知恵を磨く

健康というものの定義はどのようなものか、時代が変わればそれも変化してきます。おかしな話ですが、全員が病人のようになる時代の健康は本来の健康とは程遠いものです。例えば、薬をみんな飲んでいるような時代には薬を飲まないことは健康となります。しかし薬などほとんど誰も飲まないような時代には病気が健康になることもあります。

時代背景というものはそれだけ意味を変革するものです。今のような貨幣経済の中では、貨幣があることが豊かさの象徴になります。しかし貨幣も必要のない時代においては、貨幣がないことが豊かさの象徴にもなるのです。

これだけ人類は、社会という通念においての価値観を形成しその価値観を保つ中でそれぞれに健康だ幸福だと様々な定義をつけてはそれを追い求めているともいえます。もしもタイムマシーンがあり、未来や過去へ自由自在に移動できるとしたら人類はまず最初に気づくのが価値観が反転している人類の意識に気づくように思います。

歴史を深めていると、現代の人はすぐに今の時代の価値観で過去の歴史を洞察しようとします。しかし実際にはその時代の価値観が今とはまったく異なるのだから同じ価値観で物事を観ては真実は隠れてしまいます。

だからこそ歴史を学ぶというのは、価値観に左右されない普遍的な道理や真実を学ぶことでその本質に照らしながら人間というものをよく洞察する必要が出てきます。つまり歴史とは人間の本性を理解することであり、私たちは何がもっとシンプルなことで本当はどうだったかに気づくことが重要だと私は思います。

とはいえ、価値観の中にどっぷりと自分というものにも気づきませんから簡単ではありません。そういう私もすぐに環境に影響を受けては忘れてしまいます。そうなりにくい環境や場をどう調えていくのかは大きな課題でもあります。

どのような暮らし方をしていくのかは、それぞれの時代の知恵があります。日々を深めながら知恵を磨いていきたいと思います。