暮らしフルネスが始まる

最近、時代のスピードが急速に増して生きているときには観れないだろうなと諦めていたことが身近な景色で顕れてきています。どうせわからないと、半ばあきらめながらも舞台だけはと取り組んできたことが新しい常識に組み込まれはじめています。

未来が今になっていく感覚は、今までで今が一番大きく感じています。

私は、もともと子どもに興味があるのは私自身の中に変わることのない子どもがいるからです。その子どもは、魂と言ってもいいかもしれませんが純粋にこの世で保育されていることに仕合せを感じて豊かさと幸せを味わっています。

私たちは本来、どんな人も生きているだけで価値があり、この世に同じ空気を吸う人としてかけがえのない存在です。そんな当たり前な世界で、魂は存在して日々に自然に磨かれ淘汰され光り輝き安らぎを得ています、

そこに何らかの制限をかけて別の人生を与えていくのが刷り込みであり、環境であることは歴史を見ればすぐにわかります。縄文時代には、暮らしそのものが澄み切っており私たちは数千年もその喜びを感じていました。それがここ2000年弱で、暮らしが失われまるで何かの生産機械のように一つのことのために使役しています。

生きているという実感は、本来は何もない中にあり、その何もない中にはこのいのちを自然に紡ぐという当たり前の暮らしの中に無がありました。その無を楽しむというのが私のいう暮らしフルネスの本義であり本質です。

物事には本質があるように、事実にも原点というものがあります。

時代の節目にあり、今こそ、その原点に立ち返りみんな気づいて動き始めなければなりません。それは子どもの未来の話になるからです。子どもとは、未来のことです。未来をどうよりよくするかは、今の世代の本当の使命です。そのために私たちは今を生きているのです。今の私たちの生活があるのは、先の代の人たちの配慮であり、生き方であり、信じた現実です。それを修正し、改善し、さらに遠大な未来を描くのは始祖からの想いを継いでいくことです。

暮らしフルネスはいよいよこの時代に始まります。

新たな施浴伝説

歴史というのは、普遍的な私たちの先生です。困難な時こそ、今にあたふたするのではなくもう一度歴史に学び、今を考察していく必要があると思います。

今から1300年前、聖武天皇が治めた奈良時代に天平文化というものが花開きました。この時代は地震や疫病の大流行ありました。天然痘と思われる疫病では総人口の3割前後が死亡したとも言われています。

この疫病は権力者や貴族であろうが関係なく広がり、藤原不比等の息子4人兄弟(藤原武智麻呂、藤原房前、藤原宇合、藤原麻呂)も病死しています。この時代は、地震や疫病から飢饉にまで発展しどうにもならないことが続きます。

だからこそ聖武天皇は仏教の力をかりて国分寺や国分尼寺を各地に作らせその総本山の東大寺と法華寺を建て大仏を建立したといいます。

先日、大三元大師のこともブログで書きましたがもともと節分の豆まきもここのとき宮中で行われた疫病を持ち込む鬼を国外に追い払う追儺に起源があるといわれます。感染症と地震は連動していて、今こそもう一度、歴史に学ぶ必要があるのです。

私が建立した原点サウナでもある、祐徳大湯殿サウナはこの時代の歴史も参考にしています。かつて古くから入浴と仏教には密接な関係があり入浴の起源は、仏像を湯で洗い浄めたことに始まるとされます。この時代、施浴といいお寺では寺僧の入浴後、近隣の人々に寺の風呂を無料で開放していたといいます。この施浴にまつわる伝説で有名なものが「光明皇后の千人施浴」です。

この光明皇后(701年から760年)は日本の第45代天皇・聖武天皇の皇后です。この光明皇后も天然痘で3人の兄を亡くしその生家である藤原不比等の邸を寄進し、その跡地に奈良に法華寺を建立して兄たちの菩提を弔います。

仏教への信仰心も篤く、社会のためにと真心を尽くしていた皇后がある日夢で仏のお告げを聞きます。そこで法華寺の施浴を建立し、千人の垢を洗い流す誓いをたてるのです。

そしてその千人目に現れた者は、肉がただれて血膿が噴き出たらい病の人でした。しかし皇后は自らその者の体を洗い、乞われるままに流れ出る膿まで吸い取ってやります。すると浴堂に紫雲が立ち込め、患者は瑞光に満ちた金色の仏に化身して「我れは阿閑(あしゅく)仏なり」と言葉を残して消えたといいます。

