仙人苦楽部

今度、仙人苦楽部というものをはじめることになりました。これは仙人は知恵の象徴であり、その知恵をみんなで使い子孫へと伝承していこうとする集まりのことです。仙人というと、白髪の長い白髭の長寿のお爺さんをイメージしますがこの仙人苦楽部での仙人は人生で先人たちから譲られた大切な知恵を活かし、暮らしのなかでその徳性を発揮した個性を持つ人というイメージです。

例えば、伝統的な神楽を通して体の使い方の知恵を伝承された人がそれを日常の暮らしに活かし健康な心身を整える方法を伝授してくれたり、あるいは、伝統職人さんたちの持つ知恵を使って家屋での暮らしをより豊かに味わえる方法を伝授したり、まさに知恵を結集して生きる喜びを知り尽くしている人こそ「仙人」であると定義しています。

もともとこの「仙」の字の日本の語源は、白川静さんの「字統」には【声符は山、正字は僊、その声符はその人を僊というのであるから、いわゆる不老不死の仙ではなかった。その僊が、山中に住んで永生をうるものと考えられるようになって仙の字が作られたとあり、さらに「すべて現実を越えた世界を仙」と言うようになった】と記されています。要するに仙人とは“知識の世界を超えた知恵を持つ人”というのが日本の「仙」に抱く言葉の由来です。知恵は永遠であり、それを「叡智」ともいいます。この叡智の意味は、「物事に秘められた深い道理がわかるほどの優れた才能や知恵」です。

現代は、横軸ばかりの教育ばかりが進化し知識一辺倒の時代です。本来の縦軸ともいえる知恵の深化が次第に薄れてきています。これではバランスが崩れ、自然災害や気候変動を乗り越える生き延びる力が育っていきません。私は長年、幼児期の保育や教育に関わってきましたが文明に生きる力ばかりが注目され、本来の文化と共に生き延びる力は消失していく姿ばかりをみてきました。

子どもたちは私達よりもずっと先を生きていく存在であり、そして先人たちは今でもその祈りと願いを私たちの遺伝子の中に宿しています。その人類の徳を循環していくためには、経済と教育を一致させていく必要があります。ここでの経済とは、徳のハタラキをさらに循環させる仕組みのことです。

また苦楽部(クラブ)というのは、明治期に共通の目的のために苦楽をともにする仲間たちということでつくられた会です。苦楽を分かち合いながら、助け合うという結(ゆい)の精神をもって取り組むという意味を込めてこの名前にしています。

この仙人苦楽部は、徳積帳というブロックチェーンを活用したコミュニティを用いて運営されていきます。夢は一人一人の小さな知恵と力を結集してこの活動を通して暮らしフルネスの経済と教育を一致させていくことです。

子どもたちに永遠の知恵が伝承されていくように、参画してくれる仲間と場でお会いするのを楽しみにしています。