助け合いの精神

現在の世界の政治の運営の仕組みは、成熟して限界値を超えてきています。それぞれの国が国家財政がひっ迫するなか、今までの仕組みでは社会制度を保つことが難しくなっています。

人類はこれまでいろいろな方法をつかって社会を維持してきました。グローバリゼーションによって一斉に似たような社会を築きましたが、少子高齢化をはじめ今までになかったような問題に取り組むことになっています。

こういう時こそ、私たちは歴史に学び、智慧を磨いていく必要があります。

かつて米沢藩主上杉鷹山という名君がいました。この方は「民の父母」として慕われました。財政難に陥っていた米沢藩を倹約や民政事業による財政の立て直しを行いました。その具体的な藩主の根本方針を次の「三助」と表現して政治を執り行いました。

それは、「自助・互助・扶助」の3つです。これは自ら助けること、そして近隣社会が互いに助け合うこと、最後は藩政府が手を貸すこととしました。

「自助」実現のために米作以外の殖産興業を積極的に進め、「互助」の実践として農民には「五人組、十人組、一村」の単位で組合を作り互いに助け合わせました。また孤児、孤老、障がい者がいた場合は五人組、十人組の中で、養うようにしました。また一村が火事や水害など大きな災害にあった時には近隣の四か村が救援するようにしました。

それを超えるような災害、天明の大飢饉では藩政府の「扶助」が必要とし、藩士、領民の区別なく一日あたり男、米3合、女2合5勺の割合で支給して粥として食べさせ乗り越えました。その際は鷹山のいる上杉家も全員で領民と同様に三度の食事は粥としそれを見習って富裕な者たちも貧しい者を競って助けたと記録にあります。

これは実は、時代を超えても大切な三要素であることがわかります。そしてこの仕組みは、国家経営だけではなく会社経営、人類の社会存続の智慧であることもわかります。

つまり「助け合い」がしやすい環境を創造したということです。

常に有事に備えるとは、日々の助け合いの機会や場が整っている状態をつくるということです。現代は、個人主義でプライベート重視ですから助け合うよりもあまり深く関わらないように距離をとって生活しているものです。特になんでもお金を使えば、その助け合う要素が必要がなくなりますから何でもお金で解決しようとするものです。

そうやって社会全体が、助け合い難い環境が仕上がっていきました。すると次第に、財政がひっ迫していきます。その状態になったら余計に人々は助け合わず、さらに悪循環に陥り財政難はさらにスピードアップしていくものです。

日本の国家運営をみても、助け合う環境がますます減っていき膠着してきています。災害というものは、天災、人災がありますがいつこの先どのような災害に見舞われるかわかりません。現在は、コロナという人災の災害ですがこれが他に天災が加わってしまえば私たちは上杉鷹山が体験したような大変な状態が訪れるかもしれません。

あの当時ですら、気候変動から天保・天命の疫病と飢饉で100万人以上が亡くなっています。気候変動はこの先もずっと避けては通れない自然の摂理ですから私たちは常に災害に備える必要があります。世界でもっとも危険で、自然災害が多い国に生まれた以上、私たちは世界に対して災害を乗り越える智慧を発信して世界の人類の一つの希望にならなくてはなりません。

日本人として、これから何が必要なのか。それをどう示していくか、そこにこの上杉鷹山の言う「自助・互助・扶助」の助け合いの精神は要になっていくと私は思います。

これは日ごろからどのような暮らしをしていくかという生き方の問いでもあります。暮らしフルネス™の中に、この智慧を取り入れていきたいと思います。

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