本来の事業

昨日は、故郷の庄内中学校の生徒たちの有志が集まり鳥羽池のお手入れを行いました。具体的にはゴミ拾いや廃棄物の回収ですが一年でまたここまで溜まるのかというほどのゴミが溢れていました。生徒たちは明るくなんでこんなものを捨てるのだろうかと口々に話しながら清々しく片付けてくれて本当に有難い気持ちになりました。

ゴミの中には、かなりの大きさのものも多くよくこんなものをと思うほどの粗大ゴミもありました。私はもともと古民家甦生をはじめ、お山の周辺のお手入れもやっていますからゴミは慣れています。それにゴミをよく見つめることも多く、それが綺麗に片付いている景色も見慣れていますからそこまでの抵抗はありません。しかし子どもたちが誰かが捨てたゴミを真摯に片づけているのを見るとありがたい気持ちが先に出ますが同時にいたたまれない恥ずかしい気持ちも出てきます。

大人たちがやってきたことがゴミとして発生します。池をはじめ自然は黙ってすべてを受け容れてくれていますがそこには魚や鳥たちをはじめ様々な生態系が存在しています。なぜこんなものを生み出してしまうのか、そしてなぜゴミになってしまうのか、そこに今の人類が追い求めている価値を感じます。

2時間ほどみんなでお手入れしたあと、集まって少しお話をしました。

一つは、捨てた人がただ悪いではなくこのゴミを観てこれをつくったものづくりに関わる人たちは何を思うだろうかという話をしました。二つ目は、ゴミ拾いのメリットとして自分を磨くことの大切さ、観える世界が変わることで自分が変わることを話しました。三つ目は、故郷と繋がり結ばれる感覚、池が喜んでいることや故郷が善くなっていくことなども話しました。また桜の時期になると美しい景色があること、改めてみんなで取り組めたことに感謝しました。

今回のお手入れを一人でやったら3か月近くかかります。それを大勢いで取り組むから一日で終わります。自分たちの故郷の大切な場所を、みんなで守っていこうとする心に故郷の徳がますます醸成されていくのです。

子どもたちが取り組むことは小さな一歩ではありますが、大きな未来がある一歩です。

本来の事業というものはどういうものか、それは単に利益や売り上げが上がることや経済活動が拡大することや雇用が促進され税金が集まることなどではありません。むかしの日本の先人たちが行った事業とは、「子孫のために何を遺せるか」というものが本来の事業であったのです。今では名事業家と呼ばれる人たちは、効率的にお金儲けが上手い賢い人たちの代名詞になっています。しかし実際の事業家とは、徳を積む人たちの代名詞であったはずです。

時代が変われば価値観も変わり、言葉の表した意味も変わります。しかし時代が変わっても徳は変わらずいつまでも燦然と輝き、道をまた探り歩けば光が当たるものです。

引き続き、故郷の徳に見守られながら丹誠を籠めて事業に取り組んでいきたいと思います。

当たり前を拝む暮らし

昨日は、朝から会社の仲間たちと一年を振り返り昼からは結の方々と共に暮らしの中で冬至の時間を過ごしました。また夕方からは祐徳石風呂サウナに入り音楽を味わい直来で備長炭で煮込んだおでんを食べ団欒しました。みんなで持ち寄った「ん」のつく食べ物を発表したり、昨年のことを思い出してみんなで語り合い、来年の予祝をしておめでとうをし運気を上昇させました。

私は、何かのイベントのように物事を行うのが苦手であまり好きではありません。刹那的なものは何か人間の作為的なものを感じてしまいます。もちろん、好き嫌いというだけで悪いことではないので時折それもありますが苦手ということです。

例えば、昨日は冬至で日の入りをみんなで眺めて拝みました。奇跡的に日の入りの瞬間に冬の厚い雲の間から差し込んできた神々しい光に包まれました。お祈りをして法螺貝を奉納したあとさらに光が増し振り返ると一緒に拝んでいる友人たちの顔が光で真っ白になっていました。その神々しさにまた拝みたくなり感謝しました。

