場数の妙

私たちはバランスや調和の中で進化、変異を続けている存在です。これは昨日、ウイルスのことでも書きましたが何度も繰り返されるプラスとマイナスを組み合わせてゼロにしていく中で何回もしくは何億回に1度にだけ調和ミスが起こり形が生み出されていくのです。

広大な宇宙の仕組みと、この身近の最小の仕組みは原理と法則に従って同じことが発生しています。つまり私たちはどんなに分かれていると思っていても宇宙という空間の中で存在しているものですから当然、宇宙の原理原則の中にあるのです。

神話には、伊弉諾と伊弉冉の話で1000人をこれから黄泉の国に連れていくといったら1500人産み続けて増やし続けるという話がありました。もともとはこの世に死というものがなかったものが、このことで発生し、生死の数が微妙にずれるということになったのです。

現代科学でも、素粒子や原子や電子のことがわかってきています。もともと天文学的な回数の調和と破壊の繰り返しの中でのゼロが、ある時突然変異して形というものが出てくるということまでは解明されてきています。

これは私の仮説でもありますが、太陽系も銀河系も、この世の宇宙は基本的には規則正しく相対的なものが毎回、お互いの性質によって消しさってゼロになります。しかし物凄い回数か時間をかけて、ほんの小さな変化が誕生します。それはどちらかの性質がほんの少しだけ強いということでしょう。先ほどの神話であれば、生成するエネルギーの方が崩壊するエネルギーよりもほんの少しだけ強いということになります。

宇宙の本質は、無から生成発展していくということです。物を産み出す原理はこの循環の中で誕生する微細な変化が偶然にも奇跡的にも現れるということでしょう。発明もまた何度も何度も繰り返す中で、エジソンが電球を産み出したように誕生するのです。

そう考えてみるとき、私はこの「場」で誕生する「場数」というものが大きな意味を持つことを感じます。場は、現代科学では場の量子論というものが解明されてきています。場には、素粒子や波動がありまるで空間の中の無に意志が宿るように場が存在するというのです。

私は場の道場を運営し実践していますが、場は繰り返す中で場数が誕生し、その中で奇跡もまた発生してくるのを何度も見てきました。これを場数の妙と名付けています。私たちはこの宇宙の真理を語るのに、この「場」の存在がこれからは何より重要であり、場数とは人類が新たな困難を乗り越えるために必要な思想であり原理になるのは自明の理です。

子どもたちのためにも、場数の価値を伝承し場数を磨いていきたいと思います。

漬物の智慧

昨日は、妙見高菜の漬物のお手入れを行いました。今年の春先に漬けたものはこの時期に次第に塩が抜けて漬け直しが必要になります。もともとこの漬物の原理は、科学で分かっている部分とわかっていない部分があるように思います。

私は石も自然石にこだわっていますが、同じ重しでも出来上がりが異なるのです。他にも木樽で、その漬物の小屋を発酵させるような場にしていますから環境が整っています。しかし今でも、毎回発見があり、この漬物の奥深さに驚くばかりです。

今回は、一樽だけ失敗してしまい腐敗してしまったものがありました。これは蓋が少し大きかったので樽のサイズにあわずに重しがかからなかったからです。しかし水が上がっていたのですが味も香りもやや腐敗に傾いていて厳しいものがありました。

この漬物は科学的には乳酸発酵によって醸成され仕上がっていきます。発酵の世界では、乳酸菌と腐敗菌の働きによって絶妙に調和されて漬物はできます。乳酸菌は塩の中でも平気で空気がなくても元氣に活動できます。しかし腐敗菌は塩や酸が苦手です。漬物の塩分がなくなり空気がたくさん入ってくると腐敗菌の方が増えていき食べ物は腐敗して人間には食べれません。

もともとこれらの乳酸菌や腐敗菌は、分解者です。自然界では循環を促し、最終的には土に帰す役割を持っている微生物です。その微生物たちの代謝から産まれた成分によって私たち人間も栄養などを吸収することができています。

私たちすべての生き物は、他者の働きによって栄養を得ていてこれが自然の共生原理でもあります。よく腐敗したものを食べると食中毒になると思い込んでいる人がいますが、腐敗菌は別に食中毒菌ではありません。香りや味わいがアンモニアを含め、腐敗に傾くのであって腐敗菌から出てくる働きを栄養にするものにウジ虫やハエ、その他の生き物が集まってきますが食中毒菌がいるとは限りません。

