許容範囲

私たち、すべての生き物は自然の中の許容範囲をそれぞれが持って生活しています。いわゆる、範囲ようなものですが生きていくために必要な許容量の範疇を与えられているということでもあります。

これは虫から動物まで範囲があります。その範囲内で一定数を保っているのですが、それが大幅に超えるとどうなるか。自分たちで数を減らすか、移動して広げていくしかありません。最近、ニュースで見かけるサビトバッタなどは増えすぎて生きていけないために移動しながら作物を食い荒らして最後のところまでたどり着いてほぼ死に絶えます。他にもセイタカアワダチソウのような雑草も広がるだけ広がり、その後数を減少します。

本来、多様な種類の生命はお互いに範囲を分け合いながら許容量を超えないように自律して共存しています。それがもっとも長くそこに居ることができるという自然の持続可能な仕組みであることを知っているからです。

人類もかつては、それぞれの範囲で少人数で暮らしを営めば自然の許容範囲内で周囲と分け合って共存していた時期もあります。しかし現在は、先ほどのサビトバッタやセイタカアワダチソウのように人口を増加させ世界中に食料を求めては移動しています。

さらに人類の難しいのは、それを科学の力で乗り越えようとしあらゆる人工物をつくっては許容範囲を超え続けて地球の自浄作用を抑えこむかのように自然破壊を続けます。地球はそれでも偉大な自浄作用によって許容していきますが、問題は人口が増えすぎた最後は一気に減るのではないかという自然の摂理を免れないという事実です。

増えすぎた人口はどのように減っていくのでしょうか。

現在のコロナウイルスもまたその一つかもしれませんが、歴史を観ると人間同士の争いがもっとも減る理由になっていくように思います。現在、ソーシャルディスタンスとかいっていますがこれよりも大切なのは人が住み分ける範囲をお互いに保つことではないかと思います。

人が一人で住むために必要な許容量の設定を、地球の土地のサイズから割り当ててみる。その上で、どれくらいの数が適正なのか、そしてみんなで分け合って生きるためにはどのくらいの生産と消費、そして周囲の生命を活かし発展させていけばいいのかを人類で割り当ててみんなで努力していくのです。

自然の風土によっては、人口が増えれない場所もあるかもしれません。その場所場所でみんなで適量を守っていき、助け合っていけば自然の許容量の恩恵を永遠にいただくことができます。

地球の資源を貪りつくしてすべて取りつくして一番困るのは誰か、それは人間のはずです。

分かっていてもやめられないのは、考えられるのは人類は人類によって洗脳されているからです。自分たちで自分たちの洗脳や刷り込みを乗り越え、脳を整えて、本来のあるべきように回帰するには脳をなんとかするしかありません。知性をどう活用するのか、智慧を如何に尊重するのか。

使えるけれど敢えて使わず、便利だけど敢えて不便でいるというような人格を磨く必要があります。どうやってこれから先、数千年を子孫たちに遺していくか。もしくは数万年人類が生き残るために今、何をやるべきで譲るべきか、子どもを愛するように、人類を愛する素直さと勇気が求められています。

いつでも決めた時が間に合う時です。

引き続き子どもたちのためにも、最善を盡していきたいと思います。

時代の価値観

時代には時代の価値観というものがあります。私たちが暦でみる数字の中にはない、その時代の人々の集合意識というかその時代を象徴するような価値観が発生するのです。

不思議なことですが、私たちの身体はそれぞれに離れていますが意識は常につながっていて一つの集合意識を持っています。その影響は、自然の活動ととても密接であり、地球に住む私たちは地球の意識とも言えるその自然の活動とリンクして変わっていくのです。

この地球の意識は、宇宙の運行とも連動しています。

星を観てむかしの人たちが様々なものを読んでいた中には、この人間や他の種の生命の動きもまた読んでいたように思います。

現在は、絶滅時代といわれる人もいますがかつてないほどに自然が落ち着いていて生命が増えた時代です。そこから一転して、急速にあらゆる生きものが減っていく時代に入ります。

増減は自然の常でもありますが、バランスというものは偏れば反対側に傾きますからその振れ幅が大きければ大きいほど、私たちもその衝撃を免れません。

それは時代の価値観もまた同じように変化するように思うのです。

ある一定の価値観が長ければ長いほど、それが一転すればそれだけの大きな変化を伴います。コロナウイルスにはじまり、これから人類はいくつかの意識が変わる出来事に遭遇することも予想できます。

