かんながらの道~大和の心~

人は大自然の中に抱かれると自然に頭を垂れて有難い気持ちに包まれるものです。それは碧く大空の澄み渡る光の景色であったり、悠久の年月をともにしてきた山野や巨樹であったり、広大に流れあふれる大海原や大滝などもそうです。

私たちは自然に有難いと思う心を自分の内在に秘めているともいえます。

これを私は「大和」と呼びます。

私たちは自然を感じるとき、そこにかんながらを直感します。自分が生きていること、そして活かされている事実、そういうものを発見しては自然への畏敬と御蔭様の恩徳が心身に沁みわたってくるのです。

人は頭でっかちになって単なる物知りになると、目的が単に知ることになり遣ることにはなりません。人間というものは体験したものを自らで気づき、自らを高めていくのが自然です。

その自然から外れると自然のことも感じられなくなり、この世にいるのに生きてはいないような存在になってしまうことがあります。そのときこそ、私たちの祖神たちがどのように感じていたか、そのルーツをたどることで今の自分の本来の姿が顕現してくるように思います。

人がなぜ先祖を大切にしなければならないか、自分がどこから来てどこに行こうとしているかを学ばなければならないのか、それは自らを自覚することが自然なことだからです。

この自然に学ぶ心というものがかんながらの大道といっても過言ではありません。

安岡正篤先生が、「大和」について語る中に下記のような文章がありますがとても味わい深い内容で深く感じ入るものがあります。

「生死が巡り、陰陽相極まりて動くが如く、大和の理は一見矛盾するが如きものが渾然と一致して初めて和するものである。・・・こういう神道の根本理念を見てきますと、自然と人となんら背反がない。いかにも大和であり、人道は神ながらの道であります。日本人が仏教の「如来」をよくとり入れたのはこの根本理念による力が大きく、神道は偉大な如来蔵であります。神ながらの“な”は、“の”の変化したもの。“から”は、“なきがら”などという形体を意味し、つまり神の具象、キリスト教でいうと神のembody,incarnationが自然であり人間であります。神は人間を超絶した別のものではなくて、神人合一である。だから日本人は本質的に包容、同化、創成力に富んでいるのです、と。日本人は無宗教といわれるが、何を信仰しているのか、日本人自体も意識しない。日本人自体が意識しないのだから当然他国に分かるわけがない、そこに何ともいえぬ偉大さがある、といえるのではないだろうか。自ずから然るは、日本人の偉大なる大和の精神の故である。」(藤尾秀昭著「人生の大則」致知出版社より抜粋)

自然観というものは頭が入る余地がありません。だから自然なのです。そして直感というものも知識で理解しているものではありません、実践し行動してその妙義とコツを得るからこそ持ち得るのです。

そしてその天の真心と一体になること、天人合一の至誠の存在そのものになることがかんながらの道にあるのです。

自然に触れて有難いと思う真心に随神があるのだから、日本人は誰しもその心の中にかんながらが息づいているのを忘れてはいけません。

最後に安岡正篤先生の言葉で締めくくります。

「かく生れて、かく在り。かく在ることは自から然るのであって、人よりすれば偶然であるが、人は学ぶことによって、偶然が偶然でないことを知る。すなわち当然であることを知る。当然であることを知るということは必然を知ることである。」

人生には一つの不自然もなく自然である。

そのご縁が実に絶妙に存在していることを当然であると自覚できてはじめて学問は成るのかもしれません。まだまだその一端が観得たばかり、驕らずに怠けずに内省を励んでかんながらの道を愉しんでいきたいと思います。

 

運の善さ~早起きは三文の徳~

人は運の善さというものがあるように思います。

いつも運が善い人と運が悪いと言っている人がいますが、これはその人の生き方のことを言っているように思います。運が善い人というものは、信仰心が高い人とも言えます。自分が何か偉大な存在に見守られ歩ませていただけていることに感謝の心を持っているということです。

