一期一会の生き方

私たちは御蔭様というものの存在に活かされているものです。今生きているのは、あらゆるものの存在が私を生かしているともいえます。それは例えば、酸素があることや水があること、そして太陽があり植物がありと身近な存在にも偉大な御蔭様を感じるものです。

この御蔭様というのは、言い方を変えれば見えているものに対して見えないものの存在のことです。自分を中心に考えれば、自分が生きているといことですが実際には御蔭様を中心に考えれば自分が生かされているということに氣づくものです。

現代は個人の幸福ばかりと追い求めていくような個人主義の世の中ですが、その個人が存在するのはかつて多くのご先祖様があったからです。ご先祖様たちが結ばれて子どもをつくってきたから今の自分が生きています。何もなく存在しているのではなく、そうやってみんなで子孫を繋いできたから存在しています。

そして厳しい自然環境の中でお互いに助け助け合いをしながら、いのちを繋いできたから今生きています。自然の恵みがなければ、食料もなく、智慧がなければ生き延びることもできません。

私は、鞍馬寺の前貫主に「闇のぬくもり」のことをご指導いただき教わってきました。闇は怖いものではなく、闇はぬくもりがあると。この話は、時間が経過するにつれて御蔭様の存在と似ていることに氣づきます。

目に見える光とは別にそれを包み込む闇の中にこそその歴史や時間、感謝の循環や徳が存在すると。宇宙の星々が漆黒の闇に包まれているように、私たちは偉大な御蔭様に包まれていると。

夜眠りにつくとき、私たちは静かに闇に包まれて癒されます。静かに内省をすると、どれだけの人たち、どれだけの自然に自分が助けられているかを思います。そしてその御蔭様があるからこそ、今日もまた活動していくことができます。

この場所に巡り会ったこと、この人に結ばれたこと、そして絶妙な時間をいただいたこと、どれも一期一会です。

一期一会の生き方は、ご縁を大切にする生き方ですがそれだけではなく御蔭様を生きるという生き方なのではないでしょうか。

自分がそうであるように、子孫のためにもその御蔭様の一つになれるようにかんながらの道を歩み、闇を照らしていのちの循環の一部になっていきたいと思います。

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