宇宙の技術

かつて地球には時間をかけるという技術がありました。これは時間というものが産み出す総合芸術の力をよく観察し、それを巧みに活用しようとした技術です。現在では、時は金なりともいい時間をかけることはコスパやタイパが悪いとすぐに選択から排除します。

結局、コスト(お金)もタイム(時間)もかけないことが最高の技術であるかのように錯覚しているのが現代科学です。

これは経済の話だけではありません。病気などの医療、また美声整形や遺伝子操作などもですがすぐに便利に結果がでることがすごいことだと思い、お金も時間も稼げると思ったのかもしれません。

そもそもこのIT技術というものもすべて時間とお金で動きます。

金融をはじめ、様々なインターネットを活用した技術はタイパとコスパに全振りしたものです。悠久の時間をかけてや、膨大な投資をしてなどという話は出てきません。

しかしそこで失われているのは、かつての別の技術です。

この文明というものは、どの方向に技術を発展させていくかでその結果が異なります。

例えば、地球にどれだけ長く安心して生きていくことができるかという方向性を持ち技術を発展させていけば縄文人をはじめ古代の人々たちのように自然の循環の中にはいり、その一部の恩恵で暮らしていこうとします。どうすれば自然がより働いてくださって分け合える質量が高まるかどうかが技術になっていったように感じます。その証拠に、動物や植物、微生物から観察して発酵や交換、そして分け合う循環技術を人類は学びました。徳を積むや徳が循環するなどもこの技術のことです。

今の文明はむしろこの逆です。人工的に管理するなかで、どれだけ今あるものをさらに効率的に効果的に絞り出していくか。深い井戸から水を大量に吸い上げるように、石油が枯渇するまで使い続けるように公害や災害などよりも目先の欲望を優先します。これは技術として大量のエネルギーを使って人類に有益のものにするという方向性になっているからです。

文明の転換というのは、いわば方向性の転換のことを意味します。

問題は先に方向転換できるか、その時が来て方向転換をするのかということです。

その時というのは、終焉を迎える時です。もしも終焉の場合、石油は枯渇し水が汚染され、気候変動が激しくなり、世界大戦で核が大量に爆発して大気圏の空気が破壊されます。そうなると、人類だけでなく地球の生命が失われ一部が地下に生き残るだけです。

そう考えてみると、時間もお金も人間の欲望が産み出したものです。動物たちや虫たち、植物や微生物にはその二つはありません。

知恵というものは、長い時間をかけた実験の集積。また奇跡の産物であり、これが本来の宇宙の技術の正体でしょう。

引き続き、場を調え、場を通して方向性を少しずつ変化させていきたいと思います。