私たちは何かを拝もうとするとき、何かの建物越しに拝んだり、あるいは石像やあるいはお経などを通して祈ろうとします。しかし、本来の神々しいものはもっと自然的なものやいつもある当たり前の存在にたいして拝んだ方が深い感動や多幸感が得られるものです。

これは自然であり、人為的ではなく作為もないからです。

古来より私たちの先祖は、自然に太陽や月や水や空気、星空をはじめあらゆる存在の偉大さに気づく感受性を持っていました。だからこそ、当たり前の中に足るを知り真の豊かさや喜びを味わっていたのです。

何かと比較することもなく、何かに勝ち負けもなく、効率や効果なども一切とらわれない、ただそこにあるものに感動していたのではないかと私は思います。

その証拠に、私たちの感受性の中には自然を美しいと感じる調和の心が具わり、同時に五感や六感というような感覚が反応するからです。人間の脳みそで構成された世界ではなく、本来の自然として刷り込みも囚われもない赤子のような心があるのです。

そしてその感性や調和を優先して生きることが、本物の暮らしであり私たちがこの世で許されたいのちの尊厳でもあります。

自然を尊重する生き方は、余計なことをなるべくしないという生き方でもあります。それはあるものを観ては、足るを知り、真の豊かさを謳歌するという一期一会の日々を生きるということでしょう。

子孫のためにどのような暮らしを遺していけるか、そして今にその暮らしをどう甦生して伝承を続けていくか、遠大な理想にむけて日々は小さな暮らしの連続です。この日を大切にして、次回の立春に向けて暮らしを調えていきたいと思います。

浄化の一日

今日は、冬至です。外は一面の銀世界で雪景色です。畑の高菜もすっぽりと雪に隠れ、寒々しくもところどころ深い碧い空から光が漏れてきます。日本は四季が豊かで、毎日外を眺めては変化を已まず飽きることがありません。

同じ場所にじっと佇んでいても、これだけ四季の変化の彩りがあれば退屈することはありません。むかしの先人たちは、この変化に驚き好奇心を働かせ色々な暮らしを紡いできたのでしょう。

時代が変わっても、自然の巡りや変化、その循環の妙には魅せられ続けます。故郷にあってその変化を味わえることに深い喜びを感じます。

今年は振り返ってみると、病気に怪我に死別にと苦しく辛いことが思い出されます。しかし同時に、新たな出会いと挑戦、徳を実感するような出来事も思い出します。人生は、一期一会とはわかってはいても生々しい出会いと別れに一喜一憂するものです。

今思えば、二度と同じことはなくそしてこれからも二度と同じことはない。この世のすべては変化しないことはなく、元に戻ることはないということを実感することばかりの一年でした。

健康の有難さは年々より明白になり、自分の役割や天命もまた近づいてくることも明瞭になります。

家族や仲間との旅路もいつか終わる日がきます。恩師やメンター、同志たちも同様です。冬至だからか一年の終焉と人生の終了を思います。そして同時に、甦生といって新たになることの意味を感じます。何が終わり、何がまた新たになるのか。何が集まってそして役目を終え分散し、何がまた新たに集まるのか。

思いというものがこの世を創造し、思いによって世界はできます。

一つの思いを思い出し、新たな思いを思い出す。

出てくる思いにしたがって、また綴る新たなご縁と物語に一期一会は存在します。太陽を浴びる時間が一番少ないからこそ、闇の有難さを感じます。穢れを祓い、浄化するよい一日にしていきたいと思います。

三浦梅園先生の生誕300年のご報告

御蔭様で無事に三浦梅園先生の旧宅で生誕300年の行事を実施することができました。素晴らしい天候に恵まれ、この時期としては最も過ごしやすく穏やかな気候で心も体も深く癒されました。今朝から雨が降っていますが、改めて奇跡のような一日であったと感謝に包まれています。

遠方から多くの仲間たちが前入りしたり早朝からも駆けつけてくださってお手伝いをいただきました。また現地でも時間をかけてお手伝いいただいた方々やこの日のために準備を調えてくださった方々も参加し家族のような雰囲気でした。