これはその後、ずっと人々の間で口伝で伝承されていて時代を超えて今でも人々の心に響くものがあります。世界ではマザーテレサなども同様に、深く人々の心を救おうとし真摯に手当てしてきた生き方が感じられます。

またこの光明皇后は千人の施浴の際、信仰の深い3人の女官に手助けをしてもらっていたといいます。そのこの女官のことを「典侍(ないしのすけ)」といって人々は3人を三典(さんすけ)と呼びました。これが銭湯で風呂を焚き、浴客の体を洗う男衆の呼び名である「三助」の由来となったといわれています。

つまり「施浴」を手伝い、人々の心の穢れや体の汚れ、ありとあらゆる苦難を癒そうと日本の石風呂(蒸し風呂サウナ)を活用したのです。

今の時代に似ているものを感じ、ここに共通の信仰の源泉を私は感じます。大げさかもしれませんが、私もこの祐徳大湯殿を建立する際に誓いを立てています。その誓いに恥じないように、歴史に学びこの時代に相応しい新たな伝説をはじめていきたいと思います。

役立てることだけ

2024年上半期くらいより新紙幣として、北里柴三郎さんが登場します。日本細菌学の父と呼ばれていることは知っていましたが、暮らしフルネスを続けていく中で何回もその言葉に鼓舞されます。

現代は、コロナウイルスだけではなく精神疾患も増えていて心身を病んでいる人が増えてきています。社会の仕組みから、自分らしくいられなかったり、個人主義の歪みから自己をうまく守れなかったり、実際には根深い問題が関係しています。

しかしだからこそ、それを悪とせず、その状況を活用して新しい生き方や働き方を創出し、暮らしによって心身をととのえていく喜びや仕合せを広げていけるということでもあります。

人間が心を蝕まれれば、それが対立や差別を生み戦争を巻き起こすこともあります。その心の病気は体の病気の影響もありますが、やはりまずは心の健康を維持するために予防していくことが第一だと私は思います。

これからIT化がますます進み、この課題は必ず人類の発展に大きな影響を与える問題です。それに気づいた人たちが、力を合わせて心の世界を科学的にも非科学的にも調和させていく必要があると私は思います。

先ほどの北里柴三郎さんはこうもいいます。

「医学の使命は病気を予防することにある」

現在の医療は、病気になった後に行う医療ばかりです。本来の医療は未病にこそあり、病気にならないことがもっとも病気を制しているのがわかります。人間は多かれ少なかれ必ずなんらかの病気を持っています。その病気が悪化しないような暮らしを行うことで、予防ができ医学も進歩すると私は思います。そのためにも、暮らしフルネスが必要なのです。

もう一つは、こうもいいます。

「事を処してパイオニアたれ。人に交わって恩を思え。そして叡智をもって実学の人として、不撓不屈の精神を貫け」

そして、

「研究だけを、やっていたのではダメだ。それをどうやって世の中に役立てるかを考えよ。」

まさに今は、この言葉が心に沁みます。まずは具体的に取り組んできたことを形にしてみんなができるように役立てることであり、研究ばかりをしていてはいつまでも何も変わりません。そもそも何のために研究するのか、それは世の中に役立てるためです。

カグヤで取り組んできたことの様々な実践や、様々な社内の研究はすべて子どもたちや社会のために役立てようと真摯に資金も時間も人員も投入して取り組んできたことです。

それを今こそ、世の中に役立てるようにしていく時機であり何のために会社をやってきたのか、何のために働いてきたのかが問われる場面でもあるのです。

初心を忘れずに、今までの成果をご照覧いただけるように「役立てることだけ」を考えていきたいと思います。

 

 

 