その時、意識を換えさせられるか、先に意識を換えてしまうかで衝撃波は変わってきます。変化というものは、柔軟性や臨機応変も必要ですし、ある程度の事前の勇気と挑戦も必要です。

時代の価値観を創造することが、時代を超えて存在する使命を果たすことです。

子どもたちの懐かしい未来のために、今こそ変化を産み出していきたいと思います。

場が開く

現在、引っ越しの片づけをしながら色々なものを整理しています。思い返せば、東京に来てから19年間、あっという間の月日が経ちました。

東京の家も、むかし買ったであろうものが棚の奥深くにそのままあったり、色々な人たちとご縁からいただいた贈り物、お手紙や写真、そしてその時々で大きな影響を与えた言葉のメモや本などが出てきました。

そして長年大切に使ってきた食器類、ベランダで育ててきた樹木たち、お気に入りの工芸品や美術品、そして暮らしを彩るものたちがあります。

一つの時代がすべてここに入っているのです。

一つの時代が過ぎていく中で、そこまででお別れするもの、そしてこれから新しく出会うものがあります。特に家は私が中心に暮らしていましたから、私がいなくなればそれまでの場の関係性も変わってしまいます。

例えば、ベランダであれば庭のオリーブの実や、稲穂を食べに数種類の鳥たちがきていました。特に冬は、毎朝のように来ては果物などを啄んでいました。それが私がいなくなればベランダも変わりますから関係性が変わります。

ひょっとすると次の方が、同じようにベランダを植物で彩れば鳥たちは次の方との関係性になっていきます。それは以前は同じではなく、また別のものになっているという事実は事実です。そして私はまた別の場で新しい関係性を築くのです。

一つの時代とは、一つの場とのご縁でもあります。

その一つの場を中心に関係したご縁のつながりが移動するというのは、一つの時代の節目であるということでもあります。場所とご縁が変わり、そして意識の階層が変わればそれまでとはまったく別の次元の物語になるということです。それは場が開いたということでしょう。

一つの時代が終わり、一つの時代が新たに始まる。

そして一つの場が開くということ。

変化のときには、自らが変化そのものと一体になることが変化を知る本質です。次の時代の舞台が整ってくる前に、自分自身を先に整えていき、その新たな門出でもいのちが存分に活躍する場ができるように柔軟に対応し、臨機応変、一期一会に変化そのものに寄り添い楽しみ味わいたいと思います。

伝達とは

人間は伝達させる技術を発達させてきました。これはコミュニケーション能力といって、人間社會では何よりも重要な能力の一つになっています。

如何に人間社會の中で、お互いに良好な関係を築きながら暮らしを営むか。色々な個性がある中で、どのように社会の中に居場所をつくるかは人間の命題でした。

また人間は、一人も同じ顔の人がいないように指紋が異なるように個性というものを浮き出して社會で自分の役割を得ようとしていきました。現代の教育が敢えて同じにしようばかりするのを見ると可笑しなことだと国家の意図を感じますが、本来人間は異なり違いが出るようにと発展し進化を已まないのです。

また異なる存在というのは、それぞれにメリットとデメリットがあります。完璧な存在などなく、必ずそこにはそれ相応の強みと弱みがあります。

それをどう活かすかで、新たな居場所もまた創造します。

本来、社會が性善説であり好意的な世の中であれば信頼関係があるのなら伝達技術もそんなに分化していくこともなかったように思います。いわゆる「阿吽の呼吸」のように、お互いに強みと弱みを知り尽くしていますからそれぞれの出番の中で共に社會を見守り合うのです。

しかしそうではない性悪説でシビアな世の中であれば信用を得るために伝達能力を駆使していく必要があります。映像や画像、数々の言葉、またあらゆる態度や姿勢や外見にいたるまで分化していきます。そして一部の価値観が同一のコミュニティを存在させ、そのコミュニティ同士での対話や社会で伝達の確認をしていくようにも思うのです。

そういえば、「むかし人類皆兄弟」という言葉を知り、世界のどの部族の人たちも「笑顔で通じ合い仲よくする」という話を聴いてしっくりきたのを覚えています。

もしも争いもなく、平和でお互いの異なりを大切にする世の中であれば現代のようにここまで複雑な伝達技術は生まれなかったはずです。そう考えると、果たして今のIT化や伝達技術の発展は本当に進化なのか。個人情報だの、セキュリティなど煩い世のなかになればなるほど、私たちは大きく退化しているのではないかなどとも考えるのです。

