家祈祷の意味

家運というものがあります。私は古民家甦生をして家には運というものがあることに気づきました。最初は、見た目だけの雰囲気や場所などを意識していましたが実際に手掛けてお手入れを続けているとそこには確かに家運というものを感じます。

家は末代までと祈祷するのが、家祈祷です。それぞれの初代が棟上げのときに大工棟梁や家人らと共に家の行く末を祈りました。そこにはその家の子孫たちの家運長久を祈る人たちの祈りや願いがあります。そして一家の平安と無事を祈り続けてきた家人たちの暮らしがありました。

それが代々を重ねることで豪壮になり、時には衰退していきました。栄枯盛衰を繰り返しながらも、家は続き、次の人へとそのいのちのバトンを渡していきます。一家というものは、どこの範囲までを一家とするのか。血筋の集まりもあれば、同じ目的で生きる仲間の時もあれば、その家の飯を食べた人というものまであります。

家運を高め磨くことで、その家は力をいつまでも貯え力を発揮するのです。

ではそのように家運を高めるのか、それは日々の暮らしをどのようにその家で行うのか、そして祈るのか、味わうのかに関係してきます。

一つには、お手入れという掃除があります。これは感謝することです。感謝を具体的な行動にするとき、人はお手入れやお掃除をします。そのものや場所、道具に深く感謝して時には修繕し、時には調えて、丁寧に磨きあげていきます。玄関や床の間など、また厨房の煤払いをします。

そしてもう一つの祈りは、日々にそこに何か偉大な存在がいるかのように尊敬しながら手を合わせて暮らします。主人の生き方がその場に投影していきます。味わうのは、その家が喜ぶように暮らし味わうことです。一緒にその時代を生きる思い出を彩る家庭として、家での思い出を深く味わい盡すことで元氣が出てきます。家は喜ぶことで、イキイキするのです。

こうやって家運を高めていくことで、私たちはその恩恵も御蔭様もいただき仕合せや豊かさを味わえます。そして、その大切な節目を一家で大切に過ごすことが家祈祷です。

今日明日は、一年の感謝を家祈祷をしながら過ごします。日本人のやまと心ややまと魂を結ぶ暮らしフルネスの実践を子どもたちや子孫へと伝承していきたいと思います。

井戸の豊かさ

昨日は、井戸の無事を祈願した神龍八大龍王神社に御礼参りに伺ってきました。今回の井戸は、最初から困難続きで不可能とも思え何度も諦めそうになることの連続でした。何度も絶体絶命で神様頼みをするなかで、何とか最期まで掘り抜くことができお水も申し分ないほどに湧き出るところまでになりました。

振り返ると、元々その場所は酒蔵で大量のお水が出ていたこと。そしてかつては家が繁栄していたのを井戸仕舞いをして衰退してしまったこと。室内に井戸があったといってもどこに埋まっているのかまったくわからなかったこと。また霊視できるある方から偉大な龍神がいて命の危険があること、傲慢さに気を付けるようにとご連絡をいただいたこと。何度も井戸を甦生するかどうかをギリギリまで議論し、最終的には何のためにやるのかと何度も吟味して決心し井戸掘りを費用度外視、歳月度外視で覚悟して取り組むことになったこと、他にも色々とありました。

気が付けば一年二か月という歳月を経て、約17メートルほど掘り下げた見事な井戸になりました。そしてこれをすべて手掘りで完成させました。今の時代、機械ボーリングで簡単便利に井戸は掘りますがむかしはみんなで井戸はいのちある存在として神事のように手掘りで掘り下げていきました。途中に岩盤があればそれを何とかしなければなりませんし、もしも作業中に井戸の周囲の土が崩壊すれば窒息死してしまいます。あらゆるリスクを想定して慎重に進めていましたが、保険にも加入しいざとなったらと私自身も後かたずけの覚悟を決めていました。井戸掘り職人の方は、天涯孤独の身であり心配ないと言われましたが常に心は井戸に置きいのちの安全を祈願し続けました。

井戸職人からは時には、落雷で停電して井戸内のワイヤーが宙ぶらりになったこと、また急激に水量が増して危険だったこと、ポンプが泥水を吸い上げられなくなったこと、その他にも井戸掘り道具が壊れたり梯子が使えなくなったりとありとあらゆることが発生し困難を極めたことなどを聴き、昨日は祝杯を酌み交わし、ずっと泣き笑いしながら苦労を分かち合い、労い合いました。

