって存在しています。自分の生き方というものは、今までどのように生きてきたか、そしてかつてどのような体験があり、それを乗り越えて味わってきたかでできあがっているともいえます。

つまりは人生というのは、自分自身の主体的な体験によって彩られているとも言えるのです。時には自分自身がやりたいと思っていなかったことでも、きっとこれは何か大切な意味があるのだろうと主体的に楽しく自分から取り組んでそれを味わい学び掴んでいたことが、将来のやりたいことを支援する大切な力になっていたりするのです。

人生とは奥深く、寄り道したことも大切な寄り道であり、その寄り道があとで絶対不可欠になる能力を育ててくれたり、その道草が後になって絶対に必要なご縁を導いて下さることが多いのです。

だからこそ何でも嫌々ながらやるのではなく、自分から主体的に楽しんで行うことでそのことの本意があとになって活きてくると思うのです。今に集中して今に真剣に生きている人は幸せな人とも言えるように思います。

その人は主体的であることを実感し、主体的であるからこそ今を生き切るのです。今を生き切るからこそ誰のせいにもせず、言い訳もしない、今を満足していくことができるのです。不平不満というものは須らく、将来のことを心配したり、過去のことにくよくよしたりと今から離れるときに起きるものです。

それは体験をしていないという意味にもなります。どんな体験であれ、必ず今の体験は後で生きてくるのだから無駄にしない、勿体なく味わい尽くしていこうとするところに人生の妙味があるように思います。

主体性というものは、主人公ということで自分自身の人生を遣り切っているということです。どんな人生があったにせよ、主体としての性、つまり自分自身のことを信じるということや、相手や周囲のことを丸ごと信じる、そして人生を丸ごと信じる、世の中のことを丸ごと信じる、自分の今を丸ごと信じるということです。

信じようとしないのでは主体性は発揮されることはありません。

人生は客人としてきたのではないのですからあくまで主人として生きるということでしょう。そしてそれが丸ごと信じ切るということなのです。やらされることになっていることすべては客人のままということです、自分からやりたくてやっていてはじめて主人となしえるのです。主人であることが信であるということです。

見守るの道を弘める以上、信の実践は何よりも欠かせない大切な徳目であり訓戒の一つです。しっかりと精進していきたいと思います。

相互扶助の精神

昔のことを調べていると、如何に昔は皆が一緒になって協力していたかが分かります。

稲作もそうですが一人だけでお米を育てていたわけではありません。多くの人達と協力しては手伝いをしながら収穫をしお祭りをし人手を合わせて助けあってきました。他にも一人だけで責任を持つような仕事の仕方はしておらず、皆で力を結び合わせて協力していくことで生き残ってきているともいえます。

そもそも人類が生き残ってきた智慧の一つが、相互扶助という仕組みです。

御互いが大変な時に御互いに助け合い、御互いが物々交換をし、御互いを大事につながってきたことで御互い様の御蔭様で生き延びてきたのです。飢饉や飢餓のときも、自分の食べ物を相手に譲り、また逆の立場になったときは食べ物を分けてもらい、御互いに支え合って生き延びきてきました。

何時そんなときが来るかもしれないからと、常日頃からみんなの力になっておこう、徳を積み重ねていこうと精進してきたように思うのです。それが明治以降くらいから西洋の考え方が入ってきては間違った個人主義が蔓延し、今のような働き方も今のようなお金を頼るような生活スタイルも今までの自分たちがやってきたことと異なる方へと傾いてきたように思います。

もしも飢饉がきたらどうするかということなど平和な時代は考えなくなっていくのかもしれません。本来、私たちは一人でできる仕事などありません。相手があってできることですし、社會があって成り立つものです。それを私物化して自分のものにしようとしても、それはできるはずがないのです。

だからこそ相手と社會と一緒に取り組んでいこう、敢えてみんなと一緒に取り組んでいこうとするのが人間の智慧であり、また誰かのために生きられるという幸せと歓び、そして共に困難を乗り越えていこうとする励ましと勇気になるように思います。

皆様の御蔭でここまで来れましたや、皆様の御蔭でこんなことができましたというのは、いつも一緒に働いてくれていたと自分自身が実感するような意識があるということなのでしょう。まるで機械の歯車のように部品としてその責任だけを果たし、その部品が壊れれば交換されるというようでは安心して一生懸けて取り組んでいくことはできません。

どんなことでも協力し合えば、徳性に合わせてその時々で御役に立てることがあると信じているのが仲間であり組織であると思います。組織を創る一員か、組織を壊す一員かはその人の意識にあるように思います。

常に一員意識をもって私物化を戒め、一員意識で相互扶助の精神を大切にしていきたいと思います。

日々に蒔く種

人は毎日一生を送っているとも言えるように思います。朝になり昼になり夜が来る、これはどれも人間によって振り分けたものですが日が昇り日が沈むことで地球も一回転し、自分たちの一生も一回転してまたゼロからはじまります。

人間は朝起きて一生がはじまり、夜就寝して一生が終わります。つまり一生とは、生きていること一に止まるということです。

その人がどういう毎日を過ごしたかが、その人がどういう人生を過ごしたかということでもあります。自分がどんな人生なんだろうと思いを寄せてみれば、どんな一日を過ごしているのだろうと省みれば自分の人生を俯瞰することができるのです。

日々は毎日変化して已みません、同じように繰り返しているようでも同じ日々は一度としてありません。その中で自分の人生を歩んでいる実感は、何のために自分が生きるのかを忘れないことのように思います。それを忘れてしまっていては日々は消化試合のように過ぎ去ってしまうからです。どんなに忙しい時でも、どんなに暇な時でも、何のためにを忘れていない人は必ず其処に意味を観出し実践につなげていきます。

