英彦山の菩提樹

昨日、英彦山の宗像神社の境内にある菩提樹周辺のお掃除をしてきました。もともとここはかつて弁財天をお祀りしていて明治の神仏分離や廃仏毀釈で宗像神社に代わったものです。

本来、ここは寺院だった証としてもこの菩提樹があります。この菩提樹は、植物名ではありません。この「菩提」はサンスクリット語の「ボーディ」(bodhi)の音写で、仏の悟りという意味を現します。なので菩提樹というと、仏の悟った樹という名称なのです。もともと仏陀は苦行難行の末菩提樹の樹の元で坐禅を組み、12月8日明けの明星と共に悟りを開いたといいます。仏陀はこの菩提樹と共に悟ったということでしょう。

今でもインドのブッタガヤには二千五百年前にその下で悟りを開いたといわれる菩提樹の巨木が存在しているそうです。日本では、インドボダイジュではなく中国産の支那菩提樹が植えられています。これは栄西禅師が文治5年(1189)香椎の文治寺植え、後建久6年(1195)に奈良東大寺鯖木の跡に植えられたものが各地の寺院に植えられたご縁でそうなっているようです。

この英彦山の菩提樹は県指定の天然記念物で昭和39年に指定されました。この天然記念物指定とは、文化的、歴史的にも価値があり日本の宝として保存していきたいというものです。

菩提樹の歴史をよく眺めると仏陀とのご縁で広がり、またその後の仏教の弾圧などを受ける因果の樹木でもあります。仏教と共に歩み、そして様々な歴史の苦難を共にしてきた不思議な樹です。私にはこの菩提樹の佇まいが仏陀の化身そのものにも観え、不思議な気持ちになります。

英彦山の守静坊にある枝垂れ桜も、数奇な運命で今も存在していますが同じ下谷を守り続けているこの菩提樹もまた数奇な運命であることを直感します。

この不思議な2本の樹木は、誰が何のために植え、そして今も何を語っているのか。

こうなってくると直観や五次元や量子の世界の話になってしまいますがこの樹木たちが歴史をとおして見てきたもの、そしてこの樹木に語り掛けてきたご縁のある人たちの想いを今に伝えているように私には感じます。

歴史のなかで、今も生き残り人々に触媒として何かを伝道し伝承する存在こそ日本の宝です。私もこのご縁を通して、未来の子どもたちに大切な宝を守り譲っていきたいと思います。

本物の技術

「神なき知育は知恵ある悪魔をつくることなり」という言葉があります。

これは玉川大学の玄関に彫られた格言です。これは理工系の者が陥りやすいといわれる、唯物的な考え方にならないようにとの警鐘として残されているそうです。その玉川大学のHPにはこう紹介されます。

「科学技術の進歩は、明と暗の両面を持つ。平和利用されれば人間社会を豊かにし、戦争に利用されれば多くの人間の命を奪う。この言葉には、“人間至上主義的・科学万能主義的な考え方や教育が、人の姿をした悪魔をつくっているのではないか。科学技術を学ぶ者も、人間を超越した存在を知り、神を畏怖する心を持った人でなくてはいけない”との、創立者小原國芳の強い願いが込められている。」

この神を畏怖する心を持つ、つまり謙虚であることを学ぶという意味でしょう。本来の学問というものは、学べば学ぶほどに畏怖に近づいていくものです。自然の偉大さ、今、私たちが存在していることへの有難さ、科学というものを真に理解するとき私たちはその偉大な存在、畏怖に気づくように思います。

すると自然を征服しようと傲慢にはならず、自然に学び自然と共生していく謙虚さを学び直すように思います。

私が運営するBA(ブロックチェーンアウェイクニング)は、先人たちの大切にしてきた日本人がどのようにその自然への畏敬をもって技術を学び磨いてきたかを身近に感じながらこの時代のテクノロジーの活用を原点から考え出せるような環境があります。