自分のことが信じられるというのは、見守られていると実感することです。そしてそれは見守ってくださっているから安心して前進するということでもあります。

昔から早起きは三文の徳ということわざがあります。

これは早起きをすると何かしら善いことがあるという意味ですが、これは信仰心がそうさせるのではないかと今では確信します。早く起きるのは、御蔭様に気づくからです。そしてそういう見守りの存在に気づいているから早く目覚めその感謝の心のままに動いてみようと思うのです。

感覚的ですが人は結果が視えていれば動くというタイプと、結果が視えていなくても信じているから動くというタイプがあります。前者は運が悪いと言っている人が多く、後者はいつも運が善いと言っている人が多いように思います。

これも運が善いというのは、「きっと善いことがある、きっと善いことになる」と信じているからいつも運が味方するのでしょう。そうやって善いことがあり善いことになると信じているから朝早起きして動くことができるのです。

畢竟、運の善さというのは信仰心、運に包まれている仕合せを信じて歩んで往こうとする生き方が習慣になっているのです。つまり運とは、「活かされている」という存在に目覚めているということです。活かされている存在の自覚こそ信仰心であり運の善さということです。

私にとっては南無阿弥陀仏もアーメンも、同意義として「おはようございます、おかげさまです、ありがとうございます」のあいさつの中にすべて入っています。そしてまずその最初の実践は、「お早うございます」に他なりません。

早起きとは信の実践そのものであり、運を信じていますという合図なのです。

夏期実践休暇にての報告をまとめていますが、今年も偉大な存在の導きと、そして偉大な存在の見守りの中で自己の気づきと目覚めをいただきました。心を澄ませて、心新たにまた挑戦させていただく有難い日々を精進していきたいと思います。

 

 

視野を変えるということ

吉田松陰の松下村塾に飛耳長目録というものがあります。これは自分が見聞きしたもの、また塾生たちが見聞きしたものを記録に残しそれをみんなで読み合わせをして情報共有をはかったものです。

この記録はそもそも自分という存在が世界を変える存在であるということを認識する広い視野を育て、自分自身が見聞きして発信したことが多くの人達に気づき影響を与えることを自覚することにも役に立ったのではないかと思います。

あの当時、インターネットやテレビ媒体がないなか、一田舎の農村で育った青年がまさか自分が世界を変えようとは思えなかったはずです。しかしそこに松陰が顕われ、何のための学問なのかを背中で示し実践で感化したからこそそこで育った若者たちがその後の世の中を変革する原動力になったように思います。

そしてここで大切なのは「視野」のことなのです。

自分の視野というのは、自分だけのことしかみえないときは世界は自分と切り離されています。自分が実践を怠ったってそんなに意味がないと思えるでしょうし、別にちょっと手を抜いても問題ないと思えるのでしょう。

しかしもしも自分の実践が一つ怠ることで世界が変わるとしたら、周りが変わってしまうとしたらどうでしょうか。その自分の存在の怖ろしさに心身が震え上がるはずです。本来、世界の広さというのは別に地図で理解するものではなく、遠く広大なところなどと認識するものではありません。

そもそも誰かに刷り込まれ教化された世界などというものをいつまでも世界だと信じ込んでいるから世界観は育たないのです。世界とは、自分の視野です。自分の視野が世界なのだから自分の視野を変えてしまわなければ世界もまた変わることはないのです。

人は信じ込まされた世界がどちらが理想かで信じる世界を顕現させます。自分が先に諦めてしまったり、自分が先に絶望してしまっていては世界は今のままかもしくは今よりも悪くなる一方です。

そんな中、常に世界を自分の求めた理想に近づけよう、世界平和と人類和合を願う真心があるのならその世界にしていきたいと「自分を変える」、自分の視野を入れ替えるくらいの信心と努力、精進が必要なのです。

人ばかりを変えてもらおうとするのは自分の都合というちっぽけな視野に囚われているのです。そうではなく、自分を変えて世界を変えようと自分の視える世界を変革するものこそ君子であろうと私は思います。

