不老不死と仙人修行

不老不死という言葉があります。私は幼稚園の頃、この不老不死の言葉を知りその薬をつくることを夢に語っていたことがあります。エジソンに憧れ、発明王になり不老不死をつくると夢見たのです。

その当時は、身近で大切な犬が亡くなり死について色々と向き合っていたからかもしれません。大人になると、死は自然の一部であり老化もまた自然なことだと受け容れていきましたが不老不死という言葉には色々と思うことがあるものです。

もともと不老不死というのは、神仙思想が大きな影響を与えます。これは仙人の思想ということです。中国の書物には、「老は朽なり。老いて死せざるを仙という。仙は遷なり。遷りて山に入るなり。故に其の字を制するに人の旁に山を作るなり。」(漢文:老朽也 老而不死曰仙 仙遷也 遷入山也 故其制字人旁作山也)とあります。

つまり永遠に若く、そして死なないのが仙人です。

現代、最先端科学ではナノ技術や遺伝子工学などが発展し寿命を伸ばし、老化しない方法などが開発されています。いつまでも若さを保ち、死ぬことがなくなるというのはすぐに老いて病気になって死ぬ人類からすれば夢の技術でしょう。

しかし少し考えてみると歪な夢であることがわかります。もしもみんなが不老不死になれば、この世の人口はどうなっていくでしょうか。増え続けて死なないのですからあっという間に100億、1000億人になります。食料は枯渇し、地球が人で溢れます。

また歳をとらないことがいいことになると、世代交代がいいこととは思いません。周囲は老化し変化していくのに、人間だけが変わらないという情景はどういうものでしょうか。ライフスタイルをはじめ食生活も偏ってくるのはすぐに予想できます。

そもそも仙人というのは、住んでいる世界が異なる人々のことを言うように思います。その永遠の若さとは、瑞々しい感性や徳性、そして不死とは死をも超越している泰然自若として悠然としている山のような存在になっているということではないかとも私は思います。

権力者や富裕者が願うような目先の欲望の果てにある永遠の若さや不死ではないのです。

私が尊敬していた鞍馬山のメンターはまさに仙人のようでした。人は学び続ければ永遠に若く、心を磨き続ければ永遠に生きる。

よき仙人修行を楽しんでいきたいものです。

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