畢竟すべてが終わってみると、最期までみんなで諦めなかったこと、だからこそ今、この瞬間があると感動してそこには不思議な多くの御蔭様があったことに深く感謝しました。

自然を相手に何かをするというのは、常に謙虚な気持ちで真摯に取り組んでいくことの連続です。思い通りにはならず、思った以上のご縁に巡り会い続けます。振り返ると、とても豊かなことであり一生涯の人生においてこのような仕合せはありません。

ある独りは、いいものを提供したいと願い、またある独りは、頼まれた以上は無欲に信頼に応えるといい、またある独りは丸ごと全てを最期まで信じ切るといい、その三人が独立自尊して力を合わせたからこそこの井戸は完成しました。まさにお水の神様、辰年に相応しい目出度い最幸の一年になりました。

さあ、ここからがいよいよ本番で家の甦生に入ります。

この井戸とお水に見守られながら建築や修繕に取り組めることは有難く、この上ない喜びもあります。そのお水が活かされるように、隅々まで心を運びながら来夏ころの老舗開業に向けて真心を貫ていきたいと思います。

心から井戸の豊かさとすべてのご縁に感謝しています。

注ぎ方~お水の主人~

私たちは当たり前にあるものの可能性というものをどれくらい深めているかで、その意識の高さや生き方の磨き方がわかります。この当たり前というものは、普段あるものをどれくらいちゃんと活かしきっているか、どれくらい本気で一期一会に向き合っているかで変わってきます。これは自分の実体験をどこまで昇華できているか、そしてそこから本来は何かという真実や真髄を學ぶ境地に入っているかで変わってきます。

昨日は、ある方の紹介でお水をはじめすべての液体の注ぎ方を究めておられる人にお会いするご縁がありました。今年は辰年とのこともあり、お水に関係することに多く触れる機会になりましたが最も深い感銘と気づきをいただくご縁になりました。

そもそも私たちに元来具わっている感覚というものはどこから来ているのか、これは心の在処と結ばれています。私たちは感覚というものを通してあらゆるものを察知します。しかしそれはどのようにしているのか、知識では理解できるものではなく自分の中にある感覚が感受するときにはじめて感得するものです。つまりは最初からそれは存在している感覚があるということです。

その感覚のほとんどは、使う必要がなければ日頃は眠っているものです。つまりは使わないからそのまま使わないように自動調整されています。しかしある修練を積み、その感覚があることに気づき目覚めてしまうとその感覚が日常使いができるようになります。そしてその感覚を持っている人が、自分の指先や手を通して意識を投影させるとそれが他の人にもその感覚があったことを思い出させるのです。もちろん思い出すだけでそれを使うか磨くかはそのあとの練磨や修養次第ですがそれでも感覚が目覚める体験はその人の人生を大きく変えてしまいます。

人が究める、極まるというのはある一線を超えたところにあります。これは、感覚が研ぎ澄まされ感覚を活かせるということではないかと私は思います。感覚は、無限であり、感覚そのものは偉大な心の顕現する姿です。心を使えることや、心を使いこなすことは形を創ることです。私たちが象るものは心の現象が顕現するのです。

色々と昨日は今までのお水に関わる自らの関わり方や生き方、活かし方において深い反省があったことと、改めて学び直したことでその奥深さや美しさ、深い愛に感動しました。

職業や内容が異なっても、目指している生き方が同質の同志に邂逅できることほど仕合せなことはありません。心が躍動し感覚が鋭敏になるのもまた、ご縁と御蔭様のなず神業です。子どもたちや子孫へ、この古来からの智慧や大和心の生き方を伝承していきたいと思います。

愛と美しさ~魂の実践者~

昨日は、ご縁あって魂の実践者、サティシュクマールさんにお会いしてお話をすることができました。88歳とは思えない、快活で明朗、そして寛容で柔和な姿にも感銘を受けました。どの言葉も強い波動があり、声から伝わってくる熱意や情熱に圧倒されました。

お話もとてもシンプルでこの世の現実をよく直視しておられ澱みなく真理や真実を語っておられました。またその状況をよく分析し、自分はどう生きるかということもはっきりと伝道しておられます。実践から出てくるその言葉も、深く玩味して一つ一つを丁寧に歩んできた道から得られた知恵に満ちています。

私をご指導してくださったメンターの方々と全く同じように、安心することやお任せすること、今に集中すること、一歩ずつ丹誠を籠めて歩んでいくことなど生き方を優先するうえで大切なアドバイスをしていただきました。

環境活動家とも言われますが、環境活動はその主軸が人間になっています。しかし実際には自然から學ぶ環境活動家こそが本来の地球と一体なっている人間の使命だとも言われます。