現代は、科学技術によってさまざまな環境問題が引き起こされています。フロンガスやダイオキシン、マイクロプラスチック、列挙すればきりがないくらいあります。善くない理由よりも人間にメリットがあれば、すぐにそれを認可して標準化されます。しかし、一度、そうやってはじめてしまえばやめることはできません。産業が複雑に絡み合っていますから今更やめることはできないのです。それを代替えでやろうとしますが、本当に最初の始まる前になるわけではありませんから対処療法ばかりしているだけで根本的には解決しません。

科学技術は最初が肝心であり、始める前に終わりをよく考えて取り組む必要があるのです。日本人のむかしの科学技術はほとんどが自然に還るものでできていました。つまり循還型であったということです。今の循環型は、人間の都合の循環であり自然循還ではありません。

自然を尊敬し、畏敬の念や畏怖の念がありませんから好き勝手に技術を悪用することも、後先考えずに使ってみようとリリースするのです。そうしているうちに、今の核兵器や毒ガスのように悪魔の技術が誕生してきます。誕生したら、使わないとはならないのです。

だからこそ、私たちは人間を教育し、自然と共生する人間を育んできたように思います。これは別にパソコンなどの機械を開発しないというわけではなく、謙虚さを学び、そのうえでこの科学技術をどれだけ自然の理にかなったものにするのかと追及していくということです。

そのためには、先人が残してくれている本物に触れることでもあるし、自然の篩にかけられても残っているものの仕組みやその思想を学び直すことだと私は思います。

学校で学べないものをどう学ぶのか、つまりどう知恵を学び、徳を磨くのかが重要になると思っています。

この時代、なかなかこんなことをやる時間がない。即席技術者を育成して世界との競争力を上げたいというニーズはありますが長い時間をかけてじっくりと人間を育成しなければ本物の技術者は誕生しません。

友人の遺志を守り、私の場からそういう人物を増やしていきたいと思います。

今を生きる責任

昨日は、無事に20周年の振り返りを行い21年目に向けて気持ちを新たにしました。これまで支えてきてくださった方々の存在の大きさに改めて感謝する一日になりました。今では、本当にたくさんのご縁に恵まれ、私たちを今も応援し一緒に歩んでいく家族やパートナーが増えました。本当に有難いご縁に深く心から感謝しています。

よく私は大切なことを語るときに「懐かしい未来」という言葉を使います。しかしこれは決してむかしが一番いいからむかしに戻そうと言っているのではありません。最近は、コロナが流行してから以前みたいに集まりたいとか、むかしみたいに海外旅行に行きたいとか、すぐに過去がよかったというような言葉を聞きます。しかし今この時、この瞬間はすでに過去ではなく未来そのものになっています。

だからこそこの今である未来そのものが一番いいとなっていることが仕合せであり、そうやってこの一期一会の今を刷新していくことで懐かしい未来を継いで仕合せをさらに守っていったように思うのです。

先人たちは、自分たちよりも子孫が不幸になってほしいなどと願ったことはありません。今の自分たちの仕合せを同じように、子孫たちにも譲っていきたい、もしくはもっと仕合せになる世の中を創造してほしいと心から願ったはずです。そこには自然界のように無償の愛に満ちています。

だからこそ、今を生きる責任をもっている私たちはこの今をかつての先人や先祖たちが願ったように仕合せな世界にし、また同じように子孫にその仕合せを繋いでいきたいと思うのです。

人は人からされたことをまた他の人にしたいと思うようになります。この連鎖は、ずっと変わらずに今もこの世を支えています。だからこそ謙虚に、子どもたちの仕合せを願い誠実に今を善いものにしていくために精進していく必要があるのです。

過ぎた過去は戻ってきません、その過去を善かったものにするにはこの今をまさに善くしていくことだけに専念していくしかありません。今を見て今に生き切るのは、その時々のご縁を大切にしたいと願うからであり先人たちのような美しい生き方を子孫に繋いでいきたいと思うからです。