実践は怠ってはならないのは、この刷り込まれ教化された世界に埋没するからです。何がなんでも埋没しない、何がなんでもマンネリ化しないと戒を持つことでまた自分を練り修行していくのでしょう。

学びは果てしなく続きますが、同志たちとの邂逅もあります。

仕合せは視野によって開かれますから引き続き歩みを強くしていきたいと思います。

視野の寛さ

視野について思うことがあり、深めてみようと思います。かつて、数々のリーダーが視野を広げる事の大切さについて語っています。有名なものに荻生徂徠の「飛耳長目」があります。これは吉田松陰の松下村塾のもっとも大事な学びの基本に据えられたものです。

言い換えれば、何よりも「視野を広くしなさい」という智慧の教えです。

 また松下幸之助に下記のような言葉があります。

 「視野の狭い人は、我が身を処する道を誤るだけでなく、人にも迷惑をかける」

 これはその通りで、視野が狭いというのは言い換えれば自分のことしか視えていないということです。もしくは自分の価値観でしかものごとを捉えることができないという意味でもあります。物事の見方には、単眼と複眼というものがあります。単眼とは文字通り自分からだけの目線、複眼は相手や周囲、世界からどう観えるかという目線です。

 そしてこれらの単眼以上の視線というものは、須らく共感力から行うことができます。共感力は思いやりですから、出来事を自分事と他人事とを分けてしまう時点で迷惑をかけていることに気づかなくなるということです。

 若い時というのは経験が少ないこともあり、自分の視えている世界だけがすべてだと思ってしまいます。価値観というものはそれだけ自分の中にどっぷりつかるものだからです。しかし本来、何のためにそれを行うのかが大事で、世界を変える力をもつ自分の変格力という問題意識なかなか持とうとしない限りは持てないのかもしれません。

 続けて松下幸之助はリーダー論の中で、視野の広さについてこう述べています。

 「今日では、世界の一隅に起こったことも、それが瞬時に全世界に伝わり、さまざまな影響を及ぼす。そのような中で、自国の範囲だけ、自分の会社、団体の範囲だけの狭い視野で事を考え、行動していたのでは、往々にしてあやまちを犯すことになってしまうと思う。いま、視野の広さというのは、指導者にとって、欠くことのできないものであろう。指導者はみずから世界全体、日本全体といったように広い範囲でものを見るよう常に心がけつつ、一国の運営、会社や団体の経営を考えなくてはならないし、また人びとにそうした広い視野を持つことの大切さを訴えていかなくてはならないと思う。」

 ここで大事なのは広い視野を持つことの大切さを訴えるということでしょう。

 結局は、自分たちが行う実践や自分たちの生き方が、自分の周囲を易えて、自分の所属する組織を易えて、業界を易えて、日本を易えて、竟には世界をも易えるという考えを持ちなさいということです。

 自他を分けて自分くらいというの意識そのものが周りに大きな心配をかけ迷惑をおこしていることに気づく必要があります。それは懺悔ではなく、それだけの存在である自分、それだけ世界の一員である自覚と誇りを持てということなのでしょう。実践を正しく行うのも間違い怠るのもその人の持つ視野の問題ということでしょう。

 世界は一人一人の気づきと変革の集積によって出来上がってきた産物です。だからこそ自分の生き方次第で、それが大きな影響を持つのです。たとえ大河の一滴である自分のいのちであったにせよ、諦めずに自分を易えることで理想の世界を求めていきたいと思います。

 視野の狭い人間にならないように、心を常に寛くもち内省し周りを慮り、自他を同一に思いやれる真心の生き方を実践していきたいと思います。

優しく集う仲間たち

人生の中で、信頼できる仲間がいることほど幸せなことはありません。特に人間は群れで集団で生きていく生き物ですから、周りを信頼し助け合う豊かさで厳しい自然環境の中でも慈しみあい暮らしてこれたのです。