行事がはじまると、みんなで三浦梅園先生と代々のお墓の清掃や旧宅のお手入れを行いました。人数が多いこともあり、あっという間に美しく綺麗に調いました。そして英彦山の古文書から甦生した伝説の和漢方不老園をみんなでお茶にして飲んで寛ぎ、三浦梅園先生の菩提寺である両子寺の寺田豪淳さんと300年の法要を行いました。宗派などを超えて暮らしのなかでみんなで遺徳を偲ぶ時間が懐かしく、緩やかな時間と一緒に般若心経を唱える調和に有難い気持ちになりました。250年前から吹き続けられた懐かしい法螺貝を吹いて奉納しました。

その後は、シンポジウムと移りました。改めて300年前、三浦梅園先生が過ごしたこの場でむかしの梅園塾のように30名の仲間たちが語り合い、学び合い、生き方を磨き合いました。

まず各々三浦梅園先生のことをどう感じるかを話し、信条を伝え取り組みを話しました。先生の条理学、自然観、生き方、そのあとは、真の経済ということをテーマに「価原」という先生の著書から学んだことを議論しました。登壇者からは、現代の貨幣経済の問題、時間泥棒のこと、限界集落や相互扶助の大切さ、懐かしい経済について語り合いました。また参加者からも格差経済のこと、連携経済のこと、協働創造のことなど、多岐に及び、時間があっという間に過ぎてしまいました。そして最後は、三浦梅園先生の慈悲無尽講を現代に甦生させるための挑戦を有志でやろうとなりその場でブロックチェーンの徳積帳を使い結に参加し両子山、両子寺周辺の自然環境や行事、お祭り、経世済民を実践するためにみんなで徳の積みたてに参加してくれました。内省シートを記入し、それぞれに気づきや知恵を書いていただき、来春にまたこの場で集まることを約束しシンポジウムを終えました。

お昼は、持参した自家製のむかしのお米をつかった酵素玄米のおむすびを火鉢を囲んでみんなで食べました。また友人の高橋剛さんのお父さんからもパンの差し入れがあり、みかんやお菓子などを食べて心温まる時間を過ごせました。その後は、親友の雲水、星覚さんが中心になってみんなで三浦梅園先生の里で「遊行」を行いました。ぶらぶらと目的を持たずに、先導する杖に委ねて歩くのです。私が先月の遊行中に骨折をして歩けなくなり、歩くことを一時中断することになってはじめて気づいたことなどを伝え、その歩くことの意味や感覚をみなさんで味わっていただきました。法螺貝が里に響き渡り、地域の方々もたくさん出てきてくださって賑やかさに喜んでいただきました。

最後は、みんなでまた生家に帰り一日を振り返り感想を伝えあいました。懐かしい未来、一期一会の場にこうやって一緒に過ごせたことに深い感謝がありました。ご挨拶をして、再会を楽しみにみんなでお別れしました。感謝の余韻の残る、かけがえのない一日になりました。

人生というのは、一度きりです。何を最も大切に生きていくかは、その人の心が決めます。真の豊かさとは、心の中にこそ存在します。真に豊かに生きておられた三浦梅園先生の生き方の余韻や空氣を存分に味わうことで私たちの心にもその片鱗が宿りました。

遺された人生、先祖代々の遺徳に感謝して丁寧に使わせていただき300年後の子孫のために今日も大切に使っていきたいと思います。

ありがとうございました、これからもよろしくお願いします。

小さな改革

マハトマ・ガンジーの思想に、七つの大罪というものがあります。これは現代の人類の価値観に警鐘を鳴らすものです。そこにはこうあります。

1.理念なき政治 (Politics without Principle)
2.労働なき富 (Wealth without Work)
3.良心なき快楽 (Pleasure without Conscience)
4.人格なき学識 (Knowledge without Character)
5.道徳なき商業 (Commerce without Morality)
6.人間性なき科学 (Science without Humanity)
7.献身なき信仰 (Worship without Sacrifice)

