暮らしは実践そのもの

自分の生き方を日々に選択するにおいて、判断は何処で行うか。それは「実践」であるかどうかということだと私は思います。実践というのは、認識よりも深い自然体の一部に近い行為です。それを日々に取り組んでいることを私は「暮らし」とも呼びます。

つまり暮らしは実践そのものということです。暮らし=実践です。例えば、朝起きて太陽を拝み、神仏にいのり声と意識とお水を捧げる。そこから食事を準備して、丁寧にいただき朝の作務を調えつつ、内省し日々の心の持ち方を定めていくとします。これは暮らしの実践です。

実践しているようで暮らし、暮らしているようで実践する。

私の場合は、一日の中に何度も実践をする項目があります。お手入れの回数は毎回あり、掃除にいのり、また場づくをし続けます。暮らしているように場づくりをし、場づくりをするように暮らします。これもまた実践です。

人の人生というのはあっという間に過ぎていき、終焉を迎えます。

だからこそ何を大切にして生きていくかというのは、人生の一大事です。

その一大事を忘れないように初心を定め、実践によってその人生を括ります。その継続で、最後に実践してきたことだけが遺り譲られていくのです。いのちの連続性や循環、そして関係性は実践が結ぶのでしょう。

実践が結ぶと信じれるからこそ、その時々の年齢の覚悟も決まります。

今日も、大切な一日として実践していきたいと思います。