発明の甦生

私たちは、現在文字を活用して様々なことを記録していくことができています。人類が文字を使い始めたのは紀元前3200年ころの西アジアのシュメール人の都市の絵文字がはじまりだともいわれます。その後は、紀元前3000年ころにメソポタミア文明のくさび型文字、エジプトのヒエログリフが出たそうです。

文字ができたことで私たちは「歴史」というものを持つことができるようになりました。文字ができる前を先史時代といい、文字ができて私たちは歴史時代というようになります。

人類は紀元前500万年~400万年前からいるといわれていますがそうなるとそれまでは文字を使っていなかったということになります。文字という発明があってからまだ5000年くらいしか経っていないのです。文字ができるまでの人類は一体どうしていたのか、それを考えていると改めて原点や原始の姿を想像することができるように思います。

世界の少数民族には、数の概念がなかったり、文字を持たない民族も多くあるといいます。ハワイも、今から200年前には文字を持たなかったといいます。つまり、歴史の中に入っていなかったということになるのです。私たちは歴史というのを当たり前に認識していますが、実際には歴史とは文字の歴史のことです。文字にできるものが歴史といわれるもので、さらには時間という概念ですら人間が勝手に仕立てたものですから人類のみが発明した一つの道具ということになります。

動物の世界や昆虫の世界には、文字はありませんし時間という概念もありません。

そう考えてみると、人間というものは不自然なものを多く発明していくものです。本来、残らないものを残せるようにし、記録できないものを記録するようになったのです。しかしこれが文明を加速させて、今のような歴史時代を築いたということでしょう。

そういう意味では、文字の時代はまだはじまったばかりで終わるのかどうかもわかりません。その前はなかったか、もしくは風化してしまったのか、それもわかりません。ただ一つわかるのは、それは人間が創造した発明だということです。

そして文字が生まれる前に「トークン(TOKEN)」というものがあります。

ウィキペディアには「紀元前8000年頃から紀元前3000年までメソポタミアの地層から出土する直径が1cm前後の粘土で作られたさまざまな形状の物体のこと。物品の商取引や管理に用いられていたと想定される。近年ではフランス人考古学者デニス・シュマント・ベッセラ(英語版)(Denise Schmandt‐Besserat)が世界最古の文字であるウルク古拙文字の発生の起源をトークンに求めた「トークン仮説」で知られるようになった」とあります。

「数」という概念を持ち、それを「記録」するということを思いつきました。そしてその「証拠」を確かめるということをした。最初は粘土と絵文字とコンテナという保存庫でしたがそれが多様に複雑になり文字が誕生していったのです。

それが現在、ブロックチェーンの出現によってさらにその数と記録と証拠があらゆる境界を超えて交換できるようになってきています。

本来、これは何の発明だったのかとよく考えてから取り組むことで歴史を正しく認識することができるように私は思います。引き続き、子どもたちの未来のために人類の幸福のためになる発明の甦生に取り組んでいきたいと思います。

 

丁寧な暮らし

生き物は美しい造形物を作り上げていくものです。私は若い時に拾った一つの貝を持っています。そしてもう一つ、石英の勾玉を持っています。身近に置いておくと心が癒され美意識が高まっていくのを感じます。

自然のもつ造形物はまさに完全無欠であり、どのような状態になってもそのものらしく自然体で驚きと感動を与えてくれるものです。

まずこの貝は巻貝ですが、科学的には炭酸カルシウムとタンパク質を融和させながら成長していきます。最初は小さな姿から大人になっていくにつれて次第に貝も大きくなっていきます。

つまりこの手元にある巻貝は、この貝の一生を生きた証ともいえるものです。美しい海の中で仕合せに生きたこの貝の姿を眺めていたり触っていると私はいつも心が癒されその美しい貝の姿から海の中でどのように過ごして何を貝は感じて生きたのかというものが伝わってきます。一つ一つの曲線の美しさ、そして肌触り、手に収まるくらいの大きさ、そのどれもが飽きることもなく何度みてもうっとりするのです。

