結果よりも

私たちは結果というものを意識すると、その結果に対する不安からマイナス思考になることもあります。結果がいつも善いというのは、本来、経過が善かったということでもあります。つまりは結果は度外視して、経過のために真剣に打ち込めた時、そのものに意味があり価値があるというものです。

人生の中ではどうにもならない状況になることがあります。どれだけ真摯に打ち込んでいても周囲の思惑に適しないと批判されたり認められないということにもなります。しかし、天を相手に真心のみを盡したり、子孫や未来のためにと徳を優先していこうとすればそのうち結果は後からついてくるものです。

そう考えてみると、結果というのは誰かがそれを結果としただけで続いていないものはなくいつまでも終わりはないのだから大切なのはその時々の今にどれだけ真心を籠めるか、そしてどのような方向性にむかって誠実に取り組んだかということが重要であることに気づきます。

歴史を省みても、現在の教科書の歴史も過去に色々なことがあって書き換えられたものがあります。勝者の歴史というように、その時代時代に後の人が書き換えることができるようにつくられています。

特に明治時代以降は、世界との関係があり国家を形成するために都合よく書き換えられたものが多いといいます。その中で、結果がこうだからと決めつけていたり、きっとこういう結果になるからとマイナス思考になっていたら真心や誠実さは閉じていくものです。

時代が変わっても、その行った行為や意味、そして価値は普遍的なものです。正解かどうかではなく、そして間違っているかどうかばかりを議論するのではなく、その取り組みの意味や実践して挑戦してきた価値を学ぶことが本来の歴史から学び直すことかもしれません。

先人たちが真摯に取り組んできた人生のさきが今の私達です。そして今の私たちの先に子孫たちの新たな今が創造されます。想像力を膨らませて共感力を高め、今もむかしと同じように天を相手に誠実に今を磨いていきたいと思います。