もともと食中毒菌は、ボツリヌス菌や、サルモネラ菌、赤痢菌、ノロウイルスなどもありますがそれぞれは付着していたら腐敗していない食べ物を食べても食中毒になります。手洗いや熱での消毒が必要な理由でもあります。その中のいくつかの微生物は、増えすぎて食中毒になるものと、少し付いているだけでも食中毒になるものがあります。

身体に異物としてその微生物を感知しますから、すぐに下痢や嘔吐でその微生物を体外に排出しようとするのです。人間の身体には、100兆匹の微生物で構成されています。種類も相当な数のものがいます。その中でも合わないものがあるから食中毒になるのです。

乳酸菌といっても、あらゆる菌が組み合わせっているものです。それを美味しいと感じるところに人体の不思議があるのです。私たちが普段食べている、チーズや納豆、キムチや漬物、甘酒やワインなどあらゆるものはこの乳酸発酵のもののおいしさです。若々しく細胞を保つのに、腐敗の方ではなく乳酸の方を多く取ろうとするのはそれだけ人間の体内の微生物がその働きの栄養素を欲しがっているからでしょう。

漬物の不思議を書くはずが、微生物の話になってしまいましたが私はこの漬物の持つ智慧は未来の子どもたちに必ずつながなくてはならないものだと確信しています。発酵の智慧、重力や引力の智慧、場づくりの智慧、炭の智慧、樽の智慧、塩梅の智慧、太陽や日陰の智慧、風通しの智慧、季節や作物の育て方の智慧、ウコンなど植物の智慧、手入れの智慧、めぐりの智慧、郷土の智慧、醸成の智慧、、まだまだたくさんありますが智慧の宝庫がこの漬物なのです。

子どもたちに暮らしフルネスを通して、大切な智慧を伝承していきたいと思います。

いのちを守る実践

土地本来の樹木で森を再生する植林活動に長年取り組んだ植物生態学者で横浜国立大名誉教授の宮脇昭さんが先月、お亡くなりになりました。森林再生で「宮脇方式」(ミヤワキメソッド)を発明して4000万本の木を植え世界に貢献しました。

宮脇さんは、現在の多くの土地や森は過度な土地の開拓や、商用林の過剰などの現代人たちがやってきたことで土地本来の多様性や強さを失ってしまったといいます。その土地に適した植物を使って自立する森をつくることで自然本来の姿に戻そうというのが宮脇さんの提案することでした。

シンプルに言えば、本来の森に帰す、森の育ちを邪魔しない方式、自然農も同様に自然を尊重する甦生の仕組みということになります。

具体的なメソッドの特徴は、「本物の自然に帰す」「混色して密集させる」「毒以外は資源にする」「スコップ一つで誰でもできる」など、生態系を活かす知恵が仕組みの中にふんだんに取り入れられています。この方式で、300年の森を30年で実現させ、都市部にも生態系との共生を実現させています。つまり世界のあちこちで日本の伝統の鎮守の森をつくり守り育てる活動が広がっているのです。

地球温暖化で、一昨日から故郷では記録的豪雨で水害が起き、世界では熱波や山火事、そして砂漠化や砂嵐、バッタなどの大量発生、ウイルスなど気候変動はもう待ったなしで人間に襲い掛かってきます。この原因をつくったのは人間ですから自業自得ともいえますが、だからといってこのまま指をくわえて何もしないというわけにはいかないのです。子どもたちがいるからです。

未来のために何ができるか、そこでよく考えてみるとやはり唯一の方法は「自然を敵視せず、自然を尊敬し、自然と共生する」しかないと私は思います。そのために、どうやったら自然と共生できるかをこの日本から世界に発信していく必要があるのです。

私の提案する暮らしフルネス™の中には、この生態系と共生する智慧も暮らしの実践の中に入っています。発酵の智慧も、自然農の智慧も、生き方の智慧も、この森林甦生の智慧もまた暮らしの一つです。

日本人は、本来、スギやヒノキや松は暮らしの中で活用することが前提で植樹を続けていました。その暮らしをやめてしまっているから潜在自然植生も失われて森が荒れてやせ細っていったのです。近代の文明を全部をやめて、商業的利用をすべて停止してなどといっているわけではありません。