そもそも、これらの7つは本来はこうではなかったものがこうなったというものです。つまり政治は理念あるもの、富は労働するもの、快楽は良心あってこそ、学識は人格がつくる。商売は道徳であり、科学は人間性によるもので、本来の信仰は献身であると。この逆になっているのが今の時代の価値観ということです。

例えば、金融や経済などはわかりやすく一部の富の独占と貧困と飢饉によって貧富の差は拡大しています。道徳を忘れてしまえば、商業はますます世の中を非道徳の環境に貶めていきます。ガンジーはこういいます。

「私は、あなたが正しい手段で手にした資産を捨てろとは言わない。しかしその資産は、決してあなた自身のものではない。それは人々のために役立てることができるように、あなたに一時的に預けられているものだ。そのことを忘れてはならない。」

富や財産は決して自分のものではなく、これは単に預かっているものでありまたみんなで循環させていくために活用しようといいます。私たちの身体も同じで、預かっているもので正しい生の循環を止めてしまいどこかで留保し続けたらそこから癌になるものです。経世済民とは、誰かが富を独占し確保するのではなくみんなにサラサラと血液が流れ浄化されるように循環させていくところに幸福もあります。自然と同様に、自然から預かった環境を自分の天命を全うし、また好循環の一部として生を喜び全うしていくことが本来の姿です。

個人主義、利己主義が蔓延する競争と不安の世の中においては、商業が道徳的でなくなる理由はよくわかります。だからこそ、同時に道徳といった、徳が循環する経済を創造しようとしてこそそこに経済大国として世界を調和する大切な役割があるように私は思います。

そしてガンジーはこうもいいます。

「何かを訴えたい、意志表明したいと思ったときに、それを話したり書いたりする必要はない。行動し、生き様で示すしかない。私たちは一人一人の生き様を、生きた教科書にしよう。誰もがそこから学び取ることができるように。」

ということで、私は三浦梅園先生の慈悲無尽の生き方に感動し、それを実践して現代に甦生させてみようと思います。困難や非難もあっても、まずは試行錯誤してみてそれをみんなと切磋琢磨してこの時代の世代の役割を果たしていきたいと思います。

歴史に学ぶ

時代が変わると、人の価値観も変わります。偉い人になろうと人は努力しますが、時代の価値観が偉い人もつくりますから今の時代の偉い人は何かということを考える必要を感じます。

例えば、ある時代は徳の高い人が偉いといわれていたことがあります。その時代は、みんなで高徳の為政者を望みました。またある時代は、戦に強い無敵の為政者を求めてその人が偉い人になりました。またある時代は、お金持ちで成功者がもっとも偉い人といわれるものもありました。その時は、経済に影響を与えていることが偉い人となります。

時代が何を求めているかで偉い人も変わります。人間は、自分にとって有益であること、都合がいい人を偉い人にするものです。偉い人になった人は、その役目を演じて偉い人にまつり上げていかれるものです。実際には、偉い人に依存してしまえばみんなが自立することを怠ってしまいます。むかしから日本には、草莽というみんなで助け合ってみんなで偉い人になろうとする意識がありました。つまりは、自分には何ができるかと真摯に初心に向き合って互譲互助しながら自治を実現してきたものがあります。それが「講」という形でも各地に遺っているものです。

改めて、歴史に学ぶ必要があるのは時代が変わっても普遍的なことを学び直し今どのようにあるかを問うためにあるように私は思います。

陽明学の安岡正篤氏がこのような言葉を遺しています。

「偉くなることは、必ずしも富士山のように仰がれるようになるためではない。なるほど富士山は立派だけれども、それよりも何よりも立派なのは大地である。この大地は万山を載せて一向に重しとしない。限りなき谷やら川やらを載せてあえていとわない。常に平々坦々としておる。この大地こそ本当の徳である。我々もこの大地のような徳を持たなければならぬ、大地のような人間にならなければならぬ。」

偉くなることは、大地になること。大地は本当の徳だといいます。徳を持つことこそ真に偉くなることであるといいます。またこうもいいます。

「ずるいことをやったり、人を押しのけたりして、地位や財産をつくるのも人間の能力、知能のひとつであります。それを使っていろいろのことができる。できるけれども、そんなことができても、これは人間としては少しも偉いことではない。社会的には偉いかも知れぬが、人間としてはむしろ恥ずべきことであります。何を為すか、何をしたかということと、彼はどういう人間か、いかにあるか、ということとは別である。」

