昨日は、英彦山弁財天の秋の大祭を無事に執り行うことができました。この弁財天は、頭に白蛇の蜷局を巻いているのが特徴的です。これを別名、宇賀弁財天ともいいます。
この宇賀弁財天の頭上には、宝冠の中に白蛇の姿をした宇賀神が表されています。経典には「冠の中に白蛇があり、その顔は老人のようで、眉は白い」と説かれます。この白蛇は、単なる飾りや使いではありません。中世の天台密教では、白蛇そのものが宇賀神の本体と考えられました。さらに、その蜷局を巻いた姿は如意宝珠とも重ねられ、生命、豊穣、福徳を生み出す力の象徴とされてきました。
つまり一般的な弁財天が智慧や働きを表すのに対し、宇賀弁財天はその奥にある生命力や福徳の源も和合しているといわれます。
この宇賀神は、古代から「宇賀神」という完成した姿で信仰されていた神ではなく、平安時代の末から鎌倉時代にかけて日本の神仏習合や密教の世界の中でいくつもの信仰や象徴が重なりながら日本の神様に変容していったといわれます。
もともと日本には、稲や食物の霊を表す「ウカ」という古代信仰がありました。『古事記』に登場するお稲荷様とも言われる宇迦之御魂神もその一つで、食物や穀物、特に稲の生成に関わる信仰です。そして日本には古くから蛇を特別な存在として崇める信仰があります。
蛇は地中に潜り冬眠し、春に再生します。脱皮することも重なり生命力の象徴でした。そこに仏教が伝来し、龍王や如意宝珠の思想が入ってきます。
龍王は雨や水を司り、如意宝珠は願いをかなえ、必要なものを生み出す宝の珠とされました。水があり、作物が育ち、食が生まれ、暮らしが成り立つその循環が人々にとっては福徳であり富となりました。
そこにインドの河川神サラスヴァティーが中国を経て日本へ伝来します。当初は、智慧や弁舌、音楽、護国などを司る仏教の女神でしたが平安末から鎌倉時代になると日本の霊場や修験の世界の中で土地の神や水神、福徳神と和合して宇賀弁財天となります。
日本的な蛇神、穀物神、地主神、宝珠信仰、福徳信仰が宇賀弁財天の特徴です。結局、神道の神とも、仏教の菩薩とも、蛇神とも、龍神とも、穀物神にもなったのです。
私の勝手な直観ですが、元々、お水が湧きだすお山には「宝珠」が存在する。その宝珠とは、いのちのお水のことではないか。そしてその宝珠は螺旋状に湧き出してくる。そして其処に蛇が棲む。蜷局は螺旋を意味してお水が天から降り地上を生きる生命の根源として再生する。その再生した存在こそが、人であり龍であったと。
お水が湧くからこそ私たちの暮らしは豊かになります。これは稲作をすればすぐに分かります。今年はお水不足で農家はみんな大変な苦労と心配がありました。降りすぎれば洪水になり、減りすぎれば田んぼが枯れる。お山がお水の循環を調整してくれているからこそ、暮らしは安定します。
当たり前すぎて氣づかない空気のような存在がお山に湧き出すお水です。地下水脈の中に、奇跡の福徳が存在する。
2026年11月3日は弁財天の巳の日です。この縁日に和樂古民家の敷地内で井戸掘り行事があります。地下水脈のお水を結のみんなで手掛けます。宇賀弁財天のもつ福徳のハタラキや力を学び人類がこれからどう生きていくかの真の智慧を学び直します。
地域の子どもたちはじめ、たくさんの仲間たち共にお水が地下から湧く瞬間を記憶に留めて子孫へと譲り渡していきたいと思います。
