昨日、15年ほど身近で育ててきた銀杏の木を徳積堂の敷地内に植樹しました。きっかけは、大地の再生の矢野智徳さんが来庵された時にこの場所に植樹をすれば風と氣の流れの循環が調うとアドバイスいただいたこと、そして一昨日の夢に銀杏の木を植えていたのもあり迷いなく決心しました。
かねてからどの場所に、どのタイミングで植樹をするのかをずっと待っていた銀杏の木です。この銀杏は私が代々木で暮らしていた時に、自宅から会社への通勤時にいつも朝夕参拝してご挨拶していた銀杏の実生です。
この箒銀杏は樹齢約300年で江戸時代初期に創建された箒銀杏天満宮の境内にあり、樹形が箒を逆さまにしたように見えることからこの名前が付けられたといいます。ビルの隙間の狭いところの角にあり都市開発や戦災を生き抜いて今も大切な地域の重要な自然遺産として信仰されている木です。
そこに私の生き方や志と似ているものを感じて、その真心を受け継ぎたいとずっと身近で育ててきました。最初はマンションのベランダで小さな鉢で育てそのうち鉢が少しずつ大きくなっていきました。福岡に帰郷する時には樹木専用の引っ越しをお願いして他の楠や観葉植物と一緒に移ってきました。
その後は、場の道場の勝手口傍に配置して出入りを見守っていただき今年の猛暑などはお水管理をしながら何度も語り合ってきた木です。
箒銀杏は雄の木で銀杏の実はなりません。この銀杏は雄雌どちらなのかはわかりませんが、20年から30年後にそれもわかってくるでしょう。
思えば、樹木はその土地の記憶を持って生き続けている存在です。東京では戦乱や火事、そして都市化を通して人々の暮らしを見守りながら共に生きてきて巨樹になりました。ほとんどの巨樹が燃えたり伐採されて最後の一本になりながらも今もビルの間に挟まれても甲州街道の人々の往来を見守り続けている。
私もその暮らしの中の一人として東京にいた20年以上の歳月を共ににし見守り合いました。現代の方が排気ガスをはじめ人間の都合で次々に開発され樹木にとっての環境は厳しくなるばかり。それでも何とか守ろうとしてきた人々と共に生きようとしている樹木の志を感じます。
今はその志の子孫をこの徳積堂の場に移し、ここから新たな時代の場の甦生をはじめます。
場のお手入れや循環は、子孫たちから借りている未来を今よりもよくしてお返ししていくことです。この場所に相応しい再出発ができること、改めて深く感謝しています。
最後に植樹後、つくつくぼうしが美事なリズムでお祝いをしてくれました。夏もそろそろ終わり実りの秋です。これまでの努力や精進がどのように実るのか、丁寧に謙虚にお月さまと共に心を澄ませてお引き受けしていきたいと思います。