ガラスの伝承

先日、ある作家の吹きガラスに出会い購入しました。この吹きガラスは、日本大百科全書によれば「ステンレス等のパイプ管で溶解したガラスを巻き付けて、息を吹き込みながら成形するガラス工芸の手法。大きなガラス器を作製する場合は、息を吹き込んだガラスの塊の上に溶解ガラスをさらに巻きつけ息を吹き込む。宙空で一切の型を使わずにベンチとよばれる作業台の上で洋ばし(ジャック)やコテを用いて自由に成形する宙吹きと、型の中に溶けたガラスを吹き込み成形する型吹きの2種類がある。宙吹きガラスとしては長崎ちろり(酒器)が有名で、型吹きとしては角形、菊花形、草花文様などがある。」とあります。

そもそもガラスの歴史は古く、石器時代から使われていたといいます。日本でも青森県亀ヶ岡遺跡(縄文時代晩期)の青色ガラス小玉が出土しています。もともと自然に発生したガラスは火山のガラス黒曜石であるといいます。

この黒曜石は、縄文や弥生時代から包丁や矢じりなどに使われています。これが世界中で交易されたことも遺跡の出土からわかってきています。人工的にガラスが製造された歴史は、北シリアの海岸、 メソポタミア、あるいはエジプトで製造されたと推察されます。実際には、古代の人はガラスなのか陶器なのかの違いはあまりわからなかったように思います。天然の資源を溶かして加工するうちに、様々なものが入交りガラスになったのかもしれません。

しかし今では、私たち人類の生活に必要不可欠なガラスは暮らしを実に支えています。家の窓ガラス、コップ、車、携帯電話、眼鏡など、照明などあらゆるところで使われています。

最初からあるから気づきませんが、このガラスの発明と加工技術の発展のおかげで私たちの文明はとても助かっているのです。

吹きガラスは、日本では伝統工芸として「江戸切子」や「琉球ガラス」など各地の特色を活かしたものもあります。

当たり前にあるものをもう一度、きちんと再定義して学び直すのは自分たちがいかに先人の遺徳や恩恵を享受していることに気づくために必要です。そして感謝とともに私たちの暮らしがあること、暮らしの中にこそ私たちの歴史があることを気づきなおす必要があると私は思うのです。

子どもたちの未来のためにも、正しい歴史を暮らしを通して伝承していきたいと思います。

 

人類の岐路

久しぶりに古いノートパソコンを出してきてブログを書いています。現在のパソコンが、ウィンドウズの更新をしてライセンスがなぜか認証できなくなり、復元したところ完全に立ち上がらなくなったことによるものです。

日ごろから効率よく仕事をパソコンでしていましたから、そのパソコンが立ち上がらなくなるというトラブルの与える衝撃はかなりのものでした。それだけパソコンに依存しているということでもあります。

現代は、携帯電話を持っているのは当たり前です。田舎で電波のないところにいくと、使えなくなりそこに電池が切れると時間すらわからないという具合になります。知らず知らずに、多くの情報や道具としてこのパソコンや携帯を使っていますが突如として使えなくなるとどうなってしまうのかという不安に陥るものです。

今回は、3年以上前のパソコンを取り出してきましたがスピードも遅く何か作業をするのにかなりの時間を要します。もう一つ前の代のパソコンは立ち上がるのにも数分かかります。さらに前のとなると、もはや故障しているパソコンのような状態です。

この十年くらいでそれだけの速度の変化があり、扱う情報量も膨大に変化しました。そう考えてみたら、時代は確かに変わったという感覚を実感として持てるものです。

このように機械の性能が上がれば上がるほど、機械への依存度は高まっていきます。しかし機械が壊れたりなくなれば他の方法がすべて一瞬にして喪失します。このことは、これからの人類はよくよく考えなければなりません。

一つのものに依存するというのは、それ以外のものがなくなるということです。分散して依存すれば何かがなくなっても、他の代替え機能があるのでそれによってリスク回避はできます。しかし分散していなければ、もしもがあれば身動き一つとれずにすべてを失ってしまうのです。

現在、商売でも独占的に富を集中したり、このパソコンのOSのように一局集中して標準化するのは便利なことです。しかしこの富や便利さには一種の危うさはつねに付き纏います。歪な依存は、有事を乗り越えるのにはリスクが高すぎるのです。