私はもともと直観タイプで全体最適や調和、一期一会のご縁や今のタイミングで総合的に把握し、丸ごとを捉えてコミュニケーションするという野性的な感覚優先のタイプですが、いちいち説明しないといけない世の中だから面倒でも理屈を学び、理論をつくり、伝達するための手法が技法を徹底して習得していきました。しかしそれも、最近では、新しい言葉や横文字を定義するのに疲れ気味で、世界の人たちとの交流も増える中で自然に「場」ですべて感じ取ってもらおうという具合に最近は面倒なことを避けています。

「場」は、私なりの伝達技術の原点であり、この場によってさまざまなことを理解し合い分かり合えるようにしています。

子どもたちにも、本来の人間らしい伝達ができる社會を創造していきたいと思います。

環境会議

人類は、果たして進化しているのか。

この問いは、とても大切であると私は思います。

そして進化とはそもそも何を指すのか。

私はこの進化については一つの結論が出ています。

理由は、いのちを観察すると観えるからです。

人間であれば、最初に赤ちゃんになります。

赤ちゃんは最初からすべてを持っていて、完全無欠です。

そこから刈り込みといって、不必要なところを削り、必要なところを残ります。

これを洗練とも私は呼びます、つまりシンプルにしていくのです。

その場の環境や状況、時代、周囲の風土に合わせて削り込んでいくのです。

そして顕現した姿が、その人の一生となります。

すると、進化とは何かに戻ります。

進化とは、そもそもの状態、原始のままでいることです。

現在翻訳される進化はどちからというとプロセスを指しますが、本来は結果を指すものだと私は思います。

つまり進化=原始なのです。

如何にシンプルであるか、如何に洗練されていたか、それは歴史を遡れば、今の文明社会ではないことは自明の理です。縄文時代、もしくはもっと前、人類は自然と一体になり心豊かに平和を続けた文明がありました。縄文人や原始人のことを、野蛮だとか、古くさい野生の動物のようなとか言いますが果たして本当にそうでしょうか。

それでは今の人類のいう知性と比べてどうでしょうか。

現在のようにゴミを増やし資源を吸い上げ環境を悪化させ欲とお金にまみれて差別や貧困、権力や戦争、これが知性であり進化でしょうか。

もっと本来のこと、真実のことを刷り込まれていない頭で考えることだと思います。

真っさらになれば、あるがままとは何か、本来がどうであったかに気づきます。私はこの本来がどうであったかを知ることが、生きる意味を学ぶことであり、ありとあらゆる学問が分かれる前の自然の姿だと思います。

伝統や伝承の中にはまだ連綿と真実のいのちの流れが宿るものがあります。

未来の人たちがこの時代をみたらどう思うでしょうか。

人類史の2000年、一部の人たちが何をやってきたか。それを人類と呼び、本来の人類の歴史を上塗りしてきました。100年後くらいの人は、今の私たちをバブルで欲望のままに突き進んだ世代などと呼ばれるのでしょうか。博打的に全部稼いだお金を使い切ろうとした世代とか言われるのでしょうか。

どちらにしても、子どもたちのことを思えばとても悲しいことです。

今ならまだ間に合う、そうやって奮闘してきたのもまた人類史です。人を愛するからこそ、諦めることができない、愛を知るからこそいのちをぶつけて夢を追いかけることができる。

環境問題の根源とは何か、今一度、皆さんと一緒に考えてみたいと思います。

美しい田んぼ

昨日は千葉県神崎にある「むかしの田んぼ」で稲刈りを行いました。例年のように田んぼの真ん中に「場」をつくり、その中で今年の恵みへの感謝を祈り、祝詞をあげてみんなで結んだおむすびをいただきました。今回も一期一会に色々な人たちがご縁でこの「場」に集まり、それぞれの思いや志などを交わし合うことができる豊かで仕合せな時間になりました。

この豊かさと仕合せは唯一無二であり、稲の育ち実る姿から、先祖から受け継いできたいのちの根がどこにあるのか、そしてみんなで一緒に暮らしていく喜びを感じました。

この体験はブログで書いても文字では伝わらず、写真や映像でも経験できません。一緒にこの場に来て、この場でみんなで味わってはじめてわかる感覚です。もちろん、入り口としてこういうことをしていることは発信できても、感じるものは同体験や経験を共にして味わうことがなければわかることもありません。