私たちの身体の全ては、他の生き物たちと同じ素材と元素でできています。私たちも地球の一部です。そして大地を歩くとき、私たちは足から地球と結ばれています。地球から離れません。地球のものがなければ生きていけないのです。それは地球の循環といういのちの中で私たちも存在しているからともいえます。

そして何かをすることが役に立つのではなく、私たちがそのままであることが真に役に立つことといわれます。一つのりんごの木があり、そのりんごはただそこにあるだけで葉を落とし、根をはり、実をつけ、活き活きと枯れても養分になり周囲の生き物たちや自然に恩恵をあたえ一切の無駄もなくゴミなども出しません。自然は完全無比です。それを私は徳と呼びます。

サティシュさんがいう、ゆっくり味わい、小さく身近なものを大切にし、簡素でシンプル、迷いがない暮らしを生きることは自然そのものの徳の在り方だと私は感じます。私たちは親祖から今に至るまで自然の徳が循環するのを観てその偉大な叡智に救われてきました。

私も今、暮らしフルネスという実践をしていますが、お話の全てに共感するところしかなくさらにこれからも自然に深く真摯に精通していきたいと強い覚悟を持ち直す一期一会になりました。

日本の先人たちが、見つめてきたものを私も見つめる中でさらにそれをこの時代に甦生させて子孫たちへの道を切り拓き伝承していくことにいのちを没頭していきたいと思います。

仲間や同志、ご縁に深く感謝しています。私も、愛と美しさをいつまでも忘れないで最期の日までかんながらの道を一歩ずつ歩んでいきたいと思います。

ありがとうございました。

 

懴悔懴悔六根清浄

私たちは一日に一度、あるいは何度も自分の行いや日常の一言一句や振る舞いを内省することで自分の心を見つめることができます。これは有名な論語の「曾子曰わく、吾日に吾が身を三省す。人の為に謀りて忠ならざるか、朋友と交わりて信ならざるか、習わざるを伝うるか。」にあるように何度も何度も自分の真心を確認するのです。

そうやって自分本来の生き方を守っていくなかで、本来の自分はどう思ったかと二つの自分と一つに対話をして調和していくことが安心立命の精進になっているということでしょう。

お山での修行の一つには、お山を歩きながら懺悔懺悔六根清浄(さんげさんげろっこんしょうじょう)というものがあります。この懴悔の語源は元々はサンスクリット語(梵語)の「クシャーマ」(耐え忍んで許すこと)からきているといいます。元々は懺摩という言葉が悔やむ意味で、それがそのまま「懺悔」となりました。

悔やむという字はの意味は、自分の行いや過ちに対して心を痛めることをいいます。そしてこの「悔」の字は心臓の象形である「りっしんべん」に髪飾りをつけて結髪する女性の象形である「毎」を組み合わせ、「心が暗くなる」や「くやむ」を意味する会意兼形声文字として成り立った漢字だといいます。

仏教では、僧侶が日々に懴悔し仏様にゆるしを請い、自分の犯した罪を仏の前に告白し悔い改めるときに使われる言葉ともいいます。

もともと懺悔は現代は「ザンゲ」になっていますが、江戸時代中期以降までは「サンゲ」と呼ばれていました。

山伏たちが山歩きをしながら「懺悔懺悔六根清浄」と唱えるのは、自分の日々の行いを振り返り色々な日常で発生してきた罪穢れの数々を見つめ直していると心が痛みます。それをお山の清浄な場において悔い改めて耐え忍んで許していこうという声掛けによって心を清々しく浄化して新たな生に生きていこうとする覚悟の歩みのように私は感じます。

私も、一日の中でつい感情に呑まれそうになり、気分で行動や言動が揺さぶられてしまうことがありそんな時は振り返ると自分の立ち振る舞いを思い出し心が痛み反省します。感情の御蔭で私たちは色々なことを深く味わい今生の精彩を感じることができますが同時に心は静かに生き方を見つめ続けています。その両輪を丁寧に味わい盡していくなかにこそ、本来の自分というものを和合していくことができるようにも思います。

これから二日間、大切な仲間たちと一緒に日子山を歩きます。秋の清浄なお山の元氣をいただきながら、真心と感情を和合する仕合せを味わい盡していきたいと思います。

ありがとうございます。

 

自然の徳、人間の道

時代というのは、それぞれにそれぞれの課題があるものです。この時代の課題というのは、人間の世界のことです。人間の世界は何度も失敗をして滅んでいます。かつての遺跡を見ていたら、大繁栄した時代もそのうち必ず終焉を迎えています。今もその当時の価値観で繁栄している世界はありません。遺っているのは、自然と共生してきた自然と一体になっている人間の世界だけです。それ以外は、栄枯盛衰を何度も何度も続けています。

