道具を磨く

「おりん」という仏具があります。お寺をはじめ仏壇には必ずこのおりんがあります。このおりんはもともと禅宗に起源を持つといわれます。禅は瞑想や坐禅を中心とした修行を行っていて、その瞑想や開始や終了、また坐禅の時間、読経をするときの合図として使われていたそうです。そこから他の宗派に広がっていき、今では家庭の仏壇をはじめあらゆるところで見かけるようになりました。

この「おりん」と似たものに金属製の鉢やお椀の形をしたチベットの民族楽器の 「シンギングボウル」 があります。 シンギングボウル は縁を叩いたりこすって音を出しますが おりんは縁を叩いて音を出すだけでこすって音を出したりはしません。その造り方も異なり、おりんは鋳型に金属を溶かして入れて作りますがシンギングボウルは、金属を叩いて作ります。厳密にいえば、どちらも仏具として使われてきた歴史があるのでどちらを用いても用途に違和感はありません。

あるご縁からネパールのシンギングボウルを分けていただき場での瞑想や坐禅に活用していますがその中にはおりんも混ざっています。ただし、432hzに統一しているのでその帯域ではないものは別の祈祷の際などに活用しています。

実際に楽器や仏具の違いなどは、私からするとあまりないように思います。その人がどのようにそれを用いるか次第では楽器にもなり仏具にもなります。これは全てに言えることで、生き方が道具に反映されるのです。

これは単に仏具や楽器の話ではなく、「場」というものも同じです。その場をどのようなものとして活かしているかで、その場にあるものは変わります。場を感じる力というのは、その場を調える人の生き方が反映されます。

時代の変遷を経て、いつまでも祈りや瞑想、そして供養や浄化に使われてきたおりんやシンギングボウルはそれだけ道具としての持ち味、歴史や伝承を宿しています。

むかしの道具たちを活かすことは、今の時代にも結ばれている生き方を伝承していくことにもなります。私は全ての道具を暮らしの中で活かしていきますから、あまり分別や分類することが好きではありません。そのものの持ち味が活かせるのなら、どう活用してもいいという考え方です。

格式を高めたり、敷居をあげるのも好きではなく大切に日常の暮らしの中で一緒に生きていく存在としてなくてはならないパートナーとして活用していく方を優先しています。

3000年以上前から在り続ける存在に深い尊敬の念が湧いてきます。引き続き、自分の思うように道具から学び、道具を磨いて新しくしていきたいと思います。

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