土地の本質

星の王子様の著者のサン・デグジュペリが「地球は先祖から受け継いでいるのではない、子どもたちから借りたものだ」という言葉を遺しています。以前、ネイティブアメリカンの言葉か何かで「土地は、先祖から受け継いだものではなく、子孫からの借り物である」という言葉を知ったことがあります。

現在、古民家甦生を含め、ブロックチェーンストリート構想など色々と手掛けていますが本来、私たちが住んでいるこの「場」とは一体何かということを改めて考え直させる言葉であることに気づきます。

現在、不動産を含め土地というものは一つの商品のように扱われています。むかしは土地といえば自分の故郷であり、その風土はアイデンティティそのものでもありました。地名がそのまま私たちの苗字になったり、伝統を表現する名称になったりしたのはそれだけその風土に根差した暮らしを行っていたからです。

暮らしが消失し、土地が人間の単なる売り買いされる物のようになってからその土地の意味も価値も変化してきたとも言えます。

実際には先祖代々の土地といって田舎にいけば活用できない土地が溢れ、空き家も増え、単なるや物置やゴミ置き場、駐車場、もしくは雑草だらけになっているところも多くあります。子どもたちもそのような土地を欲しくないといい、固定資産税もかかり管理も大変なことからみんな処分に迷惑しているところも多いといいます。これは都市部だけでなく農地でいっても休耕田をはじめ土地が活用できずに困っています。

しかし先ほどの『子どもたちから借りたもの、借り物』としたらどうでしょうか。

農地であっても農薬漬けにしてボロボロになって作物も育たないような汚染された土地を子どもたちに返すでしょうか。そして手入れもせずにゴミ置き場のようになった土地を子どもに返すでしょうか。自分の子どもにそんなことが果たしてできるのでしょうか。

土地というものは、先祖がくれたものではなく子どもたちから借りたものでそれは次の世代に必ず善い形にして返していく必要があります。そうやって代々、借りたものを磨き善くしてきたことで子孫は安心してその宝を受け継ぎそれを守り、それを育て譲り繁栄を続けて今に来ているのです。

当たり前のことをもう一度、見直し、意識を換えていかなければこのままでは子どもたちは負の遺産ばかりを渡されてしまうことになります。良識のある人たちや、子どもの志事をする方々はもう一度、この意味を深く考え直してほしいと思います。

私が古民家甦生をするのも、古い懐かしい土地を磨き直すのもまた、「子ども第一義」の理念に取り組んでいるからです。そしてこれは私の生き方であり磨かれた家家や土地は未来への子どもたちへの深い愛情の実践なのです。

子どもたちから借りたものをもっと善いものにして譲っていくことこそ、先祖の徳に報いていくことです。引き続き、何が本来のもので何を伝承することが子どものためというのかを磨き直していきたいと思います。

  1. コメント

    「借りたものを返す」ときは、原状復帰やお礼としての利息をつけるのが原則です。私有財産であるとはいえ、土地は本来「地球のもの」で、そういう意味では「借りもの」でもあります。考えてみれば、この「身体」なども借りものであり、「自分のものだからとどのように使ってもいい」というものではありません。「社員も社会からの預かりもの」などと言われます。実はあらゆるものが、自分の好き勝手に使っていいのではなく、ちゃんと生かし切って使い、未来に譲っていくということが、本来の姿であり原則なのでしょう。

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