今があることに感謝して、いのちと調和していくことが真の豊かさになり心のままに生きることのようにも感じます。これからもいただいてきたご縁を感謝で結び直して、新たなご縁を結んでいきたいと思います。

変化の創造

成熟してきた業界のことを観察していると、今までの仕組みが邪魔をして変化が停滞していしまっているところがよくあります。その時代時代に、課題がありそれを解決するためにはじまるのですがその時に作った仕組みやシステムが陳腐化してくるのです。

その時は、それでよかったものが時代が経つとそれが変化の邪魔をするのです。そもそも移り変わっていくということが分かっていれば、移り変わる中で何が今の時代の要請なのかということを常にとらえて学び続けることができます。しかし、日々の忙しさに追われてそんな時間が取れなくなると次第に移り変わることを忘れてしまいます。

あまりにも目先のことや日々のことに追われていくと、人は変化に疎くなるのです。

変化していくためには、少し忙しさから離れて世の中の変化をよく見つめ直す時間が必要です。もしくは、忙しくしない日々を生き、常に変化というものを見つめる観察眼を養う必要があるように私は思います。

かつての人たちは暮らしの中でその観察眼を磨いてきました。

日々の小さな変化、自然の変化に目を凝らし、小さな虫一つ、植物の変化一つを気づき、そこから世界の変化を予測していました。自然界にも兆しというものがあり、世界の反対側で起きていることでも小さな自然の変化から想像することができるのです。

今は、テレビやインターネットで世界の反対側の情報も映像などで入ってきますがむかしは長い時間と小さな変化を観察することで情報を入手したのでしょう。もともと地球は球体ですから、投げたものは長い時間をかけて返ってくるものです。これは意識の変化も同様です。歴史が刻まれていく中で、人間の意識も少しずつ変化していきます。

コロナがあり、戦争があり、人間の心理や感情も刻々と変化していきます。

毎日は同じように見えても同じことは一つもありません。

その時々によく観察し、原点回帰しながらも何が変わったのかを見極めて順応していくしかありません。昔と比べてではなく、まさに今がどうなっているのかに集中するということでしょう。

子どもたちの未来のためにも、新たな変化を創造していきたいと思います。

英彦山の甦生のはじまり

昨日は、英彦山の宿坊、守静坊に120人以上が集まりみんなで茅葺屋根の茅を運び入れました。大きなトラックで6台分くらいあったでしょうか。一軒の家の屋根にこんなにも大量の茅を使うのかと驚きます。先日、阿蘇に茅を刈りにいきましたがその作業も大変な作業でしたからこれをこの数と思うと、改めて職人さんたちの労力や仕事に頭が下がる思いがしました。

現在、この宿坊は昭和のリフォームで茅葺屋根がトタン屋根に変わっています。もう地元で茅を育てている人たちもなく、みんなで茅を葺く文化も消失しました。できないのだから他の方法でということで、トタンになったのでしょう。トタンは便利で、茅を丸ごと囲いますから茅に雨が染みこむこともありません。茅は、そのままにしていると傷みますから定期的なメンテナンスが必要になります。

むかしは、常に囲炉裏に火が入っていたから茅も燻されて防カビや防虫などもしてくれ長持ちしました。現代は、燻すこともありませんからすぐに茅も傷んでしまいます。どう考えてもトタンからわざわざ茅葺にすることは見た目が良いメリット以外には大きな費用がかかるし、この先もずっとメンテナンスできるかという問題があるからと二の足を踏む人が多いといいます。それはよくわかっています。一般的には無理だと諦めるかもしれません。しかし、私は別に家をリフォームしているのではありません。

私は、古民家甦生を通して日本の懐かしい未来を甦生しているのです。なので茅葺屋根は私にとってはメリットしかないのです。やらない理由はまったくないのです。この茅葺屋根を葺くという行為自体が、懐かしさの源流であり、現代にも連綿と続いてきた真の日本人の心を甦生することになっているからです。