だからこそ人は仲間が欲しいのです。

人は独りでは何もできないのだから沢山の仲間たちと一緒に取り組むことではじめて大きなことが為せるように思います。それは多様な価値観があるからこそあらゆる事象に順応していくことができるのからです。これは人間は脳が教化されたようなもので仲間をつくるのではないということです。それは心がはじめて仲間と思えるかということだからです、そして仲間とは心から信頼し合えるということです。

人は志を観る時、その人を信頼します。なぜならその人の心が形に顕われているものが志だからです。同志というのは、志を信頼し合う者たちということでもあります。だからこそ、価値観を受け容れることができ、だからこそ深い絆を持ち合えるようにも思います。

吉田松陰に下記のような言葉が残っています。

「自分の価値観で人を責めない。一つの失敗で全て否定しない。長所を見て短所を見ない。心を見て結果を見ない。そうすれば人は必ず集まってくる。」

本当に大事なことであろうと思います。人はみんな一人では生きていけません。沢山の人達の支えや見守りに助けられてようやく一人立ちできます。自分も昔は何とか一人でやろうと無理をし責任感から強くならなければと頑張りすぎたことで間違った強さばかりを求めて孤独になってしまっていたことがあります。

人を頼るということを情けないと思い、何でも自分で遣った方がいいと信じていた時期もありました。しかし自分一人では何もできないと思うことよりも、もしも相手が自分だったならと思うともっと頼ってほしいと祈り、何でも一緒にやろうという気持ちが湧き上がってくるのです。

人は自分の弱さを受け容れることと、人の気持ちを自分のこととして思いやれることではじめて本当の意味で強く優しくなれるように思います。間違った強さと間違った優しさは、結果的に自分を苦しめるだけではなく周りとの絆も頑なに拒否し頑固に自分の価値観を通そうとする我儘につながってしまっていただけなのです。

人の価値観を受け容れるということは、はじめて思いやりを持てる人になったといっても過言ではないように思います。それは自分に都合がわるくても、その人がそう信じるなら自分も一緒に信じようとする和の心、八百万の神々を認めてきた祖神と同じ真心になっていくことかもしれません。

強くなることが優しくなることではなく、優しくなるからこそ強くなるのです。力に呑まれず心が先んじるような生き方をこれからも選んでいきたいと思います。

和の精神~引受ける生き方~

人は自分の都合を優先し外側を抑え込もうとする生き方と、自分の都合を抑え込み内側を調和さえていく生き方があるように思います。人間はみんな自分勝手です。言い換えれば本来、すべての生きものは自分勝手で生きています。それぞれに欲があり、自分の思い通りにしようとするのです。

しかし自然界では、それをすることで大事なものを見失うことを本能で自覚するからあえて自分の欲を抑え込み周囲との調和を優先します。それを乱せば天敵が顕われ自然に調和する方向へと導かれます。

天敵は調和しなくなる方であり、天敵を抑え込むためには自然に逆らったものをたくさん用意しては対抗していかなければなりません。そもそも調和しないという選択が対抗ですから、不和でも自分の都合を優先すると押し切ってきたのが人間の欲望なのかもしれません。

日本では和の精神といって、そもそも調和していることを何よりも尊びました。それは調和が良いとか悪いとかではなく、調和が愉しいからにほかなりません。

自然農をはじめ、子ども第一主義の経営にいたるまで、自分の都合はほとんど優先できません。優先しても思った通りにはならず、そのための農薬も肥料も使えず、また世間の管理術も通用しないのですから実際は己との闘いのみを永遠と繰り返すだけです。

しかし一つ己に克ては一つの発見があり、一つ己に克てば一つの和が産まれるのです。

和の精神というものは、本来は和を産むことです。そしてそれを人間に当てはめれば克己復礼を実践することです。自分の都合も入れさせていただくのだから、周りの都合のことも配慮していく、周りの都合も叶うように如何に自分を使用していくか、そこに調和の愉しさを見出してこそ地球で暮らす仲間と一緒に活きる生き方を選んだことのように思います。

地球に暮らしながら地球の生きものを抑え込みながらいつまでも自分たちの都合を他の生きものに押し付けるのか、それとも他の生きものを受け容れながら他の生きものたちと一緒に引き受けるのか。