本来の豊かな暮らしは、半分は自然との調和、半分は人間社会での発展というバランスの中に心と物の両面の真の豊かさと和、仕合せがあります。極端な世の中になっているからこそ極端な対策が出るのであって、最初から調和していればそれは日々の暮らしの小さな順応で十分対応できたのです。

最後に宮脇さんの遺した「いのちの森づくり」の言葉を紹介します。

「日本には、世界には無い『鎮守の森』がある。木を植えよ!土地本来の本物の木を植えよ!土地本来の本物の森づくりの重要性を理解してください。土地本来の森では高木、亜高木、低木、下草、土の中のカビやバクテリアなどいろいろな植物、微生物がいがみ合いながらも少し我慢し、ともに生きています。競争、我慢、共生、これが生物社会の原則です。いのちの森づくりには、最低限生物的な時間が必要です。潜在自然植生の主木は深根性、直根性で、大きく育った成木を植えても育ちにくいものです。大きくなる特性を持った、土地本来の主木群の幼苗を混植・密植します。生態学的な調査と知見に基づいた地域の潜在植生による森づくり、いのちと心と遺伝子を守る本物の森づくりを今すぐ始めてください。潜在植生に基づいて再生、創造した土地本来の森は、ローカルにはその土地の防災・環境保全林として機能し、地球規模にはCO2を吸収・固定して地球温暖化の抑制に寄与します。生態学的には画一化を強要させている都市や産業立地の生物多様性を再生、保全、維持します。さらに人間だけではなく人間の共生者としての動物、植物、微生物も含めた生物社会と生態系、その環境を守ります。本物の森はどんぐりの森。互いに競争しながらも少し我慢し、ともに生きて行く、というエコロジカルな共生を目指しましょう!あくまで人間は森の寄生虫の立場であることを忘れてはいけません!森が無くなれば人類も滅びるのですから。」

私が感銘を受けたのは、本物は耐える、そして本物とは何か、それは「いのち」であるということです。一番大切なものは「いのち」、だからいのちの森をつくれと仰っているように感じます。

いのちの森は、鎮守の森です。鎮守の森は、古来よりその場の神奈備が宿る場所、それを守り続けるのはかんながらの道でもあります。子どもたちの未来のために、私も子どもたちのために未来のために、いのちを守る実践を公私ともに取り組んでいきたいと思います。

 

文化財の本質

文化財のことを深めていますが、実際の文化財というものは有形無形に関わらず膨大な量があることはすぐにわかります。私の郷里でも、紹介されていないものを含めればほとんどが文化財です。

以前、人間国宝の候補になっている高齢の職人さんとお話したことがあります。その方は桶や樽を扱っているのですが50軒近くあったものが最後の1軒になり取り扱える職人さんもみんないなくなってしまい気が付けば自分だけになったとのことでした。そのうち周囲が人間国宝にすべきだと言い出したというお話で、その方が長生きしていて続けていたら重宝されるようになったと喜んでおられました。

このお話をきいたとき、希少価値になったもの、失われる寸前になると国宝や文化財になるんだなということを洞察しました。つまり本来は文化財であっても、それが当たり前に多く存在するときは文化財にはならない。それが失われる寸前か、希少価値になったときにはじめて人間はそれを歴史や文化の貴重な材料だと気づくというものです。

そう考えてみるとき、私たちの文化財というのもの定義をもう一度見つめ直す必要があると感じます。実際に、私は暮らしフルネス™を実践していますが身のまわりのほとんどが伝統文化をはじめ文化財に囲まれてそれを日常的に活用している生活をしています。

これを文化財と思ったこともなく、当たり前に日本の文化に慣れ親しみ今の時代の新しいものも上手に導入して流行にも合わせながら生き方と働き方を一致して日々の暮らしを味わっています。

そこには保存とか活用とか考えたこともなく、ごくごく自然に当たり前に暮らしの中で文化も文明も調和させています。農的暮らし、ICTの活用、和食に文明食になんでもありです。

そしてそれを今は、「場」として展開し、故郷がいつまでも子どもたちが安心して暮らしていけるように新産業の開拓と古きよき懐かしいものを甦生させています。私は文化財が特別なものではなく、先人たちの有難い智慧の伝承を楽しんでいるという具合です。