出会いは宮崎の日南の海で、仕事中に走っていたら海の中に光っているものがみえ、車を止めて石やサンゴがゴツゴツとした中での出会いでしたが発見した時の感動は今でも忘れることはできません。

もう一つの石英の勾玉もまた不思議な出会いでした。ある森の中の美しい水が流れている近くで微睡んでいた時に土の中に光るものを感じて掘り起こしてみたらそこにあったのです。ドロドロで真っ黒でしたが、水洗いしたら見たことのない緑色の美しい姿になり透明な光が出てきました。

これは数億年という単位で、水が薄く流れる鍾乳洞のような場所で少しずつカルシウムと水が融和してできたものです。水晶などは1㎜成長するのに少なくても100年かかります。数万年単位で水に溶けたシリカなどが固まって石になるのです。

つまりこの手元の石には億年単位の石の生涯があり、その美しさがあらゆる模様や姿形に出てくるのです。私はこの石に触れるたびに、その歴史やドラマ、地球内部での暮らしを感じて悠久の時を思い出します。

いつかは死に別れることもありますが、私の身体もまた自然物の一つで造形されたものですから違うものになっていくのでしょうがいのちの本体がなくなることはありません。

私たちが美しいと感じるものは、このいのちの本体に触れているからです。

私は芸術のことや専門のことはわかりませんが、美しいものは何かということは本能で感じます。人はみんな自然物ですから真の美しさがわかるはずです。自然物に触れて、一期一会に出会いつつづけることで美しい人生はさらに彩られていくものです。

日々の出会いを大切に、美しいものを見逃さないように丁寧に暮らしていきたいと思います。

産業革命の進化と人間の真価

産業革命という言葉があります。ウィキペディアには、「産業革命(さんぎょうかくめい、英: Industrial Revolution)は、18世紀半ばから19世紀にかけて起こった一連の産業の変革と石炭利用によるエネルギー革命、それにともなう社会構造の変革のことである。 産業革命において特に重要な変革とみなされるものには、綿織物の生産過程におけるさまざまな技術革新、製鉄業の成長、そしてなによりも蒸気機関の開発による動力源の刷新が挙げられる」と記されます。

この産業革命という視点から歴史をみると、世界ではこれまでに4度の産業革命が起きているといわれます。その始まりは18世紀後半です。少し整理すると、第1次産業革命は紡績機の発明と蒸気機関の改良です。これはイギリスが植民地から輸入した綿花を綿織物に加工して海外へ輸出するときに紡績機により大量かつ効率的に綿織物をつくるようになりました。それに蒸気機関によって鉄道や蒸気船が開発され、輸出も簡単にできるようになります。そして世界の覇権国家となって世界を席巻するのです。この産業革命はイギリスからヨーロッパ全体に広がり世界を飲み込みました。

そして第2次産業革命は重工業の機械化が実現し、主要エネルギーは石炭から電力・石油になります。同時に自動車や航空機、船舶の大量生産がはじまりマーケットの獲得競争が激化します。そのために必要な原料や労働力、マーケットの拡大が切っ掛けになり帝国主義がはじまります。

次が第3次産業革です。ここでコンピューターが登場します。運搬や溶接を行う産業用ロボットをはじめ今まで人間が行っていた単純作業が自動化され、産業構造における労働が激変しました。今では当たり前になっているインターネットの普及も第3次産業革命のうちに入ります。

ここまででもたかだか百数十年くらいなものです。

私たち人類の歴史の中では、まだほんの少し。ついこの間まではまったく異なる世界が動いていました。それが産業革命によって人類の社会構造は激変し、今ではその産業革命によって出来上がった新たな世界、つまり人間社会をつくりあげています。経済がまわるのもこの産業革命によってであり、その相互依存はもはや密接であり切り離すことも不可能です。

