十三夜を過ごす

秋が深まり、夜空の星や月は次第に澄んで冴えわたってきます。昨夜の月もまた美しく、存在感がありました。稲の収穫を終え、無事に脱穀を済ませました。来月の新嘗祭に向けて丁寧に感謝の場を調えています。

思えば、むかしの人たちはこの秋の夜空をどのように眺めていたのでしょうか。秋は太陽の通り道が変化することで夜が次第に長くなっていきます。秋分を過ぎると北半球では昼より夜が長くなり、星空を眺める時間が増えます。秋の夜長とも言いますが、夜が次第に長くなるほどに私たちの先祖は星空を眺めたです。

ちょうど昨日は、夕暮れから暗くなるまでの時間をゆったり月と星を眺める時間がありました。薄暗くなっていき、碧暗くなっていく空にまず月が登場し星の光が瞬いてきます。乾いた空気が風に揺られながら、闇の深まりとともに次第に水気を帯びてきます。

電気のライトなどでは決して真似できない、そのものがいのち丸ごとで光っているような輝き。電気の光ではなく、いのちの光が夜空を包みます。

先月は、十五夜祭を徳積堂で行いました。これは暮らしの中の一場面であり、イベントではありません。今年暮らしを一緒に過ごしてきた家族や仲間とお月さまに感謝して過ごす心豊かな一日です。

そして来週は十三夜祭があります。

この十三夜は、秋のはじまりの十五夜の頃とは異なり晩秋の深まりがある満月ではなく少し欠けたお月さまを眺めます。

めぐりや循環を意識していると、旺盛で青春だった頃の季節が無事に充ちて実り種になり、また虫たちも役目を終えて土に還り、一部は冬眠するために静かに季節の変わり目を過ごしています。お野菜も冬野菜の芽が虫たちに食べられながらも、厳しい冬を乗り越える準備を過ごしています。

徳積堂では、十三夜祭にお供えする豆や栗や柿など秋の後半の実りを調えていますが十五夜からの一か月間のお月さまの変化を観察して内省をしているといのちの巡りの尊さを感じ直します。

それぞれのいのちにはお役目があり、そのお役目を静かに終えることもまた次のお役目であること。お役目が終えることの大切さ、終わることで始まるという「めぐりの妙と徳」。

めぐりゆくすべてのいのちを供養しながら、新たないのちのはじまりを十三夜のお月さまと共に過ごしていきたいと思います。