思い出すこと

ずっと続いている伝統芸能やお祭りを体験するとむかしの何かを思い出します。このむかしの何かとは、先祖代々に繋いできた何かです。科学的には自分の記憶ではないので覚えていないはずですがしかし確かに何かを思い出しているのです。かつて心が何かに触れて感動した記憶は、受け継がれ今でもその感動を繰り返し思い出すことができます。

美しいもの、清らかなもの、純度の高いものや磨かれた玉のような一期一会の体験は、涙と共に思い出が湧いてきます。例えば、子どもの誕生のときや夜空の澄んだ星々や月、あるいは滾々と流れる透明な光やお水など何かの記憶に触れています。

時にそれは太古の記憶に触れることもあります。

私たちのいのちは、花が同じ一年を繰り返し甦生するように私たちも同様に繰り返しその記憶を持ち子孫へと伝承していきます。物質が増え、関係性が変わり、環境も進化すれば少しずつ繰り返しの記憶も上書きされていきます。

しかし上書きされる前の原初の記憶というものは、私たちの心の中にいつも存在しています。それを思い出すとき、心は感動するのです。感動する時、同じ体験を何度も体験します。つまり体験と感動がいのちの本質であり、形を変えても、状況や環境が変わっても心はいつも今も思い出し続けているのです。

これは感動は忘れないという真理があるということかもしれません。

そして感動と役割もまた繋がっています。いのちには必ず何かの役割がありその役目を果たすとき感動が湧いてくるのです。感動とは、本能と似ています。自然に自己のいのちが耀くのです。

私が歳を経て、伝統や伝承に興味が湧いて今に至るのも感動に揺さぶられてきたからです。そしてそれを甦生したのは古民家や智慧の暮らしの影響をいただいたからです。ご先祖様と共に、残りの人生と記憶を見守っていきたいと思います。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です