これは責任と置き換えてもいいかもしれません。

自分たちの責任を次世代に押し付ける生き方か、それとも自分たちの責任として引き受ける生き方か、祖神たちは常にその時代時代の調和をめざし取り組むことで子々孫々の繁栄を祈りここまでいのちをつないできたはずですから恥じないように本来の姿を求めていきたいと思います。

協働観~大家族主義~

今朝がたから春にそのままにしておいた小麦の脱穀を行いました。

大量に収穫したため手作業での脱穀が億劫になっていましたが、みんなで行うと楽しいものです。太古の昔から今まで私たちは協働作業をすることを通して仲よくしてきました。言い換えれば、協働作業を通して生きていく智慧を忘れないように工夫してきたともいえます。

もともと自然界の中で、一人で生きていくにはあまりにも脆弱なつくりである人間がみんなと力を合わせることで厳しい中でも生き抜いてくることができました。言い換えれば、人間の本能の中に人と一緒に暮らしていくというものが刻まれているともいえます。

まず一家を形成して、その後、大家族を形成していくというのが人間の発展です。

そのために一家が仲よく協働作業を通してあらゆることを一緒に行うために思いやりを学び、そしてその中でそれぞれの個性が活かせるという幸せを育むのです。

一家というのは、言い換えれば運命共同体であり、共に協働作業をしていくためのかけがえのない仲間であるということになります。しかし今の時代は、本来、ありえるはずのない歪んだ個人主義が蔓延し、家族という定義もまた変わってきているように思えます。

それぞれが自立ということが他人に迷惑をかけないで自分のことは自分でやるということなってしまうと協働作業するよりも単独作業で効率を優先した方がいいということになってしまいます。

しかし実際に社會の中で生きている人間にとって一人で生きていけるわけでもなく、貨幣に頼っていけるのは貨幣が使えているときだけで実際にもしも自然環境が大幅な変化や食糧難の時代に入れば本来の家族主義に人間は必ず回帰していくはずであると私は思います。今の社會システムは金融を中心にした仮想のものですから物が潤沢にあるときはいいのでしょうがそうでなくなればすぐに崩れるものだと思います。

もともと幸せというものは、そのものが自然の中で安心して暮らしていける状態をいうと思います。自分がどういう時がもっとも安心であるか、それは一家を形成し、大家族の中で自分の存在が認められ共に生きているときでしょう。

運命共同体というのは、御互いに生きていくために必要であるということです。そのために常に協働作業の楽しさ、協働作業の有難さを実感していることが本来の仲間作りであり仲良くなるためのコツだと思います。

一見、効率や効果が低いような協働作業も、心を通じ合わせる時間を一日に一度持てるというだけで家族の存在、一家の存在に支えられているという安心感や勇気をいただけるのが人間です。

だからこそお互いのためや思いやりを優先でき、安心することができるのでしょう。協働作業をたくさん行うことで一家が産まれ、村が産まれ、国が産まれ、世界が産まれたと思えば、共に暮らしていく仲間とは協働作業をする仲良したちということでしょう。

流されてつい一人で何でもできることが良いという価値観に刷り込まれそうになりますが、どんな社會を遺していくか、未来のために自分の協働観を育てていきたいと思います。

 

与えるということ

自然が繁栄するということに「与える」ということがあります。

植物や昆虫、あらゆる生きものは天から様々な恵みをいただき生きています。もっとも偉大な恩恵というものは当たり前すぎて誰も気づない所にあるものです。太陽の徳や地球の徳、宇宙の徳も先祖の徳もそうですが、あまりにもその存在が偉大ゆえに誰も与えられていることに気づかないのです。

空気のようにという言葉もそうですが、存在が絶対不可欠なものというのはそれを与えられていることに気づきにくくなってしまうのです。しかし身近な食事や生活の中で、御互いに与え、御互いに助け合い、私たちは日々を暮しています。