すぐに何でも知識や言葉で分かった気になる人が多い現代に世の中において、一見、意味もなくお金にもならず、合理的でもなく便利でもない、そして現代の世の中の潮流とまるで逆行するようなことを真剣に取り組んでいることにわかった気になりようがない体験をすることにこそ意味があるように思います。

知識や知恵の一端を知っただけで人間はわかった気になります。宇宙全体のことをほんのたったちょっとだけ齧っただけでさも自分は知識をたくさん持っていると思い込んでいたりします。

そこが傲慢であり、体験を怠る理由になっていることに気づいていない人がたくさん増えていくように思うのです。体験しないということが増えていくというのは、体験した気でいいという考えであり、先人たちと同じような美しい生き方を知らないままに死んでもいいということになる可能性もあるのです。

自分のいのちを何のために本気でぶつけていくか。それを夢に生きるともいいますが、美しい風土の中で、美しい風景、美しい恵みと育ち、美しい人々と美しい体験をする。

こうやっていのちははじめて、全開して輝き、その体験によってはじめて自己の存在がわかってくるのです。わかってくるのと分かった気になっているのとでは天地ほどの差があります。

分かった気になる人ほど、いのちを美しいものに使おうとしなくなっていきます。どうせ人間は誰しもいつかは必ず死にます。死ぬからこそ、いのちを何のために使うのかを決めていくのです。そしてそれは目的に対して純粋になっていきますから、他人の評価や刷り込みなどを気にしていたら時間がもったいない。だからこそ、あるがままに自分の信念や夢のために悔いのないように行動していくのです。

そしてそこから学んだ経験こそが唯一無二の本物の智慧になり、自己のいのちに触れて歓喜できるのです。

田んぼというものは、単なる農業ではなく人間が活きるすべてがここに凝縮されています。田んぼで学び経験することは、先祖の対話であり、子孫への伝承であり、分かった気にならないための道理を磨きいのちを甦生し続ける唯一無二の「場」なのです。

子どもたちのためにも、美しい田んぼ、美しいいのちをいつまでも守り続けていきたいと思います。

兆しを読む

台風10号が通り過ぎていきましたが、準備の御蔭でこちらは無事で済みました。直前に来た台風9号が猛烈で色々と吹き飛ばされて荒れたので、このままではまずいと準備したことが善かったように感じています。

これは自然の法則や摂理が働いているように感じます。

最初の被害の時に、どれだけ次への準備を怠らないか。自然は常に最初に警告を与え、そのあとそこで篩にかけます。篩にかけて用心するものは生き残り、何も改善しないものは死に絶えていきます。

自然災害を思う時、この後、訪れるであろうさらに大きな自然災害に対してどれだけ謙虚に畏怖畏敬の念で自らを改善したか。それが試される時が来ていると実感するのです。

突然に巨大なものが来るのではなく、その予兆といった兆しがあります。

虫や動物たちは、自然と共に暮らしていますが野性を失わず常に周囲に気を配り、あらゆるものへのいのちへの用心があります。そのことから兆しを感覚的に捉えることも早く、準備を怠りません。

油断するとそれはすぐに死につながる世界に生きるというのは、常に感覚を鋭敏にしながらその予兆を嗅ぎ取る力を磨いているともいえます。食べ食べられる関係において、何を食べ何を食べないかを嗅ぎ分けるとき、それは同時に予兆を感じ取って判断しているともいえるように私は思います。

常に危機に備えるというのは、油断こそ本当の敵であるという意味であり常に予兆を嗅ぎ分けて準備を怠るなということでしょう。

そこまでしなくてもと色々な人に言われることがありますが、本来、リーダーとは人々を危険から守る役割の人です。みんなが安心して暮らしていくためにも、誰かが危機感をもって鋭敏に感覚を研ぎ澄ませて予兆を嗅ぎ取ることで未然に危機を脱することができるのです。

本当の怖さは、マスコミや一般論、集団心理ではたらく危機風のことに踊らされ本来の予兆を勘違いしてしまうことです。そのうち麻痺すれば、本当の危機にも対処することができなくなります。

敢えてそこまでしてでもというのが、今の時代の感覚を鈍らせない方法でありこの先の自然災害の篩にかけられて生き残る智慧でしょう。

今回の体験もまた、教訓にして子どもたちに伝承していきたいと思います。

 

予知の仕組み

今は台風や大雨などは科学が発展し衛星画像などを送って確認することができますがむかしはそんなものはありませんから予知によって判断されていきました。

目に見える予想に対して、目に見えない予知。科学はみんなこの目に見えるようにしていく作業ですから、目に見えないものは消えていくのでしょう。しかし、時として目に見えないものにも長期予測や予知などがありそれを簡単に非科学的だから切り捨てるのはどうかとも思います。

