古来より、「時は流れる」という表現をします。これは万物は変化するということを示します。変化とは何か、それは言い換えれば流れ続けるということです。
水が流れ続けるように、いのちも流れ続けます。すべての存在は関係性のなかで変わり続けるのがこの世の真理です。変わらないものはありません。だからこそ先人たちはそれを受け容れて変わらないものを変化そのものとしました。変化する中で、形を変えても変化しないものを守り続けたのです。人間であれば、初心を守るということも同様です。
時が変化し、あらゆる状況が変わっても、自分で定めた初心を守るために自分自身の変化を喜んで受け容れていくということ。これは産まれてから老化して死ぬまでの間にも何度もその初心を内省し、向き合い、その都度に初心が守れるように変化していく。流れを止めないでいる、敢えて流れることで守るのです。
変化の書『易経』には「窮すれば変じ、変ずれば通じ、通ずれば久し。」
という言葉があります。行き詰まれば変化が生まれ、変化すれば流れが生まれ、流れがあれば長く続くという意味です。
そう考えてみると、この世で最もこの変化を産み促している存在は「お水」です。
今年の私の一文字は「水」でしたが、水を深めれば深めるほど変化のこと、循環のこと、そして徳に回帰します。
レオナルドダヴィンチは、「Water is the driving force of all nature.」ともいいました。お水が自然の偉大な原動力であるとも。
原動力とは、「流れる」ということです。流れるものが動力であり、流れている最中こそ動力が活動している状態ということです。そしていのちは、そのとき、全体のいのちと一体になって躍動していきます。
だからこそ停滞、澱み、循環しなくなればいのちは弱ります。変化できないというのは、流れなくなるということです。
医書「黄帝内経」には「通ぜざれば則ち痛む」(不通則痛)とあります。
つまり流れなければ痛みとなる。これは人体ですが、自然環境でも同様です。痛みとは、自然災害によって引き起こされます。
健康を維持するとは、きちんと呼吸をし氣が巡っていることです。自然であれば、風水が流れているということです。
そして人類はそれを「暮らし」によって調えてきました。これを養生ともいいます。自然もいのちも健康もまずは養生の実践からです。養生の実践は、徳の循環に由ります。
引き続き、徳積循環の実践を弘めていきたいと思います。