そこには、自分が与えられたように周りにも与えるという自然の法理を使って同じように自分たちを繁栄発展させていくのです。例えば、親子などもそうですが親が子どもを自然に育てるように本能でそれを行います。自分が与えられたことを、同じように与えようとするのを自然に行うようになるのです。

与えるということは、与え合うということで与えれば与える程に御互いが繁栄していくというのが自然の法理であるように思います。しかしここに奪うというものもあります、御互いが奪い合っていくのなら衰退していくというのもまた自然の摂理のように思います。

松下幸之助にこういう言葉があります。

「十のサービスを受けたら十一を返す その余分の一のプラスがなければ 社会は繁栄していかない」

これは与えるということと奪うということの本質を述べているように私は思います。

人は与えられるばかりになってしまうと、無意識に奪う側に入ってしまいます。自分では奪っていないと思っていても、確実に与えられているのが生きているということです。人は独りでは生きてはいけませんから、沢山の周りの恩恵や御蔭様で自分が今日も生きて働くことができます。

そのためには周りが与えて下さっている以上に、いつも周りに与える存在にならなければ自然に奪ってしまうことになるのです。或いは、自分が与えていると思っていてももっと与えてもらっている場合もまた奪ってしまうことになるのかもしれません。だからこそ与えるにも大切な技術を心と体で場数を踏んでその与え活かすコツを掴まなければならないように思います。

そうして人生というものは、常に学び、その学びを常に発信していく必要があるように思います。なぜなら社會というものは、御互いに生きていくために学び合い高め合い道を歩む中で成長したという証明であるからです。

自分の存在がどのように社會に役立てることができるかが自明することが自立ですから、自分の生き方が社會に反映されていくのも事実です。だからこそ、自分というものが如何に与える存在であるか、受けた分よりも一つでも多く与えようと、相手の歓びに貢献していこうとするのが社會を繁栄させていくことだと思います。

そう考えてみるとあの目の前の植物も自分が生きることで周りの菌を活かし、昆虫たちを活かし、動物を活かし、地球全体を活かそうと日々を怠けずに精進しているように観えてきます。

常に与える存在でいたいと思うことそのものが、本能であり自然なのかもしれません。不自然な社會を癒していくのも、社會貢献したいと願う日々の行動と実践です。信を拡げる者として、与えていただいていることに深く感謝していきたいと思います。

心徳の学~理想の政学道場~

吉田松陰をはじめ西郷隆盛などたくさんの人物が大きな影響を受けた人物に熊本の横井小楠(1809年9月22日~1869年2月15日)がある。

今の近代教育に警鐘を鳴らし、本来の学問とは「学政一致」だということを述べました。

もし政治と学問が分かれたならば学校が弊害になり、人格を形成するよりも御互いを中傷しあうようになり、才能が有る人間は自分のために政治を利用しようとする人物が育ってしまうと見抜きました。

学校と政治の一体とは何か、それは本来、己を修め人を修めることであり、君臣共にお互いを戒め合い切磋琢磨しながら民衆が健やかに暮らしていける世の中を創りあげていくことであると喝破しています。

それが学校が政治の道具としてだけ用いられるようになると利己的な人物が育ち自分さえよければいいという人物が増えることで必ず社會に害が出てくるであろうと推察しています。現に今の教育をみていたら、明治以降の政策が変わっておらず、富国強兵と殖産興業に役立つ人材育成、つまりは国家にとって有能である人物を教科するようなものが多いように思います。

特に横井小楠がもっとも危惧したことに戦争のことがあります。それを下記のように述べています。

「西洋の学は唯事業之上の学にて、心徳上の学に非ず、故に君子となく小人となく上下となく唯事業上の学なる故に事業は益々開けしなり。其心徳の学無き故に人情に亘る事を知らず、交易談判も事実約束を詰るまでにて、其詰ると処ついに戦争となる。戦争となりても事実を詰めて又償金和好となる。人情を知らば戦争も停む可き道あるべし。(中略)事実の学にて心徳の学なくしては西洋列国戦争の止む可き日なし。心徳の学ありて人情を知らば當世に到りては戦争は止む可なり。(「沼山閑話」)」