現在の時代は、産業革命以降の資本主義が席巻しています。それを変えようなどと言ったら途方もないことをといわれて諦めることがほとんどです。確かに、消費文明を発展させてきたこの百年以上の歳月、もはや空気のように消費することが価値があることとして認識されて価値観が仕上がっています。消費しないことは悪のようにいわれ、消費に加担しない真の生産者たちはみんなお金を得る機会が失われていきました。そうすることで循環者たちもいなくなりました。まさに時代は、資本主義が成熟した繁栄発展の真っただ中です。

しかし、これもいつまでも続くことはありません。栄枯盛衰があるように必ず滅ぶ時がやってきます。問題はそれがいつなのかということです。今、急に変わるということはないでしょう。よほどの天変地異や世界大戦などの破壊、あるいは宇宙からの別の何かの襲来など期待するくらいしか考えられません。しかし、実際には長い年月を歴史の視点で眺めてみるとそのうちあと100年もしないほどにもうこの価値観は消えて別の何かになっているはずです。

その別の何かというのは何か、それは今の人たちが静かにそれを実現する準備をはじめているのです。世の中全部を丸ごと一気に換えるというのは必要ありません。自分の足元で自分のできることで理想を信じて実践していけばいいのです。

私はそれを暮らしフルネスと徳積循環という実践で続けています。現実には、アニメの物語のように今の体制を変えるほどの大それたことはありません。しかし、長い歳月をかけて先覚者や先達たちが普遍的な道を歩んできたように、いつの日かその時代が来ると信じて道を切り拓いていくのです。

自然がいつまでも地球から失われないように、決して自然の徳は失われることはありません。あらゆる姿に形を変えて道が続いていきます。人間の時代は、一つの一生ですから気づいて変わるかどうかが私たちが試されているということでしょう。

そういう意味で、気づいていく機会はこれからもたくさん訪れます。特に子どもたちはその機会に恵まれていくはずです。そんな時、一つの選択肢として一つの別の生き方があること、あったこと、今でもあることをどう遺していくかが私たちの世代の使命と責任になるように思います。

ある意味、どうしようもないことは無理しても仕方がないので気楽に愉快に全てを天にお任せして自らの道を予祝しながら歩んでいきたいと思います。

どの時代にも遠くを観て、今を生き切る同志に励まされます。ありがとうございます。

 

ブロックチェーンアウェイクニング

飯塚にはブロックチェーンアウェイクニング(BA)場があります。ここにはブロックチェーン技術を見守りお祀りする妙見神社もあり、マインドフルネスをはじめ心身が調う環境が用意されています。

もともとこの場所は、私の先祖代々の土地ですが遠くには龍王山を望み近くには八龍権現池があり、高台にあるため風の通りがよく広大な空が眺められるようなところです。

このブロックチェーンアウェイクニングというのは、ブロックチェーンの目覚めという意味です。これは単なる技術だけを磨く場所ではなく、その在り方や生き方、その本筋を見極めようとする意味があってその名前にしています。

世間でよく評されているブロックチェーンは、一般的には分散型か中央集権型かと比較される技術ですが私はそのどちらかではなく、中庸でありいのちが輝くような全体快適なものであると感じています。白か黒かではなく宇宙のような発想ですが、そもそも目に観えないものをどう技術で可視化していくかが科学技術の発展ですから目に観えないものを語っても何ら問題はないはずです。

そしてこの目には観えないものを観えるようにするのに「場」が必要なのです。場とは、技術の粋を究めた場所であり思想を顕現させた技術です。

私はいつもご縁やタイミングに導かれることが多く、この場所は盟友で同志の故高橋剛さんの遺志を継いで創設したところです。彼は、心のあるブロックチェーンエンジニアで教育者でした。彼は、プログラムを打ち込む指先から自分の心がシステムに入るとよく言い真心で取り組むことを後輩たちに語り続けていました。また、技術者である前に教育者でありこの技術の在り方や真摯に取り組む姿勢を重んじました。今でも、彼の遺志は後輩に受け継がれています。

私はブロックチェーンエンジニアではありませんが、教育者という面もあります。彼の遺志を継いで、その思想や生き方、そして技術者たちにどうあることが日本や世界に真心を実践していくのかをこの場(BA)で磨いています。

一見すると経済活動とは無縁のような徳を積む活動ばかりを勤しんでいるように見られますが、実際には経世済民のど真ん