変化修養

日々に世界は目まぐるしく変化しています。また自分の周辺の人間関係も同じように変わっていきます。何もしていなくても銀河を巡る太陽系のように、地球が回転するように止まることはありません。じっとしていても進んでいきますから、周囲は目まぐるしく変わっていくのです。

そしてそれは人間もまた同じです。心も変わり、思いも変わります。ずっと変わらないというものなく、色々な環境の影響を受けては小さくまたは大きく変わっていくのです。

しかし変わらないものというものがあります。それは止まってみてはじめて観えてくる境地もあります。矛盾のように聞こえますが、変化しているから止めるのです。変化とは、変わるものと変わらないものの間にいるということです。そしてそれは止まるということで中間に坐したということになるのです。

例えば、他人というのは変わりません。いくら自分の思った通りにならなくても相手は別の人ですから変わらないのです。だからこそ自分はどうするか。自分はでは変わるのか。自分も変わりません。なので私たちは共に自らを調えるしかないのです。

この調えるという行為こそが、変化の本質ということです。

世界は戦争になったり平和になったりもします。国家があれば様々な紛争があります。それもすべて人が巻き起こします。その人を排除しても、別の人がまた同じように変わりません。因果の法則もありますから蒔いた種はいつまでも育っていきます。歴史を省みると、常に今は過去に蒔いた種が育ってそれを刈り取っているだけです。必ず蒔いたものは戻ってくるのです。

だからこそ、私たちは目まぐるしい変化の中でどうあるか。

不自然にならないように、自然の調和を邪魔しないようにそれぞれが自律してお互いに調和していくような日々を暮らしていくことではないかと私は思います。そもそも暮らしフルネスというものもまた、日々に修己治人を意識し、一緒に調えていきましょうという実践の話です。

場を調えて徳を磨く。

変化の真っただ中だからこそ、地道な変化修養を続けていきたいと思います。