場道

いよいよ明日BAの開校で、最終準備に入っています。色々な方々が関わってくれて、一つのことが実現していくという事実を省みると本当に有難いことだと感じます。

むかしもきっと、思いや目的に合わせて力を貸してくれる専門家たちが集まりみんなで和気あいあいと力を合わせていたように思います。

以前、最後の宮大工の西岡棟梁が著書の中で法隆寺を建立した工員たちの関わった木や瓦や釘から観察するととても丁寧に心を籠めて美しい仕事の跡が遺っていたとありました。

これは建立の目的が明確にあり、その目的に対してみんなが理解し力を合わせてくれた証拠だと思います。後世のためにという仕事や、子孫のためにという仕事、崇高な理念のための仕事には「徳」があります。

その徳を磨き、高める生き方は後世の人たちの模範になります。

なぜ法隆寺が、憧れられるのか。それは飛鳥の頃の人たちの精神性の高さ、人々の心の美しさ、好奇心旺盛で無邪気な子どものような純粋な魂に惹かれるからでしょう。

子どもは正直で、大人たちが楽しそうに遊ぶように人生を充実しながらいのちを働かせている姿を観て自分もそうなりたいと思うようになるように思います。それを「憧れ」として大人になっていくのです。

大人になるというのは、単に年齢や経験を積み重ねていくことではありません。大人になるとは、憧れる大人になるために人格を磨き、自分を高めて徳を積んでいくことです。

大人の定義が、崩れてしまっている現代において真の教育とは何か、そして本来、人類は何をすることが仕合せだったったのかをもう一度、見つめ直す必要性も感じます。

そしてそれには「場」と伝承する「道」が必要であるというのは私が出した結論なのです。それを「場道」として新たに復古起新していこうと思います。

まずは始まりの合図を上げるために、一陽来復の明日の吉日に目覚めの太陽のお力をお借りしてご縁を弘めてみたいと思います。

  1. コメント

    人やもののご縁と、関わる人たちの念いと努力によって「場というものが出来上がっていくことを、実感しています。時間の他、いろいろな制約条件のなかで、「どこまで妥協しなかったか?!」ということもその場に残っていくのでしょう。「関われる」ということの価値、「やり切る」ということも意味も学び直せました。これからのご縁によって、このBAの場力がさらに強まり、弘まっていくことを願っています。

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