法螺貝づくりを進めていますが、貝の個性がそれぞれにあり一筋縄ではいきません。今回は、20の貝を仕上げていますがあまりにもそれぞれの個性が強く自分の感受性が試されています。
元々、保育の道を深めそれぞれの個性を活かすことや発達にあわせて変化させることなどを学んできました。経営もまた、人の徳を活かす日本的な方法を学んできました。法螺貝づくりはこれまでの人生の集大成の一つとも言えます。
私の手元にある法螺貝は、ある意味で抜け殻ですが実際に貝が生きていたころはどのような貝だったのか。それを抜け殻からもたくさん連想できます。また厚みや傷などでその一生がどのように過ごしたのか、あるいはどのような海にいたのかまで直観で伝わってくるものです。
私の手元で第二の一生がはじまりますが、時には音を求めるあまりに深く傷を入れてしまうことがあります。修復しますが、自然物に傷をつけてしまうことに申し訳なさも感じます。実際には、絆といってその貝との関係性ができますがはじめてその法螺貝を手に取る人に手渡す以上、傷のないものをと慎重になります。慎重になるほどに、貝の音の潜在意識を発揮してもらうための調律に迷いもでます。
吹く人のことを思い仕上げていきますが、妥協するところが探せず肩の力を抜いては深呼吸して集中して作りこむのみの日々です。
しかしひとたび、善い音に辿り着けば苦労もすべて報われます。見事な鳴動で波動が響くと、その貝の新たな息吹を感じて嬉しくなります。
どうも私は甦生していくのを見守るのが好きで、心はとても仕合せを感じます。
引き続き、盂蘭盆会の合間にご先祖様たちのことを思い日子山仙螺の法螺貝づくりを続けていきたいと思います。