意訳ですが、(西洋の学問は事業利益を行うために実施される教育であって、徳を学ぶものではない、それゆえに聖人とか小物とか上下がどうかとなく事業のために行うのだから事業利益はますます発展していく。しかし徳を高める学問ではないがゆえに、人としてどうあるべきかがわからず商談も契約上は守っても、それが煮詰まるとすぐに戦争になる。戦争になっても事実をつめてお金を払えばそれで解決ということになる。もし人としてどうあるべきかを知れば戦争もしなくても済む道もあるのである。もしも事業の学問ではなく、心徳を高める学問をしなければ西洋列国が戦争を止める日がくることはないであろう。しかし心徳を高める学問を修め人としてどうあるべきかが社會に広がるならば自ずから国際間での戦争はなくなるのだ。)とあります。

これは学校というものがどのような目的で開設され運営されるべきかというものを説いています。政治と学問が分かれているという危険が今の世の中をみたら見事に反映されているのが分かります。本来、政治とは何か、それは民が幸せになることです。その国の人達が幸せに平和に暮らせるような社會を創りあげていくことです。

しかし実際は国益を優先し、経済活動のみを奨励し、富国ばかりに邁進すれば社會は利己的な人のみを育て、常に争いや嫉妬、競争や利権ばかりで遂には戦争を誘発してしまうのです。

そうではなく、政治とは本来、己を修めて人を修める道であるとし、学問はそれを実践する人物を徳育していくものであるとしているところに学校というものの本質があるように思うのです。学校に限らずあらゆる組織の場は何のためにあるということを忘れてはならないのです。

最後に横井小楠の求めた理想の社會像が「心徳の学」として述べられていますが、これは社會に関わる職業人たちが目指す理想の姿のことかもしれません。

「学問の味を覚え修行の心盛んなれば吾方より有徳の人と聞かば遠近親疎の差別なく親しみ近すぎて咄し合えば自然と彼方より打解けて親しむ。是感応の理なり。此朋の字は学者に限るべからず、誰にてもあれ其長を取て学ぶときは世人皆吾朋なり。(中略)此義を推せば日本に限らず世界中皆我朋友なり。(「講義及び語録」)」

意訳ですが、(御互いに学問の本来の味わい深きに気づき、心を育むならば徳が高いと聴けばどんな人であろうが差別もなく自ら親しむようになり、御互いに自然にどことなく打ち解けて仲よくなる。これは磁石が鉄を吸うかのように自然の理である。朋という字は別に学者だけの言葉ではありません。誰であっても、その道に長けている人に学び合う時はみんな学友、みんな朋であるのです。この筋道を正しく推していくならば日本に限らず世界中はみんな朋になるはずです。)

利己主義が蔓延して、道を共に歩む朋が少なくなってきているように思います。これも横井小楠の推察の如くの世の中になっているともいえます。しかしだからこそ、目指した国際平和の世の中を創造するために自らが心徳の学を修め、そして道を弘め、本来の生き方によって平和な社會を育てていかなければならないと自覚するのです。此処で書かれた言葉はまるで論語の「遠方より朋来る」の学の本質そのものです。

吉田松陰が目指した維新も、それはより善い政治を行い民が安定して平和で暮らし、朋と共に学問を発展させる世の中を目指したからです。今の時代に産まれたからには、今の時代を担う私たち大人がどのような社會をつくるのかを決めて実践していかなければなりません。

横井小楠は、学校に限らず「心徳の学」を実践すべしと言いますから、肝に命じて自らがその社會を実現していこうと思います。先祖たちの声に耳を澄ましながら、道を訪ねて求めるだけではなく実地実行、かたちにしていきたいと思います。

本来の子育て観~風土と薫育~

本来、国々にはその国々の子育て観というものがあります。明治維新以降、教育ががらりと変化してかつての教育とは一線を画してしまいましたが1600年~1800代の頃の江戸の子育てを調べていると私たち日本人の子育て観の根がどのようなものであったのかを理解することができます。