昨日は、みんなで「結」(ゆい)という体験をしながら、たくさんの茅を運びました。みんなで声をかけあいながら、力を合わせて協力しました。午前中だけでは終わらず、その後は有志が残ってくださって残りの茅もほとんど運びました。体力も消耗し、大変ではありましたがみんな心は清々しく笑顔も多く、素晴らしい人たちが一緒に汗をかいてくださっていることで場所全体が輝いていました。そして200年の枝垂れ桜もそれを満開の花と共に美しく揺れながら見守ってくれていました。

この懐かしい未来の光景は、決して文字では伝えることができません。

この場に参加してはじめて、これが「結」(ゆい)なのかと、直観し実感するものです。私はこの光景がいつまでも子どもたちに遺して続いていけたらいいなと心から祈っています。

人はみんな、みんなのものだと分かち合う時、そして誰もが地球では家族の一員だと助け合う時、私たちはそこに繋がっている存在、結ばれている存在の有難さに気づきます。他人と貸し借りができるのも、そして知らない人たちでも協力し合えるの、その時、心はとても豊かになります。懐かしい先人の生き方や知恵に触れるとき、私たちは何かを思い出しています。その何かは先人が私たちに遺してくださった大切な心を伝承し、その当たり前ではないことに感謝を思い出しています。そして私たちはその結ばれてきた今までのご縁の尊さを思い出すのです。

私たちは、ずっとむかしから今も結ばれ合っています。それをまたこの時代も結い直すことが、これまでもこれからも仕合せになっていくための知恵なのでしょう。

英彦山の甦生のはじまりが、この結からであったことに深く感謝しています。

歴史の大切な1ページを皆さんと一緒に、結でめくれたこと一生忘れません。英彦山のお山の徳が引き出された瞬間を感じました。ここからは引き続き、徳を磨き、英彦山から日本全体へとその徳を顕現させ子どもたちの心のふるさとを甦生させていきたいと思います。

一期一会をありがとうございました。

知恵の本質

経験というものは知恵そのものです。人は経験をするという時点で知恵を得ているともいえます。経験をよく観察すればするほどに、そこには知恵が隠れていることがわかります。失敗をすることも成功をすることも、それは実はどちらでもよく大切なのはそこから何を学んだかということです。

この経験は、時間が経つことで観えてくる境地があります。経という字は、もともと縦軸の意味があります。つまり長い時間をかけて培われてきた知恵のことです。お経もひょっとしたら、その経の意味もあるのかもしれません。

そしてその縦軸の経験をじっくりと何回もその時々で観察してみる。すると、時間が経つにつれ、経験の質量が増えていくにつれ知恵が鮮明にかつ多面的に入ってくるようになるのです。

一つの小さな経験が、他の経験の助けにもなります。

よく一つを極めた人が、他でも極めていく道楽者の人たちをみかけますがこれはあらゆる経験から知恵を会得しその知恵によってまた別の道も達していくのです。先達というのは、あらゆる知恵を会得するような経験や体験を修練を積んで得た人です。

私たちは今、頭ばかりつかって知識を得ていますがそれで分別知は磨かれます。わかりやすく整理され、複雑な言語を使い分けまた新しい定義の言葉を産み出せます。しかし現実の世界では、現場がありますから場に真実が出てきます。

その場は、身体感覚や五感、そして直観や第六感などあらゆる全体を駆使して知恵を活用していかなければ物事を真に理解し全体と調和していくことができません。つまり知恵が必要になるということです。

子どもたちには、知恵を学ぶことの大切さを背中で伝えていきたいと思います。自分を信じて、経験をすること、観察すること、そして修練を積み、知恵を磨くことを伝承していきたいと思います。