以前、カマキリを研究して積雪予測をしていた酒井与喜夫先生とお会いしたことがあります。これはカマキリの産卵の場所を定点観察することにより積雪の位置を予知したというものです。驚くほどの的中率で、昆虫たちが生き残るために自然を予測しておられました。他にも木々の水分量を測ったりしながら、謙虚に自然から学び感覚を通して真心で接して自然に教えてもらおうとする姿勢に深く感動したことを覚えています。

現在は台風が通り過ぎている真っ最中ですが、台風などはアシナガバチで予知したといわれます。軒下や高いところに巣をつくるときは台風が多い年になるといいます。といっても、むかしは台風という言葉の定義もなく、「野分」や嵐、大風などと呼ばれていました。自然はいつ猛威を振るってくるか、むかしの人たちは予知をするためにあらゆる身近なものを認識しました。

例えば先ほどのカマキリは秋に高い場所に産卵すると、その年は大雪になる。ミミズが地上に這いだしたら雨が降る。クモの巣に朝露がかかっていると晴れる。カエルが鳴くと雨が降る。ナマズが暴れると地震がくる。などです。

特にナマズにはこのような記録が江戸時代の安政見聞誌に残っています。

「本所永倉町に篠崎某という人がいる。魚を取ることが好きで、毎晩川へ出かけていた。二日(地震当日)の夜も数珠子という仕掛けでウナギを取ろうとしたが、鯰がひどく騒いでいるためにウナギは逃げてしまって一つも取れぬ。しばらくして鯰を三匹釣り上げた。さて、今夜はなぜこんなに鯰があばれるかしら、鯰の騒ぐ時は地震があると聞いている。万一大地震があったら大変だと、急いで帰宅して家財を庭に持ち出したので、これを見た妻は変な事をなさると言って笑ったが、果たして大地震があって、家は損じたが家財は無事だった。隣家の人も漁が好きで、その晩も川に出掛けて鯰のあばれるのを見たが、気にもとめず釣りを続けている間に大地震が起こり、驚いて家に帰って見ると、家も土蔵もつぶれ、家財も全部砕けていたという。」

現代では、電気信号を予測したからだとか、磁場を読んだからなどがあります。本来、私たちは自然の一部ですから感覚的に自然災害を予測しました。しかし現代は、その感覚を手放して科学的に頭で見えるものに頼って感覚を捨てていきました。

本来、目に見えないものとは感覚の世界であり、私たち人間はもともと自然と同様に感覚が備わった存在だったのです。それと環境や教育によって減退させていき、その力をつかうよりも科学的なものだけを使うようになりました。

しかしです。

それに頼りすぎることにより、これから訪れるであろう自然災害への畏怖や畏敬もまた失われていくのは本末転倒です。どんなにすごいコンピューターが出ても、予測できるものとできないものがあります。それは感覚でしか予知できません。本来、天気予測などは数日から数週間くらいの読みですが、本来のむかしの農家などは半年から数年先、もしくは数十年先までも予測していたといいます。

それは予知に限りなく近いものであり、全感覚と頭脳を発揮しありとあらゆる自然を観察して判断材料にしたのです。科学か自然かである前に、人間はもっと謙虚であるべきであろうと私は思います。それは本当の意味で、災害を未然に防ぐための本質的な予知になると感じます。

先人を倣い、本来の生き方、私たちが生き残るための智慧を伝承していきたいと思います。

自然災害の智慧 ~日本人の役割~

有史以来の自然災害を色々と調べてみると、私たちの想像を超える規模で巨大であったものがたくさんあることが分かります。津波、地震、台風、竜巻、洪水、熱波にブリザード、火山の噴火に隕石の落下まできりがないほどです。

歴史に残って私たちが認知できるというのは、滅亡ほどの災害ではなかったからでもあります。もしも隕石の落下からの大津波で地球全土を洪水にする規模がくれば、文明は崩壊してしまい出来事を知る人はほんの限られた人たちだけになり今のように神話として語り継がれる程度です。

まだ数千年の歴史しか知りえませんが、数億年、数十億年の間には、滅亡するほどの災害に何度も遭遇していることが予想されます。今、私たちは地球環境問題と向き合っていますが改めて今私たちがこの地球で住みよく暮らせることに深い感謝を考えて謙虚さを取り戻す必要が感じます。