この先、コロナが収束しても同時に第二、第三の自然災害が発生する可能性があります。地球規模で環境の変化が起きていますから当然、人類も変化に巻き込まれていきます。気温や湿度など、水分量が変わればそれ相応のウイルスはまた出て来ますし、生態系が変わるから食糧事情は今までのようにはいきません。資源がこのペースで失われれば、あらゆる業態に影響を与えます。

つまり今は、人類の岐路なのです。

今回のパソコンが壊れてから、改めて分散することの大切さに気付き直した気がします。私の取り組んでいる暮らしフルネスのハイブリットハイタッチな働き方や生き方を子どもたちや民族の未来に伝承していきたいと思います。

自然の暮らし~医食同源~

春になると苦みのある旬の野菜がいくつかでてきます。その一つにフキノトウがあります。このフキノトウは、あの緑色の大きな葉をつけるフキの若い花茎のことです。花が開かぬ前の鱗片状の包葉に包まれたものをてんぷらや焼いたりゆでたりして食べます。

独特の苦みがあり、春の旬の代表の一つとも言えます。

この春に苦みには、「春の皿には苦味を盛れ」とありむかしから春には苦いものを食べるという習慣がありました。これは春野菜全体のことを言います。この春野菜の苦味成分には、冬の身体を春仕様に転換していく作用があるといいます。

冬は体温を逃がさないようにと、代謝機能を低下させその分、脂肪や老廃物を溜め込みたすくなっています。それで冬太りという言葉があるのです。この冬に脂肪を蓄えていると同時に老廃物も溜まっているのです。

この老廃物を取り除き、代謝を促すにもこの春野菜の苦みが役にたちます。この春野菜の苦みは、「植物アルカロイド」と呼ばれ新陳代謝を促し体内にたまった余分な熱や水分を体外に排出する作用があるといいます。それに加え春野菜には抗酸化作用のあるポリフェノール、他にもビタミンA(カロテン)、ビタミンB群、ビタミンC、があり体内の代謝を高めるために使われる補酵素があるといいます。この苦み成分は、サポニン、タンニン、アルカロイドなどになり、少量であれば、体にとっては肝臓の働きを活発にして解毒作用につながり腎機能も向上させるといいます。

春野菜には、春キャベツ、春ニンジン、フキノトウ、たけのこ、タラの芽、菜の花、新セロリ、新じゃがいも、新ごぼうなどがります。

ただおいしいだけではなく、私たちの食べるものは薬そのものであり、医食同源とあるように体を元気にして健康を保つのにも欠かせないのです。

暮らしフルネスの食は、まさにこの医食同源を実現するものです。旬を味わい、四季のめぐりと一体になりながら自然と離れず、自然と同化してその恩恵を全身に受け取ることで仕合せを感じるものです。

子どもたちに、その自然の暮らしを伝承していきたいと思います。

藁葺古民家の甦生~白蟻被害~

現在、藁ぶきの古民家を甦生していますが大半の木材が白蟻に食べられていてとても難儀して工事を進めています。外から見ても、そこまでは感じなかったのですが室内のクロスや板を剥いだら家中のほとんどに白蟻による食害がありました。

十数年の空き家で湿度が高く、人が住んでいないため窓を開けることもなく風通しの悪い家に白蟻が来ればほぼ家は壊れてしまいます。まさかと思うような立派な柱や梁までもスカスカになるほどに白蟻は木材を食べつくしていました。

この白蟻は3億年以上前から地球にいることが分かっており現在、世界で確認されているだけでも2,000種類以上ものシロアリが存在するといわれます。その中で日本に生息するシロアリは、およそ22種前後だと言われます。その中でも家屋に大きな被害をもたらすシロアリは、ヤマトシロアリやイエシロアリです。

ヤマトシロアリは、日本でもっとも生息数が多く家のシロアリ被害の80~90%はヤマトシロアリだと言われます。このヤマトシロアリは土壌性の白蟻で土の中や湿った環境が好きで被害は床下に多く生息しています。特徴として巣を作る能力がなく餌場にそのまま住み着き、天井まで被害が及ぶこともあるといいます。