社会的な偉さよりも、本来の偉さとはどういうことか、人間として恥を説きます。また同時に人物の偉大さについてはこういいます。

「環境が人をつくるということにとらわれてしまえば、人間は単なる物、単なる機械になってしまう。人間は環境をつくるからして、そこに人間の人間たるゆえんがある、自由がある。すなわち主体性、創造性がある。だから人物が偉大であればあるほど、立派な環境をつくる。人間ができないと環境に支配される。」

偉い人は環境をつくる人であると。環境に支配されない人であると。まさに、先ほどの大地の徳を観ては自立の本質を直感します。そしてこうも言います。

「歴史はくり返す。たいていのことは古典の中にある。何千年もたっているのに、人間そのものの根本は少しも変わっていない。自分が創意工夫し、真理を発見したと思っているが、それは大変な錯覚で、すでに古典にのっていることを知らないのだ。」

人間の根本は時代とは関係がない。古典というのは、先人からの知恵であり子孫への伝承です。三浦梅園先生がいた時代、そして300年後の今。まさに今こそ、歴史に学び300年後の未来へ向けて対話をする場が必要だと私は感じてシンポジウムを実現することにしました。

混迷する世の中で、普遍的な道をどう切り拓いていくか。子孫のためにも、実践を積み上げていきたいと思います。

自然体の道

人は無理をするというのは過信があるものです。もっとできる、もっとやれるというように頑張りますがその時は自信ではないものです。ついなんでも無理をしてしまいますし、そういう教育を施されてきていますからそれが苦しみの原因にもなるのです。

自然体でいるということは、何よりも楽しめますが不自然になるから苦しくなり無理が発生するともいえます。

松下幸之助さんにこういう言葉があります。

『苦しかったらやめればいい、無理をしてはならない。無理をしないといけないのはレベルが低い証拠。真剣に生きる人ほど無理はしない。無理をしないというのは消極的な意味ではない。願いはするが無理はしない。努力はしても天命に従う。これが疲れないこつである。』

無理する人は、無理をしないのは頑張っていない、或いは努力が足りない、逃げているなど消極的なものと思い込み決めつけているものです。しかし実際には、天命にしたがうとかご縁を信じるという努力をしていないともいえます。全部必然と思い、無理をせずに取り組むことこそ自然体に近いように思います。

また無理をしないことは他にも大切な要素があります。松下幸之助さんはこうもいいます。

『富士山は西からでも東からでも登れる。西の道が悪ければ東から登ればよい。東がけわしければ西から登ればよい。道はいくつもある。時と場合に応じて、自在に道を変えればよいのである。一つの道に執すればムリが出る。ムリを通そうとするとゆきづまる。動かない山を動かそうとするからである。そんなときは、山はそのままに身軽に自分の身体を動かせば、またそこに新しい道がひらけてくる。何ごともゆきづまれば、まず自分のものの見方を変えることである。』

何か事件があったり、挑戦しているなかで行き詰ったり、困窮や困難に陥ったりします。しかしそういう時に、無理に同じことをまたやろうとするのではなく、別のやり方、別の観方、別の道があるとするメッセージとも受け取ればいいのです。つまり、無理をするよりもそこから別の道にいけばいいと楽観的に捉えていくことが大切だということです。道は無数にあるという考え方だからこそ、その方が別の道がひらくと思えばいいということです。

大切なのは、挑戦をし続けること、継続して目的地に向かっていくことであってそのためには一度、降りてもいいし、別の道を探してもいい、最後まで諦めていないのだからそれは逃げたのでも努力していないのでも、頑張っていないのでもないのです。

人生は、ちゃんと自分の目的に向かうように潜在意識や内面の自分、あるいは本当の意識は導いていくものです。それを信じて、道は無数にあると思うこと、これしかないではなく、あれもあるこれもある、自分にしかない道があると辿り着くことの中に人生の妙味があるように思います。