東日本大震災でも目覚める人がいましたが、今回のコロナ禍でもさらに気づき行動する人が増えたように思います。人類は、自然災害や天敵に晒されるとき、本能から本質を思い出すのかもしれません。

自然災害を深めて気づくことがもう一つあります。

それは自然災害は一瞬の猛威ですが、その後の人災の方が問題であり多くの死者は災害の後に出ているということです。例えば、食料が尽きて飢饉がきたり不衛生から感染症が拡がったり、人心が荒れて犯罪が蔓延ります。

自然災害というよりも、人災の二次被害の方が圧倒的な死者が出ているのです。これは災害後の人々の在り方、リーダーや政治がどうなっているのか、それまでの結びつき、結び方が露呈するのです。

日本がよく感動されるのは、災害後の人々の道徳的な行動です。自然災害がもっとも多い国だからこそ、何をすれば人が死ぬかを本能的に文化として伝承されているのです。

災害に遭ったから不幸ではなく、災害後に助け合わなかったことが不幸だと自覚しているのかもしれません。災害は乗り越えていくことができます、しかしそれは人類の協力や助け合い思いやり、そして道徳があってこそです。

教育とは一体何のためにあるのか、それはみんなで生き残るための智慧と徳を養い人格を磨き高めて肝心要の自然災害の時でも乗り越える絆を深めるためではないでしょうか。

単なる知識を詰め込み、試験をして大学や就職のためにするものではないのです。平和な時代の教育も確かに必要ですが、これからは自然災害のステージが今までよりも2つも三つもステージが上がり、そこから生き延びるために、生き残るために、本来の生きる力を身に着けていく必要があるのです。

これからの自然災害を生き残る力、それは日本人がもっとも長けていて世界に模範を示す役割があるように私は思います。日本人は、世界のリーダーとして今こそ自然災害後の助け合いの仕組みを人類に示すときです。

子どもたちのために、残りの人生、できることやれること、暮らしフルネスを通して伝道していきたいと思います。

山とは何か

先日、ある方と山の起源についての話をしました。そもそも登山とは何か、日本人は山とどうかかわってきたのか、少し深めてみようと思います。

そもそも私が山で最初にイメージするのは、神話の日本武尊(ヤマトタケルミコト)です。日本全国のあらゆる山で、日本武尊の形跡を感じます。

本来、日本では山岳は神仏の住むもっとも神聖な場として捉えてきました。入山にあたっては精進潔斎(しょうじんけっさい)をし、白衣をまとい、金剛杖に身を託していた山伏なども有名です。他にも、神話の中では常にその土地の山岳や霊山、聖山に身を清めて投じ、頂上や聖地にて祈りを捧げていました。

他にも、山には先祖がいるとし盂蘭盆会などの行事が伝承されたり、神様は山に住みサクラと共に稲の田畑に降臨すると信じられていたりと山に纏わることはほとんどが信仰の対象でした。

実際に信仰と関係がないような「登山」をするようになったのは明治以降大正時代くらいにはじまったといいます。これは西洋文化の影響だといいます。そもそも西洋文化での山は戦いの場であり、悪魔の住処であるとさえ信じられていました。私たちの日本人はアニミズムといって八百万の神々の調和で成り立ちますが、西洋は対立構造をもって対立概念ですから、善か悪かがはっきりするのです。山は善か悪かとみると、悪とみるのでしょう。

日本人は山や自然は心や魂の還る場所、いのちの産まれる場所と信じていたためそこは故郷であるという定義をします。山に登るというよりも、山を信仰するという気持ちで山に入ります。

私たちの故郷には、故郷の山を持っています。私の場合は、関の山という山がふるさとの象徴ですが遠くから眺めても心が安らぎ、山に入りゆっくりと歩き空気を吸い、頂上で大気を浴びて木漏れ日の瑞々しい風を感じて降りてくれば心身が恢復し、感情や精神も清浄な心地になり幸福を感じます。

山はいのりの場であり、山はいのちの甦生の場なのです。

信仰としての登山がなくなり、単なる経済合理性の登山が流行ってしまうことで山は単なる娯楽の一つになっていくのは寂しいものです。山が汚れたり、キャンプ場が廃墟になったり、山が傷む姿をみるのはなんだかとても辛いことです。

子どもたちのためにも本来の山とは何か、そして山とと歴史、「大和」の尊が歩んできた生き方を伝承していきたいと思います。