和やかなテクノロジー

最近、ある人の紹介で「カーム・テクノロジー」(穏やかな技術)のことを知りました。これはシンプルに言えば、人、情報、自然が一体になって調和したテクノロジーのことを言うそうです。

もともと今のような情報社会になることをユビキタス・コンピューティングの父とも言われる有名なエンジニア、マーク・ワイザー氏はすでにその当時から予見していました。そしてそのワイザー氏が、現代のようなユビキタス・コンピューティングの時代に「カーム・テクノロジー」というコンセプトが必要になると予言していました。

このコンセプトは、テクノロジーが暮らしの中に溶け込み、自然にそれを活用しているという考え方です。このコンセプトは約四半世紀を超えて、人類に求められてきているテーマになっているということです。日本でも、この考え方を実装するためにmui Labという会社が京都に創業しています。この会社が監修したアンバー・ケース著の『カーム・テクノロジー 生活に溶け込む情報技術のデザイン』(BNN 2020年)にわかりやすくその内容の一部を整理しているので紹介します。

「テクノロジーが人間の注意を引く度合いは最小限でなくてはならない」

「テクノロジーは情報を伝達することで、安心感、安堵感、落ち着きを生まなければならない」

「テクノロジーは周辺部を活用するものでなければならない」

「テクノロジーは、技術と人間らしさの一番いいところを増幅するものでなければならない」

「テクノロジーはユーザーとコミュニケーションが取れなければならないが、おしゃべりである必要はない」

「テクノロジーはアクシデントが起こった際にも機能を失ってはならない」

「テクノロジーの最適な容量は、問題を解決するのに必要な最小限の量である」

「テクノロジーは社会規範を尊重したものでなければならない」

もともと、この「カーム・テクノロジー」(穏やかな技術)はなぜ必要になるのか。これは私なりの考え方では、自然を尊重するなかで如何にテクノロジーとの共生をするかは人類が生き延びるための普遍的なテーマだからです。これは避けては通れず、やり過ぎればどの文明も自分たちの技術によって滅ぶのです。これは歴史が証明していますからいつの時代でもその時代に生きる人が取り組む課題になるのです。そしてこの課題が発生する理由は、そもそも道具というものを使い進化するということの本質にこそあります。

元来、道具というものは、全て使い方から産まれるものです。そして使い方は、使い手の人間力そのものによって最大効果を発揮します。使い手が如何に人間的な徳を磨いてきたか、そしてその徳を積む環境の中で道具と調和をはかったきたか、そこには時代に反映された生き方と働き方があります。

道徳と経済の一致の話も同様に、人はどの時代においても謙虚や自然への畏敬、そして自分たちの文化や歴史を洗練させてきました。この時代においても、それは必要で今の時代は特にテクノロジーで便利になり過ぎているからこそ危険なのです。

自然環境が破壊されるのもまた、その行き過ぎた消費文明の中の技術主義にこそあります。技術が技術を調和するには、確かに私もこのカーム・テクノロジーが行き過ぎたテクノロジー依存の人類には必要だと実感しています。道具だけ進化させても人間力が伴わなければ片手落ちになるからです。それは、今の人類の核の利用をみても明白です。

私ならこういう時は先人に倣います。自立した先人たちがずっと大切にしてきた伝統的な日本の和の暮らしをととのえながら、その時代に発明された道具を必要最小限で最大の効果を発揮する仕組みを知恵として生活に取り入れるのです。

私が提唱する暮らしフルネスは、古民家の懐かしいもの、宿坊の仙人的な知恵に囲まれていますが文明のテクノロジーは否定していません。むしろどれだけテクノジーを人間力で高められるかに興味がありそれを実現させようと取り組んでいるのです。これを徳という砥石を使ってやりましょうと話しているのです。言い換えれば、私なら穏やかではなく「和やか」というでしょう。そしてこの和やかな暮らしこそ、人類を救うと私は確信しています。