本当の問題は何かとここから思うのです。

議論しないといけなくなったのは、何か大切なことを自分たちが忘れたから離れたからではないかとも思うのです。山岳信仰も同様に、山の豊かさを味わい畏敬を感じてそこで暮らしているのならそれは特別なものではありません。そうではなくなったからわからなくなってしまい、保存とか活用とかの抽象論ばかりで中身が決まらないように思います。今度、私は山に入り山での暮らしを整えるつもりです。そこにはかつての山伏たちの暮らしを楽しみ、そして流行を取り入れて甦生するだけです。

何が文化財なのかと同様に、一体何が山岳信仰なのかも暮らしフルネス™の実践で子どもたちのためにも未来へ発信し歴史を伝承していきたいと思います。

人間がわからなくなっていくときこそ、初心や原点に立ち返ることです。この機会とご縁を大事に、恩返しをしていきたいと思います。

季節感の幸福

私たちの暮らしには季節感というものがあります。この季節はこの風物詩というように季節のリズムと共に歩んでいます。四季折々に私たちは小さな変化を季節から感じとって自然の流れに身を任せていきます。

なぜそれをするのかといえば、その方が豊かで仕合せなことだからです。私たち人間のもっている感性の磨き澄み切った場所にある幸福感とは自然と一体になることです。

自然から離れ、私たちは便利な世の中にしていき人間社会を発展させてきましたがそれと反比例して幸福感というものの感性は鈍ってきました。精神的にも病む人は増え、空しい比較競争ばかりで疲れてきています。

本来、私たちすべての地球上の生き物は足るを知る暮らしを知っており自然と共に生きていく中で真の幸福を味わい、この世に生まれてきた喜びを心から享受してきました。

何もない中に深い味わいのあるいのちがあり、そのいのちが活かされていることを知り自分の役割を知らずして知るという具合に存在そのものへの感謝を味わい暮らしをしてきたのです。

そういう意味で、四季折々の変化を味わうということが幸福感と直結していることは自明の理です。

忙しすぎる現代人において、只管お金を稼ぐために色々なものをそぎ落として暮らしを喪失していきましたが子どもたちには本当の豊かさ、真実の幸福を味わえる環境を用意していきたいと願います。

暮らしフルネス™の実践と場が、未来を幸福にしていくことを祈り今日もご縁を結んでいきたいと思います。

気づくことの大切さ

人は何でも失ってみてはじめてわかるものがあります。ある時は、当たり前と思っていてもなくなってしまうとどれだけ大きな存在であったかということに気づくのです。

私たちの心には、いつも繋がっている存在がありその存在によってご縁を結んでいます。その結んでいるご縁の存在にどれだけ心が救われているのかと思うと計り知れないものであることに気づきます。

例えば、居場所という存在、信頼する人とという存在、心の拠り所というものがあります。

私たちは生きていく中で、お互いを支え合い助け合い自分を立てていることに気づきます。自分の人生の中で、深く関わっているご縁は安心基地を醸成していきます。その安心基地の存在は年齢と共に少しずつ変化していきます。

私たちは人生の中で、最初に父母に恵まれ、家族に恵まれ、友人、仲間、あらゆるものに恵まれてその人生を成り立たせていきます。どの存在も深く自分というものに結ばれているもので、そのどれが欠けても自分というものはできません。

そう考えてみると、この自分というものを形成するのは周囲の存在があってこそということに気づきます。その存在が喪失していくことの深い悲しみ、そして新しい存在が誕生することの仕合せ、こうやって私たちの心はそれぞれに拠り所と出会い人生を彩るのです。

失ってみてはじめてわかるのは、自分の心の拠り所の一つであったという事実。そして一緒に生きてお互いに助け合い支え合って生きてきたという事実。さらに、お互いに愛を与えあい結ばれた存在であったという事実があるということです。

ずっとあると思えば、どうしても粗末になってしまうのが人間です。なくならないと思うから大切にしなくもなるのです。しかし、加齢とともに出会いと別れを繰り返していくとそれがいつかは失われていくことに気づいていきます。

だからこそ、このかけがえのない一瞬、一期一会を大切にしたいと心が感じるようになるのです。失いかけて気づくものもあれば、失って気づくものもある。そして失わずに気づくこともあります。

