信を握り合う~絆~

人間は誰かと一緒にいるだけで支えられるものです。

特に価値観を共にする人と一緒にいるというのは、お互いの存在を認め合い、お互いの努力を信じ合えますから居心地が善くなるものです。

昨日もお客様のところで同じ実践を積み上げていく中で共に振り返り、共に反省し、共に励まし合う中でお互いが信じ合うものを確かめ合う中で仕合せを実感しました。

また相手から求められ、一緒にできる仕合せの御蔭で安心できますと言われると何とも有難い気持ちに心が満たされていきます。

御縁というのは不思議で、自分が信じて一生懸命に行い愉しみ喜ぶことがほかの誰かのためにお役に立っていると思えることは有難いことです。そういうご縁をいただけるのもまた喜びと幸せであり、そういうご縁に導かれて自分か活かされていることに感謝の心に満ちてきます。

相手を思いやっていながらも相手からも同時に思いやっていただいているという感覚は思いやりに満ちていると思います。

つい人間は一人でやろうとすると、うまくいかないことを他人のせいや自分のせいにしてしまいます。しかし一緒に取り組めば、相手のせいにも自分のせいにもせず、お互いに感謝しながら必用としあって助け合えるものです。

同じ目的のために同じ理念のためにと力を合わせていけば、そこはまるで家族です。

一緒に実践していられるのは、同じ理念があるからです。理念とは本質のことであり、理念とは自分がもっとも大切にしたい理由です。そういうところをお互いに理解し合い分かち合ったならその時こそお互いが信を握り合うことができるように思います。

信を握り合うというのが絆のことであり、お互いが自分と決めた約束に誠実になっているということです。この強い絆は、お互いが相手をみて自分を変えるようなこともせず、お互いが自分で決めた約束を自分で守るという決心と覚悟に忠実であるということです。

信頼というのは、自分自身に負けずに他人のせいにもしないときに結ばれていきます。その信頼があるからこそ、相手のことを自分のように思いやり、励まし、応援し、労い、そして褒め、愛を与え合うことができます。

自分が遣ってきて善かった、諦めなくて善かったと思うのは、自分が挑戦し自分が打ち克って道を切り拓いてきたことを信じる人たちが幸せになっていく姿を観るときです。

それもこれもまたご縁の不思議な世界に導かれます。

ひとりひとりの出会いを大切に、丁寧に丹誠を籠めて実践を積み上げていきたいと思います。