和やかなテクノロジーを、この日本、この福岡の地から発信してみたいと思います。

危機に備える

今回、ウクライナとロシアのことでウクライナの人たちが「まさか本当に侵攻してくるとは」とほとんどの人がショックになっていたというのを報道で見ました。私たちも外から見てて、世論も最初は脅しや一部の地域だけの侵攻かと思っていたら全面的に侵攻していきそこでまさかと考え始めます。そして第3次世界大戦が起きるのではないかと、それも今でもまさかそんなことはを思うようになっているはずです。
コロナの時も、想定外が発生して初動が対応できなかった国もたくさんあります。そして今は、戦争が発生してどのように想定外に対応するかが試されているのです。
昨日は、原発を攻撃したという報道が流れました。その時、私もまさかそんなことがとショックを受けましたが戦争ですからこれは当たり前に想定されることです。しかし、そんなことは起きてほしくないと思っていることや、まさかそこまではしないだろうとバイアスがかかっていることに気づきます。
本当の危機は、自然災害よりも人間の人災の方が確率も高く衝撃も大きいものです。これから世界がどのようになっていくのか、思考を停止させず危機に備えて動いていきたいと思います。

いのちの甦生

英彦山の守静坊の祭壇の甦生が仕上がってきました。江戸時代に書かれた建具の絵に仙人が描かれており、そこで学んだ山伏や檀家さんたちの様子が甦ってきました。

私はその時代には生きていませんが、その建具は大勢の人たちがこの宿坊に来て様々なことを学び合い語り合い、そして助け合った記憶を見守ってきました。新しい宿坊になっても、この時を超えた見守りはいつまでも続くようにと願い祭壇の壁面として生き続けられるようにしました。

他にも、もともとあった古材の板をはじめ彫刻や柱など遺してあるものの中でも特に大切に祀られてきたものや飾られてきたものはできる限り修繕をして使っていきます。

私たちの身近にあるものはどれも歴史を持っています。古いものであれば、何代もの主人を経て今の私のところにたどり着いています。前の主人はどのように大切にしてくれたのか、新しい主人はどのような人なのか、物はよく私たちを観ています。

どう考えても私の寿命よりも長いものばかりに囲まれていると、その数奇な運命に人生の妙味を感じます。辿ってきた歳月や、出会ってきたご縁、そして時代の様々な出来事との遭遇、それをすべて体験して今のカタチとして此処にあるからです。

物は物語を持っています。これはただの無機質の物ではなく、時を持っているのです。その時が集まってきたもの、つまり集大成がこの今であり私でもあります。

物を大切にすることも、もったいないとすべてのご縁を活かすこともそれはこの時の中に自分も一緒に存在していることを感じ続けているからです。これを最近では五次元という言い方もするそうですが、元々生まれてきてからずっとこれからも私たちは五次元の中今に存在するということでしょう。

私が仕合せなのは、もともと別の使われ方をするために作られたものがそこで一生を終えるのではなく別の役割をもって甦生していき喜んでいる姿を観ることです。そのものが終わるかどうかは、それを見出し使う側の存在に由ります。

才能があっても見出す人がいて開花するように、道具たちや物たちもそのいのちを活かす側によって開花します。この地球で産まれたすべてのいのちは、そうやってお互いに活かしあい生きるときこそ真の幸福を感じるのです。

私の甦生の流儀は、場にこそ顕れます。

子どもたちに場を遺し、その生き方を伝承していきたいと思います。

日本の初心

現在、英彦山の宿坊の甦生に取り組んでいますがいつものことながら困難続きです。だいぶ、これまでの経験から慣れてはきていますが信じているものの現実の対応には決断ばかりが必要で心身の疲労は蓄積していきます。

振り返ってみると、これまでも古民家甦生は無理難題ばかりの連続でした。当然ながら、費用の問題。大工さんや職人さんたちは一生懸命に取り組んでいますからそのお支払いが必要です。なぜ今までなんとかなってきたのが不思議で、その都度に知恵を出したり周囲の方々からのご寄付があったりして何とかなってきました。

