聖地を守り、お水を守る

聖地というのは、それぞれに聖地としての理由があるものです。それは自然の中でも特別な場所であったり、人間の歴史においてとても大切な理念を象っていたりとそれぞれです。確かなものは、そこには今も息づいている唯一無二の存在があるということです。

しかし時間が経つと、形だけの聖地になっているところもたくさんあります。本来、聖地は聖地として感じる人たちがいることで聖地としての力を発揮するものです。特別な場所であればあるほどに、その場所を守る人たちによってその場所の存在が守られます。

例えば、歴史的に大切な場所であってもその場所を伝承する人がいなければ歴史はわからなくなっていきます。空間や場所にいくら記憶宿っていたとしても、それを守ろうという意識がなければ次第に喪失していくものです。

記憶と似ていて、大切な記憶はいつまでも大切にしようと守っているから記憶は活き活きと瑞々しくいつまでも生き続けます。しかし記憶を粗末にすれば、すぐにその記憶は他のものと混ざって消えていきます。

これはお水に似ています。

お水も清浄で澄んだお水のままに大切に守ればそのお水はいつまでも清らかです。しかしそれが濁り澱んだり、埋めてしまえばそれで途絶えてしまいます。これは井戸も似ています。

お水を大切にすることは、記憶を大切にすることであり、聖地を守ることでもあります。私たちのいのちのお水はまさに聖地そのものです。

いつまでも聖地を守り、お水を守っていく一人でありたいと思います。

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