これは言い換えれば、朝起きて何のために生きるのか初心を思い返し、そして就寝する前にどういう初心で一日を過ごしたか、そしてどのように初心を顧みて眠るかということでもあります。

人間は寝ると忘れるのは、死ぬと忘れるということに似ています。身体の細胞も代謝して生まれ変わり、意識もまた生まれ変わりますから、日々は毎日忘れたところからはじまっているとも言えるのです。

だからこそ日々に積み上げていく大切さ、魂を研鑽して高めていく重要さに気づけるものです。日々怠らないということは、初心を忘れないということです。初心をどれだけ心奥深くに鎮め、日々の行動を慎むか、自分自身の人生を周囲の喧騒に流されず本物にしていくには初心を研鑽していくための人生道場であるという心がけが必用なのかもしれません。

何のためにを何度も思い出せることが初心を忘れないことの実践です。忘れていないと思うのではなく、忘れるのだから忘れないでいようと心に刻んでいくことが揺らがないということなのでしょう。それは習慣という天性の御力をお借りして、実践をしている最中に初心に触れ続けて初心を大切に自分から守り通していこうという真心の発露でもあります。

日々の心掛けが積み重なって将来の成果ですから、正直に蒔いた種が育つように、どのような初心で種を日々に蒔いていくのかを忘れないで周りの勇気や元気になるような日々の実践を丁寧に進めていきたいと思います。

日記伝~真心の伝承~

二宮金次郎正伝(モラロジー研究所)という著書がある。これは二宮尊徳の子孫で総本家の現当主が金次郎の人生の軌跡を再現したものです。

もともと二宮尊徳は死期に及んで「余が書簡を見よ、余が日記を見よ、戦々兢々として深淵に臨むが如く、薄氷を踏むが如し」と日記に書き記しています。

実際の人生は、周りが解説したり政府が勝手に解釈したものを編纂したりしたもので理解できるものではなく、金次郎の日記にこそ真実が書かれているということでしょう。同じことを論語、大学を記した曽子が臨終の際に弟子に語ったのがこの「予が足を啓(ひら)け、予が手(て)を啓け。詩に云う、戦々兢々として深淵に臨 むが如く、薄氷を履(ふ)むが如しと。而今(いま)よりして後、吾免(まぬか)るるかな、小子(しょうし)。」があります。

どれだけ必死に道を守り通してきたか、どれだけ真摯に信念を握り続けてきたか、その軌跡に実感するのです。どの時代であっても、理想の政治が誰にしろ受け容れられるわけではなくギリギリの状態で取り組んできたのがわかります。

君子もとより窮すと論語にもありますが、そもそも苦しい状況の中を歩んできたのです、死してのち已むという心境はようやくここまでで尽きるといった道の厳しさを説いているようです。歩んできた人にしか分からない境地がそこにはありますし、それは道を歩み切った方々が臨終が近づくについて実感できる境地なのかもしれません。

人は必ず死を迎える日が来ますから、それまでどのように生きたかというのは死に顕われるものなのでしょう。後世の人が改ざんしていいところ取りをしていきますが、本来、手に取るべきものはその人の日記にこそあるのかもしれません。

以前、慈覚大師円仁の日記を拝読し感銘を受けた時も同じ感覚でしたし、高杉晋作の日記の時も同じでした。実際に周りが評価している人物像とはかけ離れたものがその日記にはあり、道を歩んだ人の心に近づくには日記を読み解くことが大事なのでしょう。

その二宮金次郎正伝の中に素晴らしい言葉と出会いました。

「本来君ありてのちに民あるにあらず、民ありてのち君おこる。蓮ありてのちに沼あるにあらず、沼ありてのちに始めて蓮生じるものなり。」

意訳ですが(本来は君主があってから民衆があるのではない、民衆があってのちに君主がおこってくる。蓮があってから沼があるのではなく、沼があるからこそはじめて蓮が生まれてくるのだ。)という意味です。

本来は組織も同じく、スタッフの方々があってこそリーダーはおきます。リーダーさえいえばスタッフがあるわけではありません。同じく民衆があってこそ政治があり、政治があるのは民衆の安寧が先だということです。

あの藩政を優先して一部の方々が利益を独占していく時代に、孔子と同じく理想の政治を説き、そし具体的に荒廃を癒し復興改革する心田開発の技術を持ち、私達に一円融合する生き方を示してくれた聖人、それが二宮尊徳です。

私たちは今、世界を含めて大変危険な状況に陥っています。世界人口増加、貧富の差の拡大、消費が生産を上まわり、生きものたちの絶滅速度は急激に広がっています。このままでは、欲があらゆるものを呑み込み止められなくなってしまうかもしれません。文明が崩壊していくとき、いつも同じことで乗り越えられずまた同じことを繰り返してしまいます。

同じことが起きるのは今度こそはという人類の文明実験であるのは論より証拠です。その今度こそに二宮尊徳の思想と技術は私たちが子孫繁栄するための要になると私は信じています。

最後に尊徳の言葉で締めくくります。

「天つ日の 恵み積み置く 無尽蔵 鍬でほり出せ 鎌でかりとれ」

天地自然の恵みは無尽蔵なのだからそれを掘り出すのも刈り取るのも自分次第なのでしょう。日記が続いていることを忘れずに、心の希望を勇気に換えて、その徳の無尽蔵を自らが掘り起こし、取り出して子どもたちや多くの方々にその真心を伝承していきたいと思います。