そして次に建物の問題。私がやるところは皆が手入れをやめて荒廃していよいよ最期かというところのものしかご縁がありません。中もぐちゃぐちゃで、木材などもシロアリ被害にあっていて思った通りに工事が進みません。

他にも私の無知からの不手際でご迷惑をおかけしたり、本業の仕事ができなくなりみんなに迷惑をかけたり家族との時間が減り家事を任せきりになっていたりと、いろいろとあります。

何よりももっとも大変なのは、本質を守り続けるためにブレないで最後まで貫遂するための自分自身との正対です。

私が取り組むときに最初に決めるのは、「家が喜ぶか」「本物の和にしたか」そして「子どもに恥じないか」と定めます。今回の宿坊はそれに加えて、お寺ということもあり「布施行」を貫き仲間を増やし、「いのりの場」として子孫に繋ぐためのプロセスを重んじたかと、取り組みの際の自戒を定めてやっています。

何度も費用のことや、楽にやろうとしたり、時間がないなかで時間を敢えてかける方を選択したり、ブレないで自戒を大事に守り取り組んできました。夜中に夢に魘されたり、山の中の寒さで冷え切り体調が著しく崩れたり、心ここにあらずで怪我をしてしまったり、ストレスで頭痛や胃腸を悪くしたりと、思っていた以上に堪えました。

しかし、そんな時こそ足るを知り、いただいている方を観て感謝して同時に信じてくれた自分や周囲の御蔭様に勇気をいただき前進してここまで来ました。周囲からは、順風満帆で明るくやっていますし私自身も弱さを公開せずに徳を積む仕合せをこぼれさせようと顔晴っていますからなかなかこんなことを伝えることがありません。

むかしの諺に「武士は食わねど高楊枝」があります。 これは誇り高い武士はどんなに貧しくても、腹いっぱい食べたかのように楊枝を使って見栄を張っていたというものです。これは見栄をはっていたのでしょうか?

実際には、江戸時代の武士の多くは今でいう政府や役所のお役人でした。彼らの多くは私利私欲に走ることなく世の中のため、民衆のためにと働いた公人でした。現代のように裕福でモノに溢れた時代もある中でも為政者としての武士の倫理規範をもち、無私の奉仕、誠実な生き様を痩せ我慢をしてでも実践した言葉です。

この時代、価値がないと捨てていく大切な伝統や本物の文化が荒廃していくのを見すごせないと私のようななんでもない凡人でも環境がなくても真摯に取り組めば甦生はできるとその姿に何かを感じてほしいと宿坊の甦生に取り組んでいます。

かつての山伏もまた、山で暮らし山を守り、日々に修行に精進して気品高く人々のために盡してこられました。私にとっての山伏は、先ほどの武士は食わねど高楊枝で尊敬する先人であり先達なのです。

その暮らしを甦生するためにも、私自身が同じ境地を少しでも感じたいとこの今も甦生に取り組んでいます。今回の宿坊の甦生、英彦山の甦生は、できる限り多くの方々のお布施や托鉢、そして英彦山を愛し、日本の誇りを甦生するための寄付をなるべく多くの一人ひとりから集めたいと願っています。

それが日本人の心のふるさとを思い出し、日本の初心を甦生させることになると信じているからです。途中経過になりましたが、今の私の心境です。皆様の心に何かが伝わり、一緒に徳を積むことの仕合せや喜びがこの社会をさらに磨き上げて素晴らしくしていくことをいのっております。

宿坊が甦生し、皆さんにお披露目できるのは新緑の頃になると思います。

ぜひ、この「いのりの場」に来ていただくご縁がありましたら心に懐かしい未来の美しい風景が宿りますことを念じております。残りの期間、しっかりと取り組みます。

一期一会