私たちは気づきをし、心を取り戻していきますから大切なことに気づく日々を過ごしていきたいと思います。子どもたちにも、このかけがえのない日々に感謝できる環境を見守り続けていきたいと思います。

そうめんの由来

昨日は、藁ぶき古民家の和楽で息子たちが青竹から準備してくれて「流しそうめん」を楽しみました。まさに夏の風情というか、雰囲気でだけでも涼が味わえ豊かな時間を過ごすことができました。

この「流しそうめん」は、最初は青竹で器をつく井戸水で冷やしたそうめんを食べたことで発想されたものではないかともいわれています。そのそうめんを流すようになったのは宮崎県の高千穂峡の真名井の滝の傍にある「千穂の家」が発祥といわれます。発案は、もともと江戸時代に琉球で薩摩の役人をおもてなすときに那覇湾の崖の上から落下する綺麗な泉流の上源からそうめんを流して、途中ですくって食べてもらうということをやっていたものがありました。このことをヒントに昭和30年頃にこの高千穂峡で本格的に流しそうめんがはじまったのです。

もう一つ、似た名前のものに「そうめん流し」があります。呼び方の順番が逆になっただけですが、実際には違いがあります。これは鹿児島県の指宿市にある「市営唐船峡そうめん流し」として昭和37年に発案されたものです。最初は同じように流しそうめんではじめていますが、途中で当時の町の助役さんが回転式のそうめん流し器を発明しました。回転式ですから、みんなで囲んで丸くなってそうめん流しを楽しめるということで珍しさと面白さと相まって人気が出ました。この助役の人はそのあと町長になっています。

ということで、竹で縦にそのまま流すのが流しそうめんで回転式のものがそうめん流しということになります。

このそうめんの呼び名の由来はもともとは「索麺」と書き、中国大陸から伝わったものです。「索」とは「なわ、つな」という意味でそこに麺が入り、小麦粉を練った細長い食べ物という意味になります。つまり「なわ、つわのような麺=そうめん」と呼ぶようになったのです。

このそうめんが伝来したのは隋か唐の7~8世紀頃(飛鳥時代~奈良時代頃)といわれますが、北宋の時代や室町時代などまちまちです。この「索麺」「索餅」という字が現代のように「素麺」となるのは麺が白いことから白い意の「素」の字を当てたとする説や、「索」の字を書き間違えたとする説もありますが今はほとんどこの「素麺」になっています。

むかしは、そうめんは庶民が食べれるものではなく宮中の七夕などの行事の時に用いられました。それだけ高級で敷居の高い食べ物でした。現在では、どの家でも夏は素麺というくらいみんな一年で一度は食べる夏の風物詩になりましたが歴史が長い食べ物の一つなのです。

こうやって一年で、節目節目に伝統的なものを上手に現代に活かしながらその大切な要素はそのままに新しくしていくことに豊かさを感じます。夏はまだまだこれから暑くなっていきますが存分に夏を味わいたいと思います。

富と徳の天秤棒 ~近江商人の初心~

近江商人の生き方をもう少し深めていますが、文化2年(1805)、近江商人の第一人者・初代中井源左衛門という人がいます。この方は長い商いの体験から得た人生訓を、浄土宗を開いた法然上人の一枚起請文にならい子孫に「金持商人一枚起靖文」を書き記しています。

「一、世間では『金を溜める人は、運がいいからで、金が溜まらないのは自分に運がないからだ』と言うが、それは愚かで大きな誤りだ。運などというのは無いのだ。金持ちになろうと思うなら、酒宴や遊興、贅沢をやめて長生きを心掛け、始末第一に商いに励むより方法はない。他に欲深いことを考えると、先祖の慈悲にも、天地自然の道理にもはずれることになる。ただし始末とけち(原文では「しわき」)とは違う
。無知な人は、これを同じように考えているが、けちの光はすぐに消えてしまうが、始末の光は現世の極楽浄土を照らすものだ。二、これを心得て実行する人が、五万、十万の大金ができることは疑いない。ただし、国の長者と呼ばれるようになるには、運も必要で、一代でなれるものではない。二代、三代と続き、善人が生まれて、はじめて長者と呼ばれる家になる。そのためには、陰徳・善事を積むことより方法はない。のちの子孫の奢りを防ぐために書した」

