修験道とデトックス

修験道の修行の一つに「「擬死再生」(ぎしさいせい)というものがあります。これは「一度死に、もう一度生まれ直す」体験をすることです。

もともとお山というのは、神仏の宿る聖域であると同時にあの世や母の胎内であるとも信じられてきました。むかしの人たちがお山に入り、その霊性や聖域において険しい山道を歩き、谷を渡り、滝に打たれ、岩窟に入り、祈ることであらゆる欲や執着、それまでの自分を磨き手放す修行をしていたといいます。

シンプルに言うと今の時代でいうデトックスの概念のように毒を出しきり、新しい自分になって暮らしを調えたのでしょう。お山が受容してくださって様々な穢れを流してくださるという具合だったのでしょう。

修行というと荒い修行ばかりが注目されますが、静かに坐り瞑想することやお山の薬草などを煎じてお茶として飲んだり、あるいは穏やかな風や光やお水に触れるだけでもデトックスはできます。

しかしもっとも効果があるのは、やはり火や水、石や植物や光や音などの渾然一体になった波動を浴びることではないかと私は直観しています。

英彦山の守静坊には、節目にだけ開放する蒸し石風呂があります。

周辺の倒木や枝葉などを片付け、それを燃やし、地下の湧水をふんだんに流し込んだ水風呂と生薬を煮込み、その湯気を浴び、薬石を温めてその演繹外線を浴びるというものです。

お山の澄み切った空気が湧く早朝より火入れをして午前中の早い時間から作務をしてから静かに入ります。

心身が調い、見事に生まれ変わります。

そのあとは、静かに宿坊で不老園を飲み瞑想します。

人間誰もが等しく生きていれば色々な業を受けて穢れは増えていくものです。そんな時は、その穢れを洗い清めて、濯ぎ流していくのが心身調和には最も効果があります。

時代が変わっても、やっていることは同じでも今の時代に相応しいやり方や在り方があります。特に今の時代は自律神経や脳への影響が大きい時代です。そこに影響がある毒を出すにはそれなりの技術も必要です。

私は甦生が天命ですから、一つ一つこれからも新たな発明と技術で英彦山でしかできないデトックスをお山のお力をお借りして取り組んでいきたいと思います。