追い込まれないよう、追い詰めないよう、自然体で何でもちょうどよかったと楽しく融通無碍に道を歩んでいきたいと思います。

一線を越える人

昨日まで神奈川から私の尊敬する方が滞在されていました。この方は、若い時から自由に生きていてすべてのことに対して一流の感性を磨かれています。その方がつくるものは、すべて芸術品でそこには一切の妥協もありません。自分というものを知り、自分というものを探して日々に研鑽を怠らない。まるで剣道の達人のような風情を醸し出しています。

最初にお会いした時も、その佇まいは徹底されており二度目にお会いした時は愛や懐、その大きさを感じました。三度目にお会いした時は、愛の深さや厚い優しさ、純粋な生きざま、人間力を感じました。

かつて西南戦争のとき中津藩の武士、増田宋太郎という人物が西郷隆盛のことを「一日先生に接すれば、一日の愛生ず。三日先生に接すれば、三日の愛生ず。 親愛日に加わり、去るべくもあらず。今は善も悪も死生を共にせんのみ」とまでいった言葉があります。

人は人間力を観るとき、その人の器の大きさ、そして一緒にいることでその人の深い愛を感じるのです。自由に生きると愛を生きることになります。そして愛に生きる人に触れると人はその愛の大きさに感動するのです。

人間力を磨き上げていくなかで、人は同時に愛も高めていくように思います。西郷隆盛は「敬天愛人」を座右の銘にしていました。まさにそれを感じる一日になりました。

人は感動することと、感動させるということがあります。人を感動させるというのは、その人が一線を越えていることを感じさせます。この一線とは何か、それは私心を捨てるような一線ではないかと私は思います。西郷隆盛は、「総じて人は自分に克つことによって成功し、自分を愛することによって失敗するものだ」ともいいます。

人は何かのためにという目的を持ちます、そしてその目的はそこにいのちを懸けてでもというものがあります。その人が、それをするのは何かのいのちを懸けているのです。そういう本来の自分というものを持てる人は、自由人であり仕合せな人であろうと私は思います。

人生の中で、同じような生き方や生きざまを志す人に出会い、薫風をいただけることはとてもありがたいことです。子どもたちや未来世代のために、学んだこといただいことをさらに研鑽を積み、還元できるように精進していこうと思います、

ありがとうございました。

道育

世の中では有名でなくても偉い人といわれていない人でも立派な方がたくさんおられます。市井の賢人や偉人、あるいは聖人ともいうべき人がおられます。その方々の生き方や言葉には、知恵だけではなく魂が宿っていて心を深く打つものです。

人にはそれぞれに気づいたり学んだり発見したりとタイミングがあります。そのタイミングは、鳥の雛が卵から産まれ出ようと殻の中から卵の殻をつついて音をたてた時、それを聞きつけた親鳥がすかさず外からついばんで殻を破る手助けをする啐啄同時と同じです。

求めているときに、絶妙な手助けがある。これはまさに一緒に学び合い育ちあう関係だからこそ実現するものです。

そう考えてみると、これはすべての生き物に当てはまることです。植物であっても、種を蒔いても芽が出るかどうかは種によります。いくら雨が降っても、求めていなければ芽吹くことはありません。また季節のこともあり、栄養なども同じです。昆虫も等しく、それぞれがそのいのちの成長に従って適切に与える存在があることで啐啄同時は存在することができるのです。

今の時代のように、詰め込み教育や放置教育ばかりをしていたらこの啐啄同時のことはわからなくなるでしょう。覚えないのは単に勉強不足と思うようになり、できないのは指導者やその環境が悪いからとなるのかもしれません。

本来、教育というのは道の中にあるものです。志を持つ者同士が、どのようにその道を歩んできたのかを訪ね、そこにお互いに必要な知恵を分け合います。またそれぞれの徳性や性格、そして才能や感性などの異なりもあり適切にアドバイスをし研鑽する方法を導いていきます。

それぞれに道で学んできたことがありますから、お互いにその道を語り合い学び合うときに道がまた拓けていくのです。教育というのは、本来は道育であり、自然と共生して存在するようなものです。