そしてこれから第4次産業革命が誕生するといわれています。簡単にいえば第4次産業革命はこれまで人間が担ってきた労働の一部がさらなる自動化が進みます。無人であることは当たり前であり、労働力である人間の削減が進みます。つまり、人間が働かなくてもすべて機械やITで代替えできる世界をつくりあげようとするのです。

ドイツでは第4次産業革命と似た概念の「Industrie 4.0」(英語では「Industry 4.0」)という国家施策がはじまりました。これは製造業の「デジタル化」「コンピュータ化」を進める(サイバーフィジカルシステム化)ことで、国全体を1つの工場化するというのです。

そして第4次産業革命においては、「IoT(Internet of Things:モノのインターネット)」「AI(Artificial Intelligence:人工知能)」「RPA(Robotic Process Automation:ロボットによる業務自動化・自律化)」が進みます。

つまり第3次産業革命の自動化から第4次産業革命の自律化に向かっていくということです。自動化は、人間がやっていることをプログラミングで自動化しました。しかし、自律化は人工知能をつかって目的に対して自律的に働くようにするのです。つまり、ほぼ人間の状態に近づいていくということでもあります。

目的に対して知恵を出し、目的を達成する。

これは本来、人間が働く中でとても重要なことでロボットであったこととの大きな違いであったものです。しかしロボットに知恵が入り、人間でしかできなかったところにまで機械やITで可能になったということです。

これにより産業構造は激変することは間違いないことです。

ここまでで百数十年、ということはこのさき十数年でこの世界は変わっているということも意味します。その時、私たちは何のために生きるのかという問いと向き合うことになると私は思います。

私の取り組む暮らしフルネス™は、まさにこの第4次産業革命時代にこそ必要な生き方になると確信しています。

引き続き、未来を見据えて子どもたちにとって最善な生き方と在り方を深めていきたいと思います。

野生の直観

ここ数日、藁ぶき古民家のことで野生動物のことしか考えていませんが何か懐かしいものを感じています。幼いころ、夕暮れ時の神社の境内や、深い森の向こうに野生動物の気配を感じていました。

どこか自分とは異なる世界にいるものとして、敬意を払いいつも適切な距離を保っていました。野生動物たちは怖さもありながらどこか純粋無垢の愛らしさもあり、ついこちらが近づきすぎるとハッとさせられることがありました。

野生に触れる懐かしさは、そこに何か捨ててきたものを感じるからかもしれません。

おかしな話ですが、今も時折、野生だったことを思い出していると懐かしさがあります。自然と一体になり、自然と同じリズムで呼吸をする。そして生きるために、いのちの差し引きをする。これは生きていくうえで、お互いに仕方がないこととして本能と語り合うのです。

今ではその必要ないほどに人間社会は食べ物が溢れ、安心安全が保障されてきました。野生の世界を垣間見ることはなく、ほとんどが野生動物とも触れない日々です。

私は衛星放送の動物番組が好きで、ずっと長い時間でも観続けることができます。東京に住んでいたころは、週末になると動物のチャンネルをつけ一日中ずっと眺めていました。特に野生動物の生きる姿を撮っているものには、感動と感激が多く言葉にならない共感がありました。

写真家の星野道夫さんのアラスカでの写真や、その文章にも同様の懐かしさを覚えています。動物と人がまだ一体になって暮らしていた時代、自然の中で分け合って尊重しあって助け合っていた時代、その境界のような世界を感じるのです。

本能的に私たちは野生の直観を持っています。

最適ないのちの距離を保ちつつ、これからの野生動物との距離感やかかわり方を子どもたちに伝承していきたいと思います。

アライグマとラスカル

藁ぶきの古民家のアライグマを駆除することをしながら深めていると、すぐに世界名作劇場のアニメのラスカルのことが出てきます。このアニメの作者は、まさか日本で大量輸入されて害獣になっていくとは思いもしなかったと思いますがあの可愛いイメージとは裏腹に凶暴で現代では人間にとって大きな問題になっています。