かつてロシアの海軍士官ゴローニン(1776~1831)は、日本を「子育て上手の先進国」として賞賛しました。

また平戸商館長を務めたフランソア・カロン(1600~1673)はその著書(大日本王国志)の19章の中で下記のように日本の子育てについて記しています。

『日本人は、子どもを注意深く、かつ優しく育てる。たとえ一晩中やかましく泣き叫んでも、ぶったりすることはほとんどない。辛抱と優しさをもってなだめ、悪口を言ったりしない。子どもの理解力はまだ発達しておらず、理解力は習慣や年齢を重ねることにより生まれるので、優しさとよい教育によって導かねばならないと日本人は考えている。7歳から12歳の子どもたちは、驚くほど賢くかつ温和であり、彼らの知識・言語・応対は老人のように成熟し、オランダではほとんど見られないほどである。丈夫に成長していても7歳から9歳までの子どもたちは学校に行かない。この年齢では就学してはならないとされ、彼らは遊び友達の集団に入り、勉強の代わりに元気いっぱい遊ぶ。学校へ行く年齢に達すると徐々に読書を始めるが、決して強制ではなく、習字も楽しんで習い、無理にさせられてはいない。常に名誉欲をもたせ、他に勝るよう励ます。短時間に多くを学ぶことにより、本人や一族の名誉を高めたほかの子どもの例を示す方法により、子どもたちは厳しい苦痛による方法よりも、さらに多くのことを学ぶいう』(大日本文明協会編『欧米人の日本観』より抜粋)。

欧米人のそのころの教育とは子どもを鞭打つことであり、文明が栄える先進国の教育とはそのようなものだという思い込みがある中、読み書きができ高い判断力を持ち文明が進んでいる国々の中で子どもを鞭うつ以外の教育でこのように発展している国は見たことはないと讃嘆しています。

周囲の大人がどのような姿を子どもに見せていたか、そしてその大人たちの生き方が子どもたちにどのように影響を与えていたのかが想像できます。子どものお手本人なる大人たちの道徳観が子どもに薫育していたのでしょう。

この徳をもって育てるという風土と文化が二宮尊徳をはじめ、その後に活躍する偉人たちを育んだのではないかと私は思います。

また最後に1775年から一年間在日したスウェーデンの植物学者であり医師でもあったカール・ペーテル・ツンベルクは見聞したことを述べています。

「日本人が其児童を教育するの状は賞賛にせり」と、日本の児童教育を絶賛している。彼は、手習所の教育方法について、師匠が生徒に歴史上の人物の偉業を歌にして教え、生徒が成長すると日ごろ目にする善行を奨励する。彼らは決して生徒を鞭打つようなことはせず、ヨーロッパのような過酷な罰は与えない。公立の学校(手習所)でも読み書きを教える。たびたび学校を見学したが、生徒は騒がしく、ツンベルクらを追いかけ、オランダオオメ(「青目」か〔注・大石〕)と叫んだという。」「欧米人の日本観」(大日本文明協会より)

自由闊達な校風の中で、御互いの善いものを引き出しているのも想像できます。以前、私がオランダの教育を視察しコンサルティング会社の経営者と話をし講演を拝聴していた時に観た一枚の写真に衝撃を受けました。

それは寺小屋の白黒写真でしたが、如何にそのモデルをヨーロッパが参考にしているのかを実感しました。今の日本は自分たちの子育て観はなおざりにして西洋のものが良いと信じて取りいれていますがまず自分たちがどのような子育て観を持っているのかを考え直してその根を確かめることが先ではないかと私は思うのです。

今の自分をどのように先祖たちは育ててくださったのか、その恩徳を偲びその伝承された祈りに報いることで自分たちの使命もまた再確認できるように思います。大事なことは知ろうとはせずに何でも取り入れるような根無し草のような学び方をしないように慎重に丁寧に学び直していきたいと思います。