人は長い時間をかけて高いところに登って道を歩んでいたら、山の入り口がどうだったのかを忘れてしまうものです。登山というものは、最初は入り口に立って頂上をみつめてどれくらいかかるのか、どんなことがあるのかを想像します。ある程度は調べていきますが、実際に登ってみないとわかりません。
先に時間や距離や内容をあまり知識として知ってしまうと、山登りに集中できないものです。そういう時は、一歩一歩足を踏み出して山を味わう中で山の歩き方というものを学んでいきます。
そもそも山の歩き方というのは、生き方と繋がっているものです。
ある人は修験者のように山を歩き、ある人はハイキング、またある人はリフレッシュにというものもあるでしょう。どのように歩けばどのような心境になるのか、歩き方でその人の生き方の変容を促すものです。
誰と歩くか、歩く時のコツやその意味を学び、歩いていくうちに氣づき変化するのです。
人類というものはそうやって生き方を学び、それを日々の生活に取り入れてきました。それは人間がかつてどのような暮らしをしてきたか、本来、人間はどのような存在であったかに再会するのです。
人は、知恵を通して人間性に出会うと人間性を回復していきます。
それが私の取り組んでいる場の甦生の本質でもあります。
かつて、先覚者たちはみんなそうやって道を導いていくために具体的な法具や仕組み、あるいは場を通して真理をカタチにしていきました。
人類の文明が育つには、この人間性を高め磨くための場が必要です。
引き続き、探求と翻訳と編集を楽しんでいきたいと思います。