そもそもこのラスカルは、ニッポニカ(日本大百科全書)によればこうあります。

「アメリカの作家スターリング・ノースSterling North(1906―74)が1963年に発表した自伝的小説。作者11歳のときのウィスコンシンを舞台に、彼とアライグマのラスカルの出会いから別れまでを月ごとのエピソードを連ねて語っている。最大の魅力は、光るものの好きなラスカルがダイヤの指輪を失敬し、それをさらにカラスが巣にもっていき、少年が取り返すといったラスカルにまつわるできごとだが、のんきで心優しい父親ほかの登場人物たちや小さな町もくっきりと描写されていて、物語の牧歌的雰囲気を高めている。作者はこの小説の舞台ウィスコンシン生まれ。新聞記者、新聞の文芸欄の編集者などを勤めながら約30冊に及ぶ著作を残した。」

このスターリング・ノースが少年時代に出会ったアライグマがモデルでできたアニメです。ただ漫画のことはあまりよく思っていなかったとも記述されています。日本の「あらいぐまラスカル」でここまでアニメで認識されているとも思ってもいなかったはずです。

このラスカル「rascal」とは。意味や和訳。[名]1 ((戯))いたずら者,わんぱく小僧;悪ガキ2 〔通例修飾語を伴って〕(…な)やつa merry rascal陽気なやつ3 ((やや古))人でなし,悪漢,悪党,ごろつきという意味です。

実際の話でも、大人になったアライグマに手を付けられなくなり、最後は湖畔、森に逃がしてしまいます。ペットブームで年間1500頭が輸入されそれが野生化してしまい、年間2万頭を超えるほどに捕獲されています。

もはやここまでくると駆除もできず、まさにラスカルという具合に農産物を荒らしまわっています。人間はこのように、先のことを考えず今さえよければいい、お金になればいいと欲に任せて動いていますがそれがあとになって本当に大変な目にあっていることがわかります。

自分たちの代ではそこまででなくても、子孫の代になって本当に大変な事態にまで発展してしまうことがほとんどなのです。だからこそ、海外から輸入するものは特に気を付けなければなりません。グローバリゼーションで、世界の隅々のものが近所のスーパーに陳列する時代。どんなウイルスや病原菌が混ざってしまっているのかもわかりません。

少し先の時代を予測して、今から私たちは暮らしを見つめ直す時機に来ていると実感します。子どもたちのためにも、未来に向けて選択と決断をしていきたいと思います。

畏怖の念~自然との境界~

藁ぶき古民家のアライグマの駆除について色々と調べてみると、大変なことがわかってきます。特に、これらの野生動物は特定外来生物に含まれるため、傷つけたりした場合は鳥獣保護法で罰せられることもあります。もしも違反した場合は100万円以下の罰金もしくは1年以下の懲役を科されてしまいます。 なので基本的には「追い出す」ことや「近づけない」ことしかできません。

しかもその野生動物に赤ちゃんがいた場合、家から追い出してしまうと赤ちゃんだけでは生きていけないので死んでしまうと違反したことになり先ほどの罰則がきます。大人になるまで待ってから追い出す必要があります。しかしその間も、人間に害のある状態(例えば、糞による病原菌やマダニ、回虫、また襲われる等々)の不安が付きまといます。時としては人間が襲われて死ぬにも関わらず、個人としてはどうしようもありません。また追い出したとしても、その追い出したアライグマは一体どこに移動するのか。もしかすると別の民家に移動してまたそこで害になるかもしれません。まさに、動物名が異なりますがいたちごっごで埒があきません。

なぜそもそもこんなことになってしまっているのか。近年は、ますます動物たちの害が増えていき農作物は荒らされ、都市部にもあらゆる野生動物が住み着いてきて荒らしています。人間界にどんどん入ってきては、人間もコントロールすることもできなくなっています。これは動物に限らず、ウイルスをはじめあらゆる病原体が人間を脅かすようになってきました。

これは少し考えてみると感じるのですが、かつては人間と自然との境界線を緩やかにもうけていてお互いを尊重し合って共生関係を結んできたものが崩れているからであろうと感じます。