さらに意訳ですが、金が溜まるのは運ではない。質素倹約につとめて長い目で観て事の本末を見据えて謙虚に励むこと。そしてこれを実践すれば長い期間を得てお金は溜まる。それは何代も世代を超えて陰徳を積むから長者が出るのだと。だからこそこれを心得なさいということでしょうか。

お金持ちなったのは、先人たちの遠い子孫を思い、理念を定め徳を積んだ実践の御蔭なのだということでしょう。

例えば近江商人の中井正治右衛門は瀬田の唐橋の一手架け替えを1818年に完成しました。この工事の費用は全体で1千両かかったのですが、さらに幕府に3千両を寄付したとあります。その理由は工事の費用1千両にあわせて、後の橋の補修や架け替え等が必要だと気づき残りの2千両をそのことに使ってほしいという事での寄付でした。

長い目で観て、計画を立てて実行し、陰徳善事を盡していくところにお金持ちになる所以があります。つまり近江商人の実践の素晴らしさは、先祖からの恩恵を忘れずにそれを子孫たちへさらに陰徳を偉大にして受け継いでいくことにあるように思います。

また近江八幡出身の江戸中期の歌人の伴蒿蹊は、家訓として「陰徳あれば陽報ありとて、かくのごとく常々つとむれば、目に見える幸を得て繁盛すべし。此幸を得るためとあてにしてするは陰徳にあらず、無心にてすれば自然にめぐるなり。」と常に陰徳を積むものが富むというその富の循環の道理を語ります。

つまり近江商人はまず徳を重んじて、それ相応の富をまた陰徳につぎ込みながら地域や日本を仕合せにする実践を大切にしてきたように思います。富に相応しい徳があるかどうか、また徳が富に相応しいかどうか。天秤棒を担いで行商をしたといいますが、ひょっとするとその徳と富を常に天秤にかけていたのかもしれません。

今の時代、冨ばかりが優先されてケチになり徳があまり意識されることがありません。しかし本来は、徳があって富があり、冨があるのは徳の御蔭ですから私たちはよくよく日々の事業の本末や始末と正対して天秤にかけて内省していく必要があるように思います。

子どもたちのためにも、近江商人の生き方からの智慧を伝承していきたいと思います。

 

近江商人の智慧

先日、近江商人のことを深める機会がありました。三方よしという言葉で有名な近江商人ですが、この三方よしという言葉も昭和のころに言われた出した言葉だそうです。

一般的にはこの三方よしとは、「売り手よし 買い手よし 世間よし」の三方みんなが善しになるように商売を行うという意味です。

近江商人はあくまで近江に拠点を置き、全国各地で商いをしていたといいます。なのでその土地で商いをはじめるにあたり、長い目線で商いができるようにと配慮していたといいます。つまり末永くお互いに商売をするために、その地域に還元するように利益を正しく得て商いをしていたというのです。

現代では、会社とお客様との関係だけで商売が行われることがほとんです。地域への還元というとその中の一部の会社だけが行われ、地域活動はほとんど行政などの自治体が行われています。しかしかつての日本は、地域活動や奉仕は商売をする商人たちが中心になって行われていました。

治水や橋をかけたり、また森を育てたり、灌漑設備を整えたりもすべて商人たちの利益から還元されていきました。つまり、商人が得た利益は私物化せずにそれはきちんといただいた場所や社会に還元するという意識が当たり前にあったのです。これを商人道としたのです。

近江商人は特にそれが家訓をはじめあらゆる意識の中の基本に根付いているように感じます。いくつかの家訓を観ても、例えば「義を先にすれば、後に利は栄え、富を好とし、其の徳を施せ」というものがあります。先義後利栄ともいいます。また「商売が繁盛して富を得るのは良い事でその財産に見合った徳で社会貢献をすることが重要である」という好富施其徳といいます。

そのどれもがとても長い目で観て、永続して商いができる道を模索していき産み出されてきた家訓と生き方なのでしょう。

これからの時代、先人たちの智慧に倣い、企業がその地域の徳を甦生させていく必要を感じます。これは税金の使い道がどうこうという話ではなく、みんなで本来の商いの道に原点回帰する必要を感じるからです。