子孫のためにも、あるべき原点を学び直しながら新たな道を拓いていきたいと思います。

捨聖の甦生

空也上人の生き方に憧れて遊行を実践した人物に、一遍上人がいます。この人物は鎌倉時代の方ですから空也上人が逝去されてから270年後の人物になります。一遍上人特に止住する寺をもたず、一生涯全国を巡り、衆生済度のため民衆に踊り念仏をすすめ、遊行上人(ゆぎょうしょうにん)、捨聖(すてひじり)といわれた方です。

その一遍上人が門人への説法で空也上人がどういう人物であったかを語られています。そこには、こうあります。

「また上人、空也上人は吾が先達なりとて、かの御詞を心にそめて口ずさび給ひき。空也の御詞に云(いわく)『心無所縁(中略)譲四儀於菩提《心に所縁なければ、日の暮るるに随つて止まり、身に所住なければ、夜の明くるに随つて去る。忍辱の衣厚ければ杖木瓦石を痛しとせず。慈悲の室深ければ、罵詈誹謗を聞かず。口に信(まか)する三昧なれば、市中もこれ道場。声に随ふ見仏なれば、息精即ち念珠なり。夜々の仏の来迎を待ち、朝々最後の近づくを喜ぶ。三業を天運に任せ、四儀を菩提に譲る》』と。

木造空也上人像にある、口から迸る六波羅蜜(布施・持戒・忍辱・精進・禅定・般若)の実践とはこのような遊行の姿を示されたことがわかります。暮らしの中で、生き方として念仏の生き方を実践されたことが何よりも尊いと感じます。遊行のなかで如何に暮らしの徳を磨いていくか、まるで仏陀のような生きざまに感銘を受けます。

またこうもいいます。

『求名領衆(中略)更盗賊怖《名を求め衆を領すれば身心疲れ、功を積み善を修すれば希望多し。孤独にして境界なきにはしかず。称名して万事を抛(なげう)つにはしかず。間居の隠士は貧を楽とし、禅観の幽室は静なるを友とす。藤衣・紙の衾はこれ浄服、求め易くして、さらに盗賊の怖れなしと》』

閑居で暮らせば貧も楽しく、座禅のように暮らせば静寂であることが仕合せである。シンプルな衣装や紙の袋は手に入りやすく清浄である、それに盗賊に奪われるものもないとあります。

「上人これらの法語によりて、身命を山野に捨て、居住を風雲にまかせ、機縁に随て徒衆を領し給ふといへども、心に諸縁を遠離し、身に一塵もたくはへず、絹帛の類を膚にふれず、金銀の具を手に取る事なく、酒肉五辛をたちて、十重の戒珠をみがき給へりと云々。」

このように空也上人は、いのちは山野に捨て居住を持たず云々とあります。つまりは、色々なものを手放してそぎ落とされて顕現した徳そのものの姿があったように思います。

今の時代でも空也上人のような生き方ができるでしょうか。この時代のことに思いを馳せてみると、政治的な宗教が盛んな世の中で民衆の中で何も持たずにただ遊行している姿で歩んでいく僧がいる。

文字も読めず学識もそんなにない民衆に、さらにいうなら言葉も異なり地域の特殊な文化があるなかで普遍的な徳の生き方を伝道し伝承していく、ただ南無阿弥陀仏と唱えるだけでいいと。そして上記のような、六波羅蜜の姿を体現してみせること。

そぎ落とした先にあったのがこの念仏だったと思うと、今の時代でもこれはとても大切なことがわかります。知識をつけて、みんな言葉も文化も理解している世の中ですが苦しみは相変わらず増え、さらに執着や欲望や争いは際限なく拡大を続けています。

手放したりそぎ落としていくというのは、私の言葉では「磨く」といいます。磨いてシンプルにしていくことは、足るを知る暮らしを甦生することになり一人一人が徳に目覚める生き方になっていくように思います。

先人の遺徳を偲び、その道を後から踏みしめながら道を甦生させていきたいと思います。