例えば、山と里の間、昼と夜の間、また食物循環などが機能していたころはお互いをあまり邪魔しないように距離を保っていました。生活圏にゾーンがあり、そのゾーンはお互いに確保しあうという具合です。しかし、人間が一方的にその相手のゾーンに踏み込みそれを浸食すればその生き物たちはこちら側になだれ込んできます。

それをいくら駆除しても、もはや手遅れでコントロールすることすらできません。それが現代の問題になっているように思うのです。うまくお互いを尊重し合うというのは、自然への畏敬であったり、自然界への畏怖であった、お互いに循環を担う一員としての責任のようなものです。それが失われたことが、今の問題を引き起こしているんであり問題を先送りしてもそれはまったく問題解決にはならないのです。

この法律の問題も同様に、いくら法律で罰則をつくりその場しのぎで対処したとしても本質的な問題は何も解決していません。それでみんなが困っていくのです。部分最適のその場の対処法はかえって問題を広げていくことを証明しているのです。

自然のバランスを壊すということがどのような問題を引き起こしていくのか、科学でなんでも征服できると勘違いしてしまうと大きなしっぺ返しがやってきます。自然はそれだけ畏れおおい存在です。むかしの日本人は神様として畏怖の念を忘れませんでした。

これからの時代、自然現象が大きく私たち人類にメッセージを発信してきます。いち早く気づいた人たちで、如何に自然と調和し共生する智慧に原点回帰していくか。まさに今は試練の時なのでしょう。

人間のルールの問題もありますが、今回のアライグマのことも真摯に対応していきたいと思います。

人間と向き合う

昨日、ちょうど藁ぶき古民家の甦生で塗装をしている最中に天井にアライグマが出没しました。たぬきは昔から日本にいたということは、昔話などでも知っていましたがアライグマはどうしているのだろうかと調べてみたら最近入ってきた北米からの外来種であることを知りました。

海外からの動物が日本で野生化してさらに困っているという事例は、奄美大島のハブを退治するために輸入したマングースがかえって奄美の黒兎を襲い困っているという話を思い出しました。

アライグマも人間のエゴで輸入が始まり今では害獣として駆除対象になっています。この辺の歴史のことを少し調べたものを書いてみます。

原因は、1970年代にアライグマはその当時のアニメのキャラクターにアライグマがいたことで人気になり海外から大量に輸入されたことが起因になっているといいます。幼少期は人によくなつくそうですが、もともと気性が荒いアライグマは成熟して狂暴化したりするのでペットには向いておらず飼育できない飼い主が森に逃がしたといわれます。またそのアニメの主人公が物語の中で森に放つ姿をみて真似したともいわれています。

どちらにしても飼育ができなくなった家庭がアライグマを自然に放してしまったことで、野生化した原因であるといわれます。動物園から脱走して野生化したという話もあります。そして1980年代から徐々に生息域を拡大し続けた野生のアライグマは1990年代には日本各地で発見されるようになり、2000年代に入るとアライグマによる農作物被害は非常に深刻なものになっていきました。

そのため2005年に制定された外来生物法でアライグマの無断の輸入や販売だけでなく飼育などが禁止され、今ではアライグマは害獣と区分されていますがもう繁殖の拡大に対して捕獲も追いつかず次第に増えていく一方ということになります。

以前、私も家で飼育していた鶏がアライグマに襲われたことがあります。夜に見かけると牙をむいて激しい形相でこちらに襲い掛かってくるかのような凶暴さでした。

本来、天敵であったオオカミがいれば生態系を維持してバランスを守ってくれていましたが現在はオオカミはすべて駆除されほぼ絶滅したため山の中の野生動物は繁殖をコントロールすることができず荒れ放題です。

人間の都合で生態系を乱したつけは、子孫たちの暮らしにとても甚大な影響を与えます。本人たちは安易にその時代に、その時の消費願望や欲求を満たして行動していますがそのツケを子孫たちがどう払っていくのか。すでにこのアライグマにおいては、日本全国に大量に広がって繁殖していますからもはや元通りになることはありません。