如何に地域に還元していくか、そのために利益を正しく設定していくかは具体的な陰徳善事の奉仕によります。みんながそうやってそれぞれ地域で長い目で観て陰徳を実践していけば日本だけではなく世界はより末永く平和が持続して真に豊かな暮らしを享受されます。

子どもたちの未来のことを考えて、今居る場所から易えていきたいと思います。

暮らしフルネスの役割

国内総生産のGDPというものに替わる概念として国内総充実のGDWという言葉があります。このGDWは「Gross Domestic Well-being」の略称です。具体的には物質的な豊かさだけでなく既存のGDPでは測ることのできなかった「精神的な豊かさ」(主観的ウェルビーイング)を測るための新しい尺度のことを言うといいます。

GDPの方は、「Gross Domestic Product」の略称で国内総生産のことです。これは一定期間内に国内で新たに生み出されたモノやサービスの付加価値のことをいいます。シンプルに言えば、指標のプロダクト主義からウェルビーイング主義への転向といってもいいかもしれません。

今までは物質的な豊かさを生産することが幸福の指標としたものが、これからは精神的な豊かさ、心の満足度や充実度を幸福の指標にしようとする考え方へとシフトしようとする概念です。

もともとこの考え方は経済指数を示す国民総生産(GNP)よりも国民総幸福量(GNH)を重要とするブータンの提唱によって世界で意識されていきました。資本主義的な経済価値を求めるGNPやGDPではなく、国民の心理的な「幸福感」「充実感」などを示すものにGDWを活用していこうというのです。

よく考えてみるとすぐにわかりますが、人生は決して物質的なものだけが膨大に増えてもそれですべてが手に入って満足しても充実するとは限りません。例えば、皇帝や王様などすべてが物質的に手に入っても本当の意味で幸福ではなかったという歴史の話はたくさんあります。心の渇望を物質で満たせても、それは一時的なもので永続するわけではありません。物をただ多く持つことはかえって幸福度を下げてしまうこともあるからです。

だからこそこの時代、従来の豊かさで得られなかった真の幸福とは何かを問い始めたということでしょう。人類がいつも青い鳥を探しているのはむかしから何も変わらないものです。

改めてウェルビーイングを調べてみると初めて言及されたのは1946年です。これは世界保健機関(WHO)設立にあたって考案された憲章にこう書かれました。「Health is a state of complete physical, mental and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity.」と。これは意訳ですがこれは真の健幸は、病気や弱っていないとかではなく、精神的にも社会的にも「全体として快適で充実している」ということだとおおよそ定義しました。

もっと簡単に言えば「人生においての居心地の善さ」といってもいいかもしれませんが一人ひとり、その人がその人らしく生きられる世の中になっていて、それが全体快適になり人類全体で永続する暮らしを味わえる状態になっているということでしょう。これは平和な社会と平和な暮らしの実現でもあります。

この問いはそもそも人はなぜ生まれてきたのか、何のために生きるのか、ふと立ち止まってみるとすぐに誰もが考えるものです。本当は、この地球に生まれてきてから私たちは真の豊かさを備わって誕生してきました。足るを知る世界に入るのなら、誰もがその幸福に気づくものです。

しかしあれが足りない、これが足りないと、わかりやすい成長と繁栄ばかりを追い求めてきた結果として自然環境が人類の都合で悪化し、空気や水やその他の暮らしのリズムなど、当たり前に存在してきた偉大な幸福も急激に失われているのが現状でもあります。

今、まさに人類は世界の中で真の豊かさについて議論をしだしたということでしょう。人類は、今、大事な分水嶺にいてその「選択」によって未来の子どもたちに影響を与えます。今の世代の責任として、子孫のために何を選択していくか。それが問われているのです。

もともと日本人の先祖は「和」を尊びました。私たちは今、世界の一部としての日本となりました。世界は様々な文化と融和し、新しい世界を切り拓いています。だからこそ日本から私たちは真の豊かさを発信する必要があると思うのです。それが私たちの役割であり、世界に貢献できる真のウェルビーイングの定義の提唱になるのです。

世界が一つになっていくからこそ、この問題は人類は決して避けては通れません。日本から何を伝道していくか。まさに今こそ、私たちはこの問いに正面から向き合い発信していく責任を果たすべきでしょう。

子どもたちのためにも、概念論だけではなく実態をもった智慧を「暮らしフルネス™」を通して引き続き実践していきたいと思います。