暮らし伝

昨日は、盂蘭盆会の準備であちこちの場を調えご供養とおもてなしをしてきました。子どもたちも一緒にお墓の掃除やお花のお手入れ、そして手を合わせてはゆったりとご先祖様たちをお迎えしてきました。

最近ではお盆休みに帰省もしなくなりお墓参りや先祖供養もなくなってきたといいます。何のための御盆休みかなどの意味を忘れ、暮らしの中で伝承している知恵も暮らしの消失と共に忘れ去られていきます。

お寺でも造花になっていたり、火は危ないからと自動電灯になっていたり、念仏が音声で流れてきたり、お供えものもプラスチック製品で見た目だけ似せたものになっていました。形だけ残しては心を残さないでは、本来の暮らしの智慧として伝承も残らないはずです。

私たちの先祖は、意味や目的をいちいち考えなくても暮らしの中で年中行事などを自然に取り入れ子孫たちが自然にその意味や目的を直観し理解できるように伝承してきました。口伝というよりこれは暮らし伝ということでしょう。

私が提案している暮らしフルネスは、この暮らしの伝承を行うものです。

暮らしという言葉も、なんだか現代では暮らし風のことを暮らしと呼んで消費活動の一環にされているところが増えています。暮らす宿という言葉も。暮らしていないのに暮らす宿とはどういうことかなと。私は日々の暮らしフルネスの実践の中で、お迎えして一緒に暮らしの伝承をすることを暮らしている宿坊として暮らす宿とはいいますが明らかに異なるのは主人がいるかどうかです。家と主人があってはじめて暮らしの智慧は伝承されていきます。

最近では、広告詐欺というかスーパーなどにいけはそういうものをたくさん見かけます。無果汁なのに果物ジュースとしていたり、無添加といいながらたくさん科学添加物をいれていたり、産地の名称を謳いながら実際には会社名であったりと嘘だらけです。

便利なものの方が価値があると信じるようになれば、多少の嘘は正しいことになっていたりします。なぜならそれが便利であるという証明だからです。嘘は便利なのです。

しかしその嘘をついたことによる代償が発生します。それは嘘が伝承を破壊するということです。見た目だけ形だけでも便利だからいいとするとき、心は置き去りになっていきます。

心で味わうからこそ、暮らし伝は継承されていくものです。

丁寧にこれからも暮らしフルネスを通して子孫たちへ伝承していきたいと思います。

 

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