こうやって特定外来生物になっていくように、グローバル社会の中で私たちは本来はその風土になかったものを持ち込み、生態系を著しく破壊しています。そのことからかえってお金を大量に消費しながら対策を立てるというメリットもあったのでしょう。しかし現代のように、資源が失われ資金が潰えてきたらもはやデメリットでしかないのは明白です。

どうやってこれらの野生の動物とこれから共生していくか。これはコロナの状況にとても似ていると思っています。海外から持ち込まれて駆除もできない、どうやって共存するか。今、私たちは自然や野生との付き合い方、つながり方について真剣に向き合う時が来ているということでしょう。つまり人間と向き合うということです。

新しい時代、人間がどうあることがもっとも自然にとって最善なのか。人類はそこに向かって対話していくと思います。子どもたちが安心して暮らしていけるように、私たちなりの答えを生きてみたいと思います。

甦生業

藁ぶき古民家の甦生もまもなく最終段階に入ってきていて家の徳が引き出されてきています。ご近所の方や通りすがりの車が止まり声をかけてくださいます。その声は、一様に「だんだんと家が善くなってきていますね、楽しみです」というものです。

それは動画で配信しているサイトのコメントでもたくさんいただき、身内や仲間からも喜びの声をいただきます。その言葉に励まされ、信念を強くして真摯に家に向き合って修繕を続けています。

考えてみると、人はみんな何かが甦っていくことに希望を感じるように思います。

もう御終いだと思っていたものが復活して、それがさらに以前よりも元氣になって美しく生命を輝かせていく姿に偉大な何かの存在を感じるように思うのです。

それは病気からの恢復、あるいは壊れた機械の修理、よくお手入れされた道具、これらのものに触れると人は善かったねと喜んでくれるのです。徳を積むということは、この甦えらせていくことに似ているのです。

今まで荒れ地で捨て去っていたものを甦らせてそこで作物を育て農地を役立てること、経験豊富な高齢者や職人たちが後世の若い人に技術を伝承していくこと、他にも古井戸や古民家を甦生して新しい役目を与えて人々を潤してもらうこと、こういうこともまた徳になるのです。

徳は事業ではなく、お金儲けではありません。なので無理にお金のためにするものではなく、みんなが喜び、自分も喜ぶことを真摯に取り組んでいくことに似ています。自他一体に全体が幸福になるというのは、自然循環の摂理であり自然の徳の仕組みでもあります。

この徳循環を支えるもの、それが「甦生」なのです。

甦生業が私の取り組みですから、甦生したものが役に立てるように場を創造していくこともまた使命です。挑戦すれば喜びも多いですが苦しみもまた同時に発生します。それを味わいながら、今、できることに真摯に挑戦を本気のままに続けていきたいと思います。

 

運気を磨く

昨日、久しぶりに田坂広志先生の講演を拝聴する機会がありました。新著「運気を引き寄せりリーダーの7つの心得」のお話が中心でしたが共感するものが多く学ばせていただきました。

想えば20年以上前に東京で田坂塾でお会いしたのがはじめてでしたが、ほとんどお変わりなく一期一会に真摯に講義されるお姿に生き方を垣間見させていただき刺激もいただきました。

あの頃は、「メメント・モリ」という死を想うという生き様を実践する大切さを語られていました。今日が人生最期の日と定めて生きていくことの大切さ、当たり前ではない時間に気づいているかという問いを発して一期一会に生きることを伝えておられました。

そして今回は「運気」ということでしたが、運は決して宗教的技法の祈りではなく、科学的技法としての祈りであると定義しています。つまり単なる神秘的なものではなく、これは実証されているという事実であると。現代、量子論を含め科学がその神秘の世界を可視化してきています。その時、これは単なる偶然ではないということがわかってきているのです。

