甦生のめぐり

自然界のすべてのものはめぐり循環して甦生していきます。その甦生は常に繰り返され、新しくなれば古くなり、また古くなれば新しくなるというように何度もめぐりを続けます。

循環を止めようとすれば、古いものを否定して新しいものだけを生み続けたり、もしくは新しいものを否定して古いものだけを保持しようとするときに循環は止まります。循環しないものは、甦ることがありませんからそこで止まっていてもそのうち中途半端に劣化して消えることもなく漂ってしまうものです。

自然の仕組みは循環そのものであり、留まることなく常に甦生を繰り返していきます。

人間は我がありますから、循環に逆らい甦生を遅らせようとします。本来あるべき循環をそこで止めれば歪に全体が変わってしまいます。その都度、不自然な出来事が発生して甦生が澱んでしまうのです。

甦生というものは、使い切り消えきることで巡ります。

如何に流れに逆らわず、天命に従いいのちを大切に使い果たすかは循環と甦生を信じることで実現するようにも思います。

もっとも永く遠くまでいくものは、甦生のめぐりが長けているものです。

何度も何度も無限に繰り返される甦生の中で、常に素直に使い切り使い果たして消滅していくものこそが甦生のめぐりを活性化します。そしてすべての使命を通過するものがもっとも澄んだいのちを使い切ります。そのように甦生のめぐりはいのちの使命であり、すべてのいのちの原点です。

引き続き、甦生を深めながら子どもたちの未来にいのちを譲っていきたいと思います。

  1. コメント

    世の中は「諸行無常」であり、すべてのものは変化、変転して、循環のなかにあります。したがって、その流れに反すると「不自然」になり、問題が生じます。人間がこの流れに逆らってしまうのは、「自我を振り回すから」でしょう。「自分の考える正しさ」を振りかざして、こだわり、抵抗し、文句を言い、言い訳をして、素直ないのちの使い方を見失ってしまうのかもしれません。それは、結局、循環と蘇生の巡りが見えていない、わかっていない、信じていないからではないでしょうか。

  2. コメント

    水も流れてこそ清らかであるように、留まってしまっては水が濁ってしまいます。自然の道理はその全てを教えてくれていると思うと、以前伺った赤目自然農塾での話の内容が今となって少し見えてくるものがあります。そういう意味では学びも実践も続けてこそ見えてくるものがあり、芽を出す時期もいつかは分かりませんが、実践を続けていきたいと思います。

  3. コメント

    循環を思う時、自分が同じ場所にいてはいけないと感じつつも、自分のやっている事を誰かにやってもらうことが循環なのかと思うと疑問に感じます。トップダウン的な循環ではなく、もっと有機的な循環とは何か。何をしていく事が道理にあうのか。今はまだ見えませんが、まずは仲間の初心と本音本心で語り合える場作りから自分自身は始めていけたらと思います。

  4. コメント

    私たちの身体の細胞の数は60兆個ほどあり、皮膚が入れ替わるのに約1ヶ月、血液は4ヶ月、他の臓器は…と、やはりそれぞれの細胞が朽ちては生まれ変わっていると言われます。しかし、外側から見れば変化は感じられず、自分自身でさえ気づかない働きがあるということは、世の中でも同じなのかもしれません。自然な状態を感じていきたいと思います。

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