人間が人間として育ち合うためにそれぞれの文明には文化がありました。これを私は「暮らし」と定義し、今は「場」と呼びます。私が取り組んでいる場の道場は、暮らしフルネスの実践道場ですがこれは徳が循環するような暮らしを通してお互いが育ち合う場をつくるための文明の甦生モデルを実現しようとするものです。
現代の日本は西洋文明に偏っていて、消費経済や気候変動、環境問題などを中心に文明の甦生をしようとしています。しかし、実際の太古からある文明の根源は人間性の回復、別の言い方では徳を醸成し続ける智慧こそ文明の甦生であるように私は思います。
その証拠に、日本でも普遍的な生き方をどの時代でも貫いてきた無名の暮らしの伝承や場がたくさん残っていました。しかし現代は、その暮らしや場も、歪んだ個人主義によって崩壊が進んでいます。現代は、個人最適や特定の権力者や国家最適を優先するあまり全体最適や全体快適ではなくなってきました。
そもそも自然は常に全体快適を目指します。気候変動の問題ではなく、環境問題でもなりません。自然は常に自浄作用を通して全体快適を行います。自然が問題ではなく、当然、人間の暮らし方が問題だということに気づかなくてはなりません。
また経済も然りです。本来の経済は、徳によって循環するものでした。今は、損か得か取れれば取れるほどすべてといった様相で搾取して貯蔵しています。金融の世界などは、地球の全資源の数倍の量のお金の取引をしています。
人間を中心にした社会実験をしているのを文明と定義してみたとすると、現代の人間の中心の在り方は破綻しているのがよくわかります。だとしたら文明の甦生とは何か、それが人間性の回復ということになるのです。
文明の甦生は、場からは始まります。
小さな場が増えていくことで文明は甦生していくのです。これは歴史を鑑みれば明らかです。政治や政府などの権力者の流行とは別に、不易としての人類としての役割があります。
引き続き、どのような場があれば文明が甦生するのかの実践を整理していきいたいと思います。