それをあらゆる角度から分析し、リーダーというものの真の役割について語れています。古今、リーダーはすべて「運がいい」ということが絶対条件だといいます。その理由は、リーダーを含めた組織全体を導いていく使命があるからです。運がよくないリーダーについていけばいくらその人が良い人でも組織は運を逃して悲惨なことになることもあります。

運のよさというのは、その人だけではなくその周囲も幸運に導いていきますのでリーダーはその運気というものへの心得を持つ必要があるということでしょう。

田坂先生のいう心得の詳細は、GROBISのサイトで拝見できます。

私もいつまでも実践と改善を積み重ねて、運気を高めて子どもたちを導いていけるよう徳を磨いていきたいと思います。

腸活を楽しむ~智慧食~

私たちの郷土料理の中の一つに「ぬか炊き」というものがあります。ぬか漬けの漬物を知っている人は多いと思いますが、そのぬかを使って料理して味付けをし煮込んだものがぬか炊きといいます。

そもそもこの「ぬか」は、玄米を精白する時に出る、胚芽(はいが)と種皮とが混ざった粉のことをいいます。それを壺や木桶などに入れて、塩水を加えて練れば「床」ができます。そのぬかの床ができるから「ぬか床」(ぬかみそ)とも呼びます。このぬか床は人間に有益な微生物や乳酸菌などの棲家になりそこでの発酵の循環で産み出されたものを摂取することで人間にとっても豊富なビタミンやミネラル、栄養価を得られます。

この微生物と人間との調和、そのものを「発酵」と呼び、私たちは伝統文化として暮らしの中に取り入れてきました。野菜等の保存食としても最適でもあるためこの智慧を伝承されてきたのです。今では冷蔵庫=保存するものになっていますが、自然界にはそんなものはなく微生物と共生することで私たちは生き残るための智慧を獲得してきたのです。この時の保存は単に傷まない腐らないための仕組みではなく、「永続的に健康でいられる仕組み」まで入っていたのです。

以前、確かこのブログでも書きましたがぬか漬けの歴史は奈良時代の「須須保利(すずほり)」という漬物がルーツだともいわれます。米糠のことも734年(天平6年)の正倉院文書の尾張国正税帳にあるといわれています。それだけぬかを使った暮らしには歴史があります。

その「ぬか」を使った「ぬか炊き」は一般的なぬか床のような漬物として使わずにぬか床を調味料にして青魚のサバやイワシをぬか床で長時間炊くのに使います。つまり「ぬか+炊く」から「ぬか炊き」ということなのです。このぬか床を長時間炊くことで保存期間が延びさらに青魚特有の臭みも消えぬか床のうま味が魚に入り絶妙な味わいが得られます。健康になる上に、寿命が伸びるという発明食です。福岡での伝統郷土料理としてのはじまりは小倉藩主の小笠原忠政公が前任の信濃国から保存食用としてぬか床を持ち込んだのがはじまりです。

今の時代、添加物をはじめいのちの入っていない便利なサプリや加工食品ばかりが広がっている中で腸内環境を整えるといった「腸活」が流行ってきていますが現代社会でも心身の健康恢復の救いになるのがこの「ぬか漬け」と「ぬか炊き」であることは間違いありません。日々の暮らしの中で如何に腸内フローラを活き活きさせていくか、それは暮らしの中の日々の食の智慧と工夫にこそあります。

つまり伝統保存食は単なる長期間腐らないものではないのです。本来の伝統保存食とは、健康な暮らしを維持継続させるための智慧食のことです。私たちは日々に心身が整っていけば、それだけで仕合せを感じます。日々の暮らしは、私たちの人生を美しく彩り、明るくしていきます。

「食」という字が、なぜ「人が良くなる」と書くのか。それは食によって人間が磨かれていくからです。そしてそれは「腸内環境」からというのはまさに的を得ていると感じます。

コロナウイルスのことで、暗く辛い報道も増えていますが、いつまでも子どもたちが安心して元氣で健康で幸せになれるように私も腸活を楽しんでいきたいと思います。