法螺貝の霊力

霊力というものがあります。世間では霊感があるなどとも呼ばれます。これらの言葉は、よく幽霊が見えるとか、スピリチュアルとか怪しいなどともいわれあまり公には他人に話すことはないものです。

しかし私の人生の中で出会った人の中には、場所を透視できたり、先祖の声を聴けたり、未来を予知したり、失くしたものを見つけたり、危険を察知したり、病気を手で治癒する人、気候や天候を当てたりする人がいました。科学的には証明されていなくても、直観や第六感と呼ばれるような感覚神経や勘の鋭い人たちがいるのは確かです。

この科学的に証明されなくても何か特殊な能力を持っている人たちのことを霊力があるや霊感があるともいいます。しかもそれは先天性であったり、後天的に磨いたりして今でも活用している人たちがいるのも確かです。

現代は、量子力学をはじめ素粒子、宇宙の真理なども少しずつ科学で証明できるようになってきてエネルギーというものがこの世に存在していることが分かってきています。

このエネルギーは、例えば意識や念というものも眼には見えませんが存在することもわかってきています。人間の意志やいのりというものもまた、霊力や霊感というものを使うものです。

例えば、昨日法螺貝が霊力がある法具ということをブログで紹介しました。むかしから御呪いに使うような道具や法具は不思議な力を持っていることを歴史が証明しています。自然物の中には、杖であったり、石であったり、紙であったり、鏡であったりと霊力のあるエネルギーを増幅させたり、エネルギーを貯蔵したり、反射したり調和させるような道具や法具がたくさんあります。

これらはエネルギー、つまり霊力を持っている存在です。そのものに霊力が宿っているとも言ってもいいかもしれません。石などはその最たるもので、ヒスイをはじめ水晶や波動の高い角閃石、蛇紋岩、神居古潭石なども霊力があります。私はサウナを甦生したり、古民家を甦生しますが実際にやっているのは霊力の高いものを触り、その霊力を活かす場をつくっています。

日頃からそういうものに触れて触っているからか、次第に霊力や霊感というものが磨かれているのがわかります。その証拠に、ある程度のものは触ったりすると感覚で本質が理解できるようになり、懐かしいものや何か問題があるものも早く気づきます。場づくりにおいては、場に入るだけでその場に何が宿っているのかを直観的に察知するようになりました。

こんなことを書くとまた怪しい、社会的に会社経営をして良識があると思っていたのに残念と思う人もいるかもしれませんが実際に人間は誰もが潜在的に霊力や霊感はもっていていちいちそれを霊力とか霊感とか言って使っているわけではないということです。鋭い感覚を持っている人は、電話がかかってこなくても相手の念のようなもので先に受信しますし、天候や災害などは自然に避けていたりします。運がわるくなるような因果応報は避けるような生活をし、徳を積むことを意識して浄化することなどを趣味でやっているほどです。

もともと霊力は、才能と同じである時に開花していきます。それはタイミングもあるかもしれません。大切なのは、感覚を信じること、映画のスターウォーズではフォースを信じるとか言っていましたが自分の直観に従う生き方を選ぶことで高まり磨かれるということでしょう。

感覚というのは、自然物である人間にも当然宿っていてそれは波動や振動、鳴動や共振の力を使えるということです。法螺貝の霊力というのは、そういうものが宿っているということです。

霊力を宿すものをいつも肌身に接していれば、その霊力が感化されてその振動数が似通ってくるものです。むかしの人たちは、感覚を鋭敏に磨いていたからこそその霊力のある法具を活かすことができたのかもしれません。

引き続き、先人たちの智慧を伝承しながら法螺貝と向き合っていきたいと思います。

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