またイエシロアリは木造の建物だけでなく、コンクリート造の建造物、立木に対しても被害があります。特徴として食害に遭っている場所に巣を作ることはなく、別の場所に大きな巣を形成するといいます。そして一つの巣には100万匹以上にのものもできるとし、被害速度が甚大だといいます。

まだ専門家に見てもらってみませんが、見るからにイエシロアリの食害ではないかと思えるものです。立ち木、梁、その大きなところをあちこち食べられていました。

この白蟻の餌は、木材のセルロースです。通常は分解できない木材のセルロースをお腹の中の微生物で分解してもらい栄養を確保しています。他にもこのセルロースを栄養源として利用する動物に牛がいます。牛は胃のなかにいる微生物がセルロースを糖に分解して栄養にします。こうやって共生関係を維持することで通常は食べれないものを分解して栄養をお互いに与え合っているのです。

白蟻の弱点は、紫外線や乾燥になります。水分がなければ、生息環境に適していませんから繁殖することが難しくなります。家を手入れしていてわかるのは、カビが生えないような環境が重要なのです。

高温多湿の日本の気候風土だからこそ、風を通し、また火を焚き水分を除き、煙で燻して木材が腐食しないようにする。これらのことで、本来は家の中に湿気がたまらずにカビないように工夫したのです。

甦生するのも大変ですが、これからまた白蟻が来ないように予防することも必要です。期間が短いですが、どこも手を抜けませんから日本の未来の甦生、子どもたちに引き継いでいく文化のためにも、丁寧に丹誠を籠めて取り組んでいきたいと思います。

 

 

例大祭の御礼

昨日は無事に例大祭を執り行うことができました。深いご縁のある多くの方々にご参列いただき、祈願後、とても神社や周囲が光り輝いて甦生しておりました。いのりの力は偉大で、こうやって人々の真心がご神体そのものを磨き光らせることを知りさらなる精進をしていこうと真心に帰しました。

コロナウイルスで集まれないからこそ、神事を大切にみんなでこの困難を支え合い乗り越えていくことを祈願する。まさに、人類はこうしてみんなで祈りを捧げて結束を強め結びつきや絆、真心によって道を拓いてきたことを実感します。

確かに具体的な予防をしていくことも大切ですが、禍を転じて福にしていくという生き方そのものが人類の未来を明るく希望に満ちたものにしたのでしょう。

この祈りの日を忘れずに、この一年も丹誠を籠めて祈りを捧げていきたいと思います。

思えば、私たちは日常の中でさまざまな出来事によって感情や心が波立つものです。これは雲一つなく風もないうららかな快晴の日であったものが、大嵐が来て強風が吹き、雨や霙などが降ってきて大荒れの日であるかのように変化しています。

時として、災害級の出来事もあれば、また平穏無事な日々を過ごすこともあります。まさに天気や天候のように、私たちの心情もまたこのように変わり続けている存在なのです。

その時、私たちは穢れといったものを引きずることがあります。それはネガティブな感情や不安などをずっと抱えていくようなものです。天気や天候は、自然に恢復していきますが人間の心情はなかなか自然のようにはいかないものです。自然が私たちを守ることもあれば、厳しく戒めることもあるなかで私たちは偉大な見守りの中にいて生きています。

つい忘れかけてしまう、生かされていることの有難さや満たされていることの仕合せを穢れを祓うことによってさらに善いものへと甦生させていくことが私たち人類の修養になっているように思います。

お祀りは、この魂を磨き心身を清め、真心で素直に明るく生きていくことを私たちに諭してくれます。日々に精進し日々に修養する、人格を育てていくことで自然と一体になり和することでこの世で記憶を鮮明に甦生するのです。

来年の例大祭に向けて、また新たな精進と修養に励みたいと思います。

精進潔斎の暮らし

例大祭の準備を兼ねて、精進潔斎を行っています。これは肉類を食べず、酒を飲まずに心と体を清めることをいい、「精進」は肉類や酒を飲まずに、心と体を清めて修行すること。そして「潔斎」は不浄なものを避けて、心と体を清らかな状態に保つことと言われます。

語源辞典によれば「潔」という字は、潔白や潔いなど、「 流れる 水 」の象形と「 刀で切り刻む 象形・より 糸 の象形 」 (「 罪・けがれを取り除く為、刀で刻み、糸を結んで 清める 」の意味)から出来た字です。斎は、会意兼形声文字です(斉+示)。「穀物の穂が伸びて生え揃っている」象形(「整える」の意味)と「神にいけにえを捧げる台」の象形(「祖先神」の意味)から、「心身を清め整えて神につかえる」、「物忌みする(飲食や行いをつつしんでけがれを去り、心身を清める)」を意味する「斎」とあります。書斎や斎食なとどもいい、物忌みの意味もあります。この物忌み(ものいみ)はある期間中、ある種の日常的な行為をひかえ穢れを避けることといいます。

神社本庁によれば、「斎戒に関する規定」として大祭、中祭は当日および前日、小祭は当日斎戒するものと定めている。斎戒中は、「潔斎して身体を清め、衣服を改め、居室を別にし、飲食を慎み、思念、言語、動作を正しくし、汚穢、不浄に触れてはならない」とあります。

祭祀に合わせて身を慎み神様と一心同体になるように心を整えていくことのように思います。もともと神道には依り代という思想もあり、神様が器に宿ります。その宿るものを清浄に保つことで、その宿る魂を穢さないということでしょう。

そのためには不純物を入れないようにする、言い換えれば「透明」にしていくということです。この透明とは、「いのち」のままでいる、「魂」のままであるという状態に近づけるということです。

私たちは日々の暮らしの中で様々な穢れ、雑念と共に生きています。それをどう祓い、清らかで素直な落ち着いた心で日々に真心で接していくことができるかはその精進や修行によります。

こういう例大祭などの機会があることで、それに意識を合わせて神様の状態に近づいていくことが暮らしの醍醐味でもあります。丁寧に、明日の例大祭の準備を丹誠を籠めて取り掛かっていきたいと思います。

真に豊か~懐石の真心~

例大祭の準備がはじまり、精進料理を食べ始めます。本来は、潔斎は数か月前からのものもあれば1ヶ月前のものもあるそうですが現代は、仕事をしながらの会食もあり、なかなか難しいものもあります。

実際には、一汁一菜の暮らしをしていれば日々の暮らしそのものが精進料理ですから何の問題もありません。そのためには、日々の暮らしをととのえ、日ごろの料理を丹誠を籠めて取り組んでいくことになると思います。

まだ私にはできていませんが、暮らすように神事をし、その神事によって暮らしを充実させていきたいと思っていますから少しずつ近づいていきたいと思っています。

料理といえば、懐石料理というものがあります。現代では、和食のコース料理の名前などで使われていますが本来は禅僧が空腹をしのぐために懐に入れていた「温石(おんじゃく)」が由来です。

この温石とは腹や胸にいれて体を温めるカイロのような役割の石ですが、食べ物がない時代、その空腹をやわらげる効果もあったといいます。もともと禅宗の修行僧の食事は一日一食のシンプルなものです。満足に食事を摂らないと体を温める機能も低下するので温石で暖をとりつつ空腹を和らげたといいます。

また懐石料理が、おもてなしにつながるのは千利休によるものです。禅の思想、侘茶の精神を懐石に倣い見た目だけを重視した華美なものよりもお茶や料理を体に負担なく本来の自然と美味しいものを最善としました。

「利休百会記」の記述には、「天正18年9月に古田織部を招いた際の膳の内容は、飯のほかには鮭の焼き物、小鳥の汁、ゆみそ、膾の一汁三菜。」とあります。

本来の満たすというものに、豪華絢爛な欲望を満たすのではなく、いのちや心を丸ごと満たすという「足るを知る」ことがこの懐石の意味であるように私は思います。決して質素だから貧しいのではなく、本当の豊かさはそのシンプルな生き方の中にある。そしてこの懐石こそ、ないものねだりをするのでなくたとえ空腹であっても心は満たされていきそしていのちの温かさを感じられるところに本当の「食」の意味があることを悟るというものなのかもしれません。

いのちやこころは、膨大な量は必要ありません。ほんの僅かであったとしても、そこに真心があれば真に豊かなのです。

例大祭の準備を慎んで、執り行っていきたいと思います。