花の美しさ

先日の大雨で庭の畑の野菜たちも元氣になりました。周辺にはテッポウユリも咲いて実りの様子が美しく感じます。私たちの身近にある花も同じように一緒に生き続けた仲間です。ゆりは古事記や日本書紀にも出てきます。真っ白で高貴な雰囲気はむかしから日本人に深く愛されてきたように思います。

そう考えてみると、人類は花というものをあらゆるものの象徴としてイメージし大切にしてきました。その花の生い立ちや生きざま、あるいはそのいで立ち姿などから信仰の対象にしてきました。

日本では菊の花などがあります。菊は仏花としてお葬式やお盆などでよく見かけます。葬式などは大量の菊を使います。パスポートにも使われるほど日本の象徴になっています。

しかしよく考えてみると、百合は夏の花で菊は秋の花です。現在では年中栽培できるようになりどこでもいつでも見かけますが、本来は季節によって象徴する花も変わります。同じ花だけで一年間保つことは本来は異常なことで、最終的には見た目だけ変わらない造花やドライフラワーなどになっています。それでも経年劣化しますから変わらない花などはありません。

花の美しさは、儚さの中にあるものです。

そして人生もまた同じく、儚さの中にその真価があります。この世は変わらないものはなく、時間は誰もが平等に過ぎていきます。季節は変わり、旬もそのうち終わります。しかし毎年、同じように季節が訪れ旬もまた到来します。この当たり前の自然の循環を教えてくれるのも花です。

花は私たちに色々なことを教えてくれます。

多様として唯一無二、それぞれの個性で一つしかない姿を精一杯生きています。花が身近にあることは何よりも有難いことです。花から学び直していきたいと思います。

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