善好奇心心~三つ子の魂~

知識というものは便利なもので、世の中のことをある程度予測することができるものです。統計や集計を通して過去のパターンを分析することで、ある程度の予測は可能になります。人間はどこまでいっても自分を守るために危機感を持ちますからそれを発展させていくことで知識を膨大に広げていくようにも思います。

しかしその知識は常識というものに縛られるものです。言い換えれば前例主義や自分の想像の範疇を越えることはありません。新しい発見というものは前例の中から出てくるものではなく、その常識を超えた気づきによって出てくるものです。

例えばいくら過去の災害を想定したとしても、自分たちの想定を超える出来事が起きるのが自然災害です。同じように自分たちがいくら想定をしていても、偉大な廻りの循環の中で私たちが知りもしないようなつながりを通して私たちは活かされ生きています。

そういうものを理解するのはほとんどが直感であり、暗黙知です。形式知の粋を集めてみても、その全体までは知ることはできません。感覚というものは、知識ではないのです。それを言霊では「思い」や「祈り」、「ご縁」とも言い換えてもいいかもしれません。

言葉というものも、言葉がなかった時代は人間は自然のように直感そのものの存在でした。天文に精通し、地理に精通し、文化そのものでした。そこから言語知識が形成され、一つが二つになり、分かれて今では無限に分かれ続けています。

知識を持つことが優秀だと思っていますが、広がり続ける言葉や知識を知っているのはただの物知りであって本質や本物に気づきにくくなっているだけとも言えます。しかし現代では、その直感を形式知で語れなければ人に伝えることも難しくなっています。本来の自然を伝えるだけでも難儀なもので、それをいちいち分かるようにわかるところで伝えなければなりません。

ある意味、人間の進化ではなく文明の進化というのが今の進化の定義なのでしょう。人工知能やコンピューターや仮想空間などの発展というものは、文明がいよいよ新しい局面に入るということです。

歴史は人間の教科書であり常識です。

その常識を超えるには、今の時代を生きる人たちが希望を捨てずに新しい道を切り開き新しい発見を実践していくことのように思います。温故知新ですが、言い換えれば魂の磨きであり心の成熟と真実の技術の発達かもしれません。心と技術を如何に高めるか、今は魂の試練の時代のように思います。

子ども達には、どちらかという二者択一の生き方ではなくその間にある目覚めに生き続けてほしいと思います。それは善好奇心心といってもいいかもしれませんが、常に三つ子の魂を持ち続けて、なぜどうしてという問いを持ち続けてほしいと思います。

人間の可能性を信じているからこそ、諦められず已められないのです。

日々に納得するまで問いを発していきたいと思います。

不器用~思いを籠める~

先日から職人文化のことを書いていますが、そもそもどんな人間を育てようとしているのかというところが昨今の教育と異なることはすぐにわかります。技を伝えるということは、人を伝えるということです。

どんな人物がどのような生き様でどのような志事をしたか、後世の人たちに恥ずかしくないように一心不乱、全身全霊に取り組んだか、後の人がその心や精神をモデルにするような生き方をしたかが示されています。

常に大事なことはいい加減で雑なことをしないという心、言い換えればどの仕事にも心を入れているか覚悟はできているかという自問自答、自省自戒をしているかということのように思います。そこに技が磨かれたか、人が磨かれたかと問われるのです。

小川三夫さんの「棟梁」(文春文庫)に「器用」について書かれていますが、今の教育の刷り込みについて書かれているように思います。そこには器用について書かれています。

「今の世の中は器用を買う。要領よく速くこなすやつは価値があるんだ。それは企業や社会の考え方に合っているからや。価格の競争が当たり前の世界では、速く作ることが求められる。できは水準でいいのや。でき上がった品物の使用される期間も短いもんや。その期間だけ持つ、安い者を作るんやったら、それでいいんやろ。俺達、宮大工の造る建物は時間と闘わねばならん。それに勝って、自然の中で建ち続けるには、そんな要領のいいことではすまないんだ。千年の時間でものを考えたら、なにも急ぐことはない。じっくり確実に。そういうことは人間を作るのにも出るな。慌てて、急いで人間を作ろうと思っても無理や。急いで、即席で作ったら、人間だって無理が出るのと違うか。今の教育はそんなふうに見えるわ。」

確かに周りを見渡せば教育の方法はまるで即席で栽培するような育て方で便利に速く出荷できるものがビジネスで横行しています。社員教育にしても、新人教育にしても、そんなものまで省こうと派遣や契約社員など人事は常に即席であるかどうかが基準になってきています。時間をかけて手間暇などは流行ではなく、如何に簡単便利で能力の換えがきくかが経済でも価値があるかのように思い込みます。結局、そういう人間が求められているからそういう教育にもなるのでしょうが、そのことで「器用な人」ばかりができているのかもしれません。そして小川三夫さんも師匠の西岡常一さんも器用は損やといいます。

「思いを込めた仕事となったら、器用な子には難しいんだ。器用な人は耐えることが不得意なんだな。自分はできるし、できると思っているから器用にその方法を見つけ、ここでいいという線を読んでしまう。だからどうしても、耐えて耐えてもっと深いところまで行くということができ難いんだな。」

「よう西岡棟梁も言っていたな。『不器用の一心に勝る名人はない』と。身体や手というもんは言葉のようにはすぐには浸みこまんもんや。覚えるのにも時間がかかるが、手や身体に記憶させたことはそう簡単には忘れん。時間をかけて覚えることは何も悪いことではない。さっさかさっさかやって上っ面だけを撫でて覚えたつもりになっているのは使えないな。」

不器用の一心とは、器用を重んじず心を重んじているということです。真心を籠めた実践を丁寧にコツコツと行う人物こそ自らを磨き高め、ある深さにまで到達できるということなのでしょう。不器用なのは、心を籠めているからであって単に器用ではないわけではないのです。

修業するにおいて何よりも大切な心得が言葉ではないことは一目瞭然です。

「器用な人は器用に溺れやすい。ある段階までは早いスピードで行ってしまうから、油断というか、仕事を甘く見てしまうんやな。修業時代の器用なんていうのはたかがしれたものや。器用ではこなせない仕事がたくさんある。手先の器用な子は頭も器用や。要領よくやって褒められる仕事もあるだろうが、うちらのように一つ一つを確実に積み重ねていく仕事には、そういうものはいらないんだ。しっかりした継ぎ手を作るから大きな建物はできるんやし、きちっとした仕口を刻むから丈夫な建物になるんや。その継ぎ手や仕口を作るのは、切れる刃物と工人の仕事に対する思いや」

この”仕事に対する思いや”という言葉。

何よりもこの言葉に共感できます、仕事にどれだけの思いを入れるかなど今の時代はあまり重んじられません。しかし、志の仕事というものは「思い」こそ全てであり原点なのです。思いがなければ、何も入らず、人に影響を与えて生き方を変えさせるほどの本物の志事とは「思い」が何よりも全てを決定するのです。

今までの刷り込みを取り除くということも、今までの思い込みを取り払い、新しい実践に取り組んでもらえるのもその人の「思い」に触れるからです。志というものは単に仕事が器用に結果だけを誤魔化せばいいのではありません。コツコツコツコツと、日々に丁寧に真心を籠めて一気にやらずに手前から丁寧に怠らず取り組む忍耐と根気が必要のように思います。

それはまるで砥石で磨くような生き方です。「不器用の一心」というのは、一心にして自分を正す実践のように思います。ご縁の仕合せに自他をまるごと愛せるように子どもたちに遺したい生き方を優先していきたいと思います。

口伝と体得~初心伝承~

一昨日から紹介している鵤工舎の小川三夫さんの「棟梁」(文春文庫)には共感するものばかりです。王陽明はかつて「道統を継ぎ、絶学を紡ぐ」と言いましたが、師の教えを忠実に守り伝統を継承する志に子々孫々への思いやりや真心を感じます。

そういう理念を持つ組織だからこそ、その教え方も本質的であり実践的、体得体認することを重んじています。口伝の重みでも実感したことですが、口伝できるというのはその志を受け継ぐ心があってのことです。血肉に伝わっていくような関係の中にこそ、大切な原点や初心、その志や伝統は伝承できるのではないかと今でははっきりと思います。

今年は伝統文化や老舗から日本の職人文化を学び直そうと思っていましたが、その最初に鵤工舎のことを学べて有難く思います。

文章の中で修業について書かれているところが沢山あります。修養も修行も、その心構えのことでしょうが具体的な実践事例で「研ぐ」ということの意味が書かれているので紹介します。

「刃物というのは、なかなか研げないものや。砥石にぴったりし刃を当ててゆっくり擦ればいいだけだが、それができんのや。人間の身体というのは思いの通りには動かないんだな。・・・中略・・・言葉は常に後や。自分の身体が考えの通りには動かないことにまず気がつかなならん。だから修業するのや。言葉や考えが役に立たないことにも気がつかなならん。無心で研げるようになって初めて刃物が研げるようになる。じゃあ無心ってどういうもんかと考えるかもしらんが、刃物が研げたときや。答えは刃物や。」

西岡棟梁から学んだ刃物研ぎの本質が記されています。無心とは研げた時だといい、答えは刃物だといいます。これは仕事でも同じように思います、無心でできるときは自他一体になっているということでその答えは仕事そのものだということです。そしてこう続きます。

「苦労して、悩みながら研いでいるうちにある日、「おっ」と思うことがある。そうやって階段を上がっていくんだな。精神修業のようだが、そうじゃない。大工は体を作ることだ。頭や考えも体から生まれてくるんや。俺はそう思う。だから刃物を研がせる。」

体をつくることと言います。以前、メンターから「からだ」という字は肉体だけではなくそこには心や精神も入っていると聞いたことがあります。「からだ」で覚えるというのは実践で染み込み自分のものにするということでしょう。

「よく研げるようになれば、道具を使ってみたくなる。木を削ってみたくなる。穴を穿ってみたくなる。それが大工として最初や。切れない刃物で木を削らせたところで、辛いだけでうれしいことも気持ちがいいこともない。そんな心で仕事をしていてもいいものはできない。だから刃物を研げないやつには道具を持たせない方がいいんだ。手道具は体そのものだ。体の一部として、考え通り、感じたとおりに使えなくては意味がない。その最初が研ぎや。」

”手道具こそ体そのもの”とあります。仕事では何が手道具であるかということです、それが商品であり自分そのものでもあります。

最後にこうあります。

「嘘を教えれば嘘を覚える。研ぎは全くそうや。ほんとうを覚えるには時間がかかる。時間がかかるが一旦身に着いたら、体が今度は嘘を嫌う。嘘を嫌う体を作ることや。それは刃物研ぎが一番よくわかる。・・・中略・・・上手になれば過去の自分の未熟さがわかる。それも上手になって初めてわかること。つまり、判断は常にその時の自分を超えないということや。刃物は自分の力量を表す鏡や。一心不乱に研ぐことによって、大工としての感覚と研ぎ澄まされた精神も養われるんやな」

”判断は常にその時の自分を超えない”とあります。今の自分の刷り込みを取り除くには、”からだ”で身につけろということです。言い換えれば一心不乱であるし、私の言葉だと全身全霊です。それだけの実践をどれだけ積んでいるかで本物や本質が磨かれるように思います。ここでの刃物とは人格に似ているように思います。何を研ぐのか、手道具とは何か、もう一度そのものの在り方から見直してみないといけません。

そして「技と人」の伝承とは、つまりは「口伝と体得」ではないかと改めて実感します。今の時代の人と技の教え方、学び方に対して刷り込みを見つめているととても大きな危機感を覚えます。子ども達には自学自悟、自分らしく自らを磨き上げていってほしいと思います。まだまだ職人文化や初心伝承を高めていきたいと思います。

職人文化~思いやりとやさしさ~

昔から職人文化という言い方をしますが、これは職人=文化ということです。人の育成に於いてまで文化の高みに到達していたのが私たちの先祖であり日本であるように思います。その育成方法も明治維新以降の教育改革の中で次第に喪失してきました。今では徒弟制度なども遺っているところも少なくなり、技の伝承や継承も次第に喪失してきているように思います。

昨日のブログでも書きましたが、学問が単なる勉強になってしまっては深さを知らず篤きを覚えません。要領よく楽をしては周りと比較して勝負はしても自分自身とは正対せずに打ち克たないでは本質は学べないように思います。

昨日紹介した鵤工舎の小川三夫さんの「棟梁」(文春文庫)の中で徒弟制度のことが書かれていましたがいくつかまた抜粋します。

「大きな建物は一人ではできん。大勢の力ではじめて建て上がるんや。一緒に仕事をしていくには、やさしさと思いやりがないと無理や。一緒に飯を食い、一緒に暮らし、同じ空気を吸っていれば、自然にやさしくなる。思いやりがなければ、長いこと一緒には暮らせん。隠し事も十年は隠せない。いい振りをしていても地が出る。素顔で暮らすのが一番楽や。そうしているとやさしくないと暮らしていけないことに気がつくんや。」

一緒に働くことにおいて何よりも大切なものが何かを知る人だからこそ、「同じ釜の飯を食う」ことの大事さを説きます。共視共食もそうですがなぜそうする必要があるか、それは心を通じ合わせて心を入れる志事だからです。頭だけでやれることなどはたいした仕事ではなく、本物の志事は其処に心が入っています。何より理念を重んじる組織に於いてはその心がどうであるかを何よりも優先であるとするのです。

如何に日本は職員文化の中でお互いに心を通じ育ち合ってきたか、師弟一体にあるがままに学びを与えあう環境構成と活人技継承の仕組みには感服することばかりです。そしてこう続きます。

「しかし、言っておくけどな、共同生活で、思いやりも、やさしさも身に着けていくが、本当のやさしさというのは、ただ人の面倒を見るのとは違うで。本当のやさしさは、自分自身に厳しく生きてないと身につかんもんや。厳しさのないやさしさは、甘えにつながる。そんなものはうちにはいらんし、人も育っていかん。技も身につかん」

今の時代は、やさしいばかりで叱れない人も増えてきています。叱咤ができないのはその人が自分に甘いからです、叱咤激励とはその人に期待しているということです。期待しているというのは、己に克てと応援するのです。逃げようとするその人の心に厳しい「喝」を入れられるのはその人が優しいだけではなく「自分との勝負を続けている自分から逃げない厳しい実践者」だからです。私のメンターもまた厳しい人です、まるで不動明王のように自分の中で打ち克っている人だからこそその人に憧れ私淑しています。

人が他人を尊敬することが大切なのは自分が成長できるからであり自分が素直になれるからです。足るを知らず傲慢になり自分の実力を見誤れば多くの人たちに大きな迷惑をかけてしまいます。だからこそ真摯に真独して一心不乱に一つごとに打ち込んでいくことが弟子の志業のようにも思います。そのことではこう言います。

「まず修行中は大工ということに浸りきることや。寝ても覚めても仕事のことしか考えんでいい。それでは仕事バカになると思うかもしれなんが、そうやない。一つのことに打ち込んでおれば、人間は磨かれる。中途半端よりずっといいで。自分の自由になる時間なんて全くないんだが、こういう暮らしをしていると、自分の癖や自分のことがなんとなくわかる気がしたな。アパートから通わせてくれという弟子もおったが、そういうのはお断りや。体から体に技や考えや感覚を移すのが職人の修業だ」

まさに頭で学ぶのではなく、体で学べ、体得せよ、つまり全身全霊でやれと言い切ります。そして最後に、本物であることの重要性を説きます。後世が判断するのはどの仕事でも同じです、自分で責任を以て成し遂げた仕事だからこそその仕事の後を見た人はその人がどのようにその前に仕事をしたかが自明します。隠せません。だからこそ全身全霊で人事を盡して精一杯だったかを重んじるのです。そこにはこう書かれます。

「技というのは独立してあるわけじゃないからな。俺は「真摯な、そして確実な建物を建てること。それが唯一、弟子を育てる手段」やと思っているんだ。一緒にやった者はそこで学ぶやろ。後の時代になって解体した者は解体しながら、俺たちがやった仕事を見、良ければ学び、悪ければ捨てていくやろ。精一杯造った建物さえあれば、必ず技や精神を見抜くやつは出てくるんだ。本物とは、いつの世でも変わりなく人の心を打つもんだと思う」

技もまた生き方なのです。職人文化とは、勘違いしていますがそれは古臭いのではなく「本物の香り」なのです。

どのような仕事をするのかは、その人の技がどのように磨かれているか、しいてはその人の人格がどのくらい練磨されているかを知ります。隠せないからこそ愚鈍に正直に真摯にというのは原則なのでしょう。本や言葉では教えられんことを教えるのが師匠だとしたら、棟梁とは何かも自ずから明らかです。志道もまた然り、王陽明の滴骨血です。

どんな生き方を見せていくのか、その背中が見える距離感で子どもたちにはその生き方をありのままに示していきたいと思います。

 

師弟と撫育~志事の流儀~

今の時代、徒弟制度などもなくなり対等な立場で物事に取り組みます。学校のようにいつも教えてもらえるものだと思っている人はあまり伸びません。それは素直ではないからのように思います。そういう意味では、徒弟制度というものは職人文化ですが日本人としての育ち方、教え方の粋を集めた智慧だったのではないかと思います。

一緒に暮らし、師のことを理解し近づこうと努力しまた師も弟子のことを知り弟子を伸ばそうとするのです。両者一体の中で教えたことは、決して知識ではなく親がわが子を育てるように感化薫風し陶冶したように思います。今の時代の育成の関係性に危機感を覚えてなりません。

法隆寺の宮大工、西岡常一さんの一番弟子に鵤工舎の創業者小川三夫さんがいます。この方の著書「棟梁」(文春文庫)に師弟の生き方が書かれています。自分の昔に照らしていくつか感銘を受けたものを紹介します。

「昔は十二、三歳になれば親方のところに弟子に入るか、店に丁稚に行ったそうだな。年季を決めて、前渡金を親がもらって働き手として出すのもあったそうだし、親方の元で雑用をしながら仕事を覚えるというのもあった。せいぜい十四歳、五歳までに行ったんだな。これより年を取ったら反発したり、生意気になって素直に言うことが聞けんようになる。遊びも覚える。世間も気になる。お金を勘定するようになる。そうなったらひたすら言われるままに働くのは難しいわな。ものを教わる、覚えるために一番大事なのは、素直なことや。教わる方もその方がいいし、教えるほうもそうや。そのためには、そのぐらいの年齢がちょうどよかったんだな。それ以上になると体ができてしまう。体ができるということは、頭もできるということだ」

とあります。以前、自由の森学園の校長から「中学生は体だけではなく心も精神も出来てくる大事な時期だからこそその時期をどのような環境で過ごすのが大切か」と言われたことを思い出しました。素直さというのは刷り込まれる前の姿ですから本質を理解するのに余計な知識が邪魔になる前にあるがままを体得することで一道の深淵に触れる機会を持てばいいということかもしれません。

またこう続きます。

「体がきついと、楽を考える。楽を考え出したら、終わりや。楽なんてないということに気づくまで、ずっと遠回りせなならん。もしくは、楽を求めてやめてしまうことになる。何もかもその職業で生きていくために自分が身につけることやから、他人の目をごまかしても何にもならん。損なだけや。そのためには体と頭、技が一緒に身につくことがいいんやな。」

考えるということは総じて楽を選ぶときに行う作業です、だからそれは損やと言い切ります。

「親方が悪いんやと、他人のせいにするのは簡単や。しかし何も好転せんわな。ひがんで、ふて腐れてたらもっと悪いわ。他人のせいにするのも逃げや、ふて腐れるのも相手が悪いと思うからや。相手は親方や。代えられん。親方のとこに来たのは自分や。自分を変えることで状況を脱出せなならん。そう考えるんだな。俺は頭が悪いから、そうたくさんのことは考えられん。やめて逃げ出さないなら、がんばって早く仕事を覚えんべえ、と思った。それしかねえんだ。これはどんな時でも一緒だな。逃げたらあかん。逃げる前に考えるんやな。それと、他人のせいにして自分が正しいと思いこもうとしても無駄や。自分を騙しているだけやんか。ものを覚える、人と何かをする、ものを作る。何でもそうやが目的があるやろ。そのためにそこにおるんやろ。そういうところで、どうするか考えるんやな。俺もない頭で考えた。」

考えるということの定義が楽をすることではないからこそはっきりと示されます。目的を考えよと、そのために其処に居るのではないかと考えろと言います。

最後に私が何よりも共感したのは「はじめに」の中にある下記の文章です。私も同感で、何よりも自戒しているのは下記のことです。

「人から人へ技を伝えるというのは容易なことではありません。言葉で技や感覚を伝えることは不可能です。こうしたことは本文で詳しく話しますが、言葉や数字やデータ、映像に頼ってものを学んできた若者にそのことを教えるだけでも簡単ではないのです。学校では先生が教科書を使い、黒板を駆使して教えてくれます。子ども達は教わることが当たり前だと思っています。教わればわかると思っています。教わらないことは知らなくて当然です。中学や高等学校は一年が経てば進級し、三年経てば卒業します。学校には期限があります。生徒はみんな同じ能力があると設定され、同じ方法で、同じ期間学びます。進級するには最低、決められた点数を取ればいいのです。その点数を取るためには近道があり、早道があり、要領があります。学校ばかりではなく、塾も予備校も、家庭教師も、それを教えてくれます。このすべてが私たちの世界では、技や感覚を師匠から受け継ぐための障害になるのです。少なくともこの方法に慣れた子どもに、技を教え、感覚を身につけさせることは無理です。技も感覚も大工の考え方も、本人が身につけるものなのです。体に記憶させる、体で考える。このことを理解してもらうには、親方や師匠と一緒に暮らし、一緒に飯を食い、一緒に働くしかないと思っています。」

これは本来の本能の学び方、道理を悟った真理であり、動物からあらゆる生き物たちが如何に本質を掴みとっていくのかということの要諦が書かれています。頭が良くなったつもりが、刷り込まれていてかえって地頭が狂ったでは本末転倒です。

今でも身近でも私はその刷り込みを取り払うのに苦労苦労の連続の日々です。叱咤激励くらいではダメで、私の技術も忍耐も未熟そのものです。しかしだからこそ同じような志を抱き、鵤工舎を創業した方の信念にも少しだけ触れることができます。

物事に正対し、正面から坦々滔滔と歩みを進めていきたいと思います。

歴史の産道~今此処の一歩~

山野の中には人が歩いている道や獣道があります。長い時間、何度も同じところを歩いていくことでそこに道ができます。已まずに歩かれ続けるとその道は踏み固められ、誰も歩かないとそのうちその道が消えていきます。

道といえば代表的な古い道に熊野古道があります。だいぶ前に熊野古道を歩いたことがありますがその道を歩きながら歴史や文化、そして風土や理念などを感じたことを思い出します。

道というものはただそこに道があるのではなくその道をどのような人たちが何の目的でどのような心で歩いたのかという「太古から流れる一筋の思い」を鑑みることができるのです。

今まで続いてきた道というのは、過去にその道を歩んで今の自分にまでつないでくださった方々があるということです。その消えそうになっている道を、自分が後でまた歩むことでその踏み固めた一歩はまた次の人たちへの礎になっていくのです。

誰も見ていないからや誰も通らないからではなく、自分が通る道だからこそ責任をもって歩まねばならないと思うのです。みんなが通ったから安心ではなく、自分が通らなければならぬ志があるのです。

ひとたび歩めば、そこはもう鬱蒼とした密林の中で道なき道をかき分けていくものかもしれません。しかしだからこそ自分が進まねばならぬ、だからこそ自分がもう一度かき分けて入っていかなければならぬという道を開くという使命感です。

私が好きな三つの言葉があります。一つは二宮尊徳、「古道に積る木の葉を掘分けて天照す神の足跡を見む」。そしてもう一つは種田山頭火の「分け入っても分け入っても青い山」、最後は源重之の「つくば山 葉山蕃山 しげけれど 思い入るには あわらざりけり」です。

そのどれも自分の境遇に左右されず、自らの道を切り開く真心を感じます。

幼いころ、生前の祖父が山登りをするのに連れられて道なき道を登り山の中を歩き回ったことがあります。今思い返せば、きっと山芋を探していたのかもしれませんが子ども心に迷子になるのではないか、二度と戻れないのではないか、何か獣と遭遇するのではないかと不安を感じつつ背中を見つめては歩んだ記憶が残っています。どこに出てくるのかも、どこに向かうのかもわからず、山の中に何時間もただ分け入って往くのです。しかし思い返せばその体験が山に入る霊妙さと道を歩む崇高さを覚えたのかもしれません。

道は時であり、時は人であり、人は旅です。

そしてその道は歩む中に由って顕れます。

きっと私たちは歴史の産道を歩んでいる最中なのかもしれません。その歴史の産道の意義を決して忘れず、自分の足で今此処の一歩を大切に歩んでいきたいと思います。

 

長い目~地球観~

先日、養鶏場で鳥インフルエンザが蔓延し約10万羽の鶏が処分されました。他の鶏に感染するからと全部の鶏を処分するのですが果たしてこれが人間ならどうだろうかと思ってしまいます。

もともと鳥インフルエンザは昔からある病気で今にはじまったものではありません。鶏自体に免疫があれば感染せず、かかってもそんなに広がらなかった病気です。自然界に棲んで自然界の生活をしていれば、自ずから病気もまた天敵と同じように自浄作用の中で働いているものの一つです。

しかし、人間の都合で鶏を飼育され抗生物質を大量に投与されている合成人工餌を食べている養鶏場の鶏では病気に対する抗体がなくほとんどが死んでしまいます。その卵を食べたり、その肉を食べる私たちもまたその弱体化したものを取り入れて弱くなっていきます。

自然農に取り組み、自然の畑の中に入り感じるものは厳しい環境の中でいのちを育んでいく自然の姿です。寒さに負けず、暑さに負けず、虫にも負けず、病気にも負けずに逞しく育っていきます。苦労という苦労をまともにしながらも、その生はゆるぎなく元気そのものです。

時折、運命に負けそうな出来事が起こっても再び這い上がってきます。天候の変化や人間の余計な手出しがあったにせよ、強く逞しく自ずから主体的にいのちを発揮します。

農薬も同じく、一部の虫が問題だからとほとんどの生き物たちを処分してしまいます。そして除草剤も同じく、ほとんどの草を処分します。それで一時的に処分したとしてもすぐにまた同じ出来事が起こります。根本的に解決しない方法を繰り返しとったとしても、その時は乗り切ってもあとにもっと大変なことになります。

長い目で物事を観ることを已めてしまうということは、それだけで悠久の歴史の中の智慧を失ってしまうことになります。生き残るという意味が、どれだけ長いスパンで考えているかはその人の生き方に由るものです。

ある程度の数を制限し、広い空間の中で、自然の雑草や穀物、昆虫を譲られた分を自然に食べるようにすれば全体とのバランスの中で病気にもかからなくなっていきます。これは鶏だけの話ではなく、すべての動物に言えることです。

もっとも悍ましいことは、人間が今動植物に行っていることが人間にも行われていくということです。戦争も同じく、自然に天敵があるように、人間にも天敵があります。それが決して外界にあるものではなく人間の精神や心の中にあることに気づいている人は多いはずです。

何千年も前から悠久の歴史には人間は自分に打ち克つことを戒めてきた言葉ばかりが刻まれます。今の時代、スピードを上げるばかりで内省する時間もないようですが根本に立ち返り、本質に立ち止まる勇気と、流れを断ち切る信念が必要なのかもしれません。

なぜ自然養鶏なのか、なぜ自然農なのか、なぜ自然の生き方なのか、自分の中にある自然の力を外側から抑え込んでもそこには限界があることを自然はいつも教えてくれます。

私たちは46億年の地球の一部ですから、地球観を持ち、長い目で静かに物事を判断していく力を身に着けていきたいと思います。

志士の実学

日々というのは学びの連続です、何のために学ぶのかというのはその人の生き方ですが何のために生きるのかとなればその人の理想があります。人を愛するものは、人々の仕合せに生きようとします。人類が求めて已まなかった夢のために生きようとするものたちが自分の身を顧みずに義に盡す時、志士が顕現するように思います。

歴史の中で何度でもその機会を与えてもらっては、善悪を超えたところで生き続ける魂はその後の子どもたちの魂の模範になっているように思います。教えというものは、時代を超えて語り継がれているのはそれが本物の教えであるからです。本物の教えを継承するということは、本物の生き方を同時にできたということなのでしょう。そこには実学といった知行合一の生き方があったのです。

道元禅師の「正法眼蔵」の中に白楽天の話が紹介されています。タイトルは「諸悪莫作」といいます。これは史実ではなく後から仮定された話だとも言われますが、白楽天と道林禅師のやり取りの話です。

昔、白楽天が中国の杭州の市長のような仕事をしていたころ、樹の上で暮らし修行をしている仏教の覚者である道林禅師を尋ねました。その際に「あなたは仏教の悟りは何だと思いますか?」と聞きました。

すると道林禅師は「悪いことをせずに人々に善い実践をさせることです」と応えました。白楽天はそれを聞いて「そんなことくらいなら3歳の子どもでもみんな言いますよ」と返事をしました。

道林禅師は「3歳の子どもにもそれが言えても、80歳になるこの老人がいまだにそれを実行実現できないではないか」と言います。それを聴いて白楽天はただ黙礼しかできないでいたという故事です。

白楽天は中国の詩人で仏教徒でもありました、白楽天は中国の試験科挙にも合格するような秀才であり知識も豊富でした。その白楽天がこの道林禅師に参禅して多大な影響を受けたのではないかと私は感じました。白楽天が後に文字の読めない老人に自らの詩を聴かせ誰にでも理解できるように真摯に思いやりの改善に努めたこともこの「諸悪莫作」の故事に通じるものがあり心に響きます。

善悪を超えた思いやりを実践するというのは、その模範があってはじめてできることかもしれません。教科書には書いてない答えがあり、全知全能の知識の中では想像できないところにあるものが実学です。

自分の人生を懸けて学ぶという姿勢が志士ですが、その志したところが間違っているのなら以上の白楽天の話も本意が違って聞こえてしまうのかもしれません。

吉田松陰に「ああ、世の中に研究や読書をする人物は多いが真の学者がいない理由は、学問をするにあたって、その志がすでにまちがっているからである。 精魂を傾けて政治にあたる君主は多いが、真の名君がいない理由は、政治を行う最初において、その志がすでにまちがっているからである」

白楽天が目指した理想が何か、他にも志士と言えるものたちが目指した社會は何か、そこを間違うと実学が実学ではないものになるのかもしれません。何のための「知行合一」か、何のための「体認」なのか、「実践」というものは其唯夢のためということなのでしょう。

「己に行う者を以て、是れを子々孫々永々世に伝ふべし。」(吉田松陰)

自分で体験したことを心で呑みこむことで学んだ智慧を、実地実践して後世に伝えていくのが「志士の実学」ということなのでしょう。孔子は志士のことを「志士仁人」と言いました、初心を忘れず真心を籠めて日々に学び直していきたいと思います。

 

好奇志心~時の旅人~

人は生き様の中にその人の思想や哲学が籠っています。それは時間の中に顕れてくるように思います。どのような生き方をするのかは、その時間の過ごし方にあるようにも思うのです。

時機というものは、待つものであり単に待てばいいのではなく丹精丹念に日々の努力精進をしながら待たなければならないことばかりです。それは自分の心との正対であり、自分の精神との正対でもあるように思います。

忙しいくらいで自分を見失っているのでは、本来の生き方がまだまだ自分の都合が入っているからかもしれません。どれだけ壮大な夢のために自分を使うかはその人の志如何に由るものだからです。

運命があったとしても、その運命のせいにせず半分は自分の意志で覚悟をもって歩むのが志士のように思います。

吉田松陰の言葉の中に「聖人の胸中は常に多事(多忙)にして楽しむ。愚人の胸中は常に無事(暇)にして楽しまず。」があります。

意訳ですが、(生きとし生けるものの心の幸福のために生きる人の精神はどんなに忙しくても心から楽しむことができる。しかし一般的な人の精神は時間があったとしても楽しむことができないものだ)ということです。これは多難にして謙虚に感謝し、無難にして傲慢に怠慢と言ってもいいかもしれません。

自分の時間ではない人は、常にそれが意味があって意義がある時間だと自分を使い切ることができます。しかしそれをいつも自分のためだけに使っている人はその時間の意味も意義も知ろうともしないのだから面白くないのです。

時間というものはその人の志が入ってきます。いつも世の中のために自分を使う人は、自分が使われていることに仕合せを感じるものです。しかし自分の欲望ばかりを優先している人には、使われる喜びに出会えません。学問は、勉強することではなく人生を生き切ることですからそれを楽しんでいるかどうかはどれだけ自分の真心に能動的実践をするかということです。

「学 ゆるむべからず、一日をゆるめば、まさに大機を失せん。」(学問は決して弛み怠ってはいけない、やったりやらなかったりをもしも一日でもやれば偉大なチャンスも全て失ってしまいます)と吉田松陰も言います。

天命を待つからこそ学問を怠らず真剣に打ち込むことができます。その天命とは、その人の願いに対して応じるもののようにも思います。

人は自分の考えではどうにもならない現実の中でもどれだけ魂を輝かせるかはその人の生き方次第、生き様次第です。同じ人でも観え方が変わるのは、人間はみんなその魂の生き様に憧れるからです。

それは羨ましいのではなく、自分から憧れるということです。憧れて入った道ならば、その道が楽しくないはずがありません。その憧れこそ童心であり、その人の本質、そして初心でもあります。

「志をもっている人間は、何かを目にしたら、必ず心中に感じるものがある。」

好奇志心のままに内省を片時も怠らない楽問をしていきたいと思います。

 

志の意義~親孝行~

今年は大河ドラマで吉田松陰に関することに触れる機会が多いため、今まで見聞きし調べてきたことを何回かに分けて深めてみたいと思います。

吉田松陰は脱藩をしたり、ペリーの黒船に乗ったり、討幕を訴えたりと危険なことばかりを繰り返した我儘な人物ということをよく誤解されます。当然、人間は封建的なものを持っていますから秩序を乱すようなことをすれば排斥されてしまうものです。特に明治維新前の時代は思想をはじめ言論から行動まで非常に強く抑え込まれていた時代ですから危険人物の中では突出していたとも思われていたのでしょう。

先日も吉田松陰のことについて他人に聞かれましたが、親に迷惑をかけて周囲に迷惑をかけてなんて勝手な人だという人がいましたが決してそうではないのです。

吉田松陰はいつも自分が行ったことで親に申し訳ない、周りの家族に、親族に、お世話になった方々にと涙しながら前進した人物でした。脱藩の時は、毎晩のように涙を流して親の安否を心配し続け、ペリーの時は有志の師の佐久間象山先生の安否を気遣い続け、牢獄に入れられ私塾を開き討幕を訴えて兄は失職し両親も仕事がなくなり、養父の責任も巻き込み、申し訳なさに涙涙しながらも志を貫き至誠を通し真心を盡した生き方の人でした。

それは手紙や詩の中にたくさん残っています。

「知るや否や親を思う連夜の涙、天衷自ら万人同じきあり」(分かっているのだろうか、両親のことを心配し流している連夜の涙を、人間には必ず天から与えられている情があるのだから私もまた同じなのです)

「吾が家の父母兄弟いずれもつつがなきに候や」(我が家の父母兄弟はいずれもご無事であろうか)

「これからは、拙者は兄弟の代わりに此の世の禍を受け合うから、兄弟中は拙者の代わりに父母へ孝行してくれるがよい。左様あれば、つづまるところ兄弟中皆よくなりて、果ては父母様のおしあわせ、また子供が見習い候えば子供のため、これほど目出度き事はないではないか」(これから私は兄弟の代わりにこの世の災難を請け合うから皆はどうか両親に孝行してください、そうであればみんな家族は仲良く両親も仕合せで子どもがそれを見習えばきっとめでたいことだから)

最期の別れでは、母親に元気な姿で帰ってくると約束し母親を安心させ旅だち、処刑前に遺した詩が「親思う心にまさる親心けふのおとずれ何ときくらん」(私が両親を思いやる心以上に私を思ってくれる両親の真心、今日の私の死の知らせをどう思うだろうか)とするのです。

このような人物が我儘で自分勝手に生きたわけはありません。吉田松陰は何よりも孝行を大切にし、忠義を盡して、至誠に生きた人物なのはすぐにわかります。激しい一面だけを見ては危険な人物というところだけを見ては、世の中の批評はあったけれど、内面や内心、本心はとても思いやりのある優しく純粋で正直な子どものような人だったのです。

自らを「情人」であるといつも言っていた松陰は常に立つときその情に於いて煩悶するがそれでも往く、「慈母の愛、父淑の責めは人情の堪え難きところ、唯だ非常の人のみ能く非常のことを為す。孔孟の国を去り、釈迦の山に入る、皆常情にあらざるなり」という。孔子も孟子も自ら家族を遺して国を去り、釈迦もまた同じように山に入っていったように決して比べられない大事なもののために覚悟するのだと自戒し言うのです。

自分の真心を信じてくださる両親に甘えつつも、同時にそのことで多大な迷惑をかけてしまう苦悩に煩悶し涙する日々の中「已むにやまれぬ大和魂」(それでもやめることはできない私の善心)という言葉は、それでも已めるわけにはいかないという透徹した純粋で正直なその人の心魂から吐出す信念の血言霊だったのではないかと私は思います。

本当に未来を憂い、世界の将来を心配し、人々の行く末を案じるのなら魂の先輩から志の本意を学ばなければなりません。私たちは単に義理か人情かではなく、志ということがどれだけ苦労の実践実行と関与しているのかを自覚しなければなりません。親孝行の中に大切な教えは全て入っているように思います。

親孝行をするというのは、志を練り上げる第一の徳です。

子ども心に憧れた松陰はいつも心の中に居ます。時機を心待ちにしているのなら、いつの日か同じ境地に近づけるのでしょうか。これからも何をもって親とし、何をもって孝行とするか、その志の意義をよくよく考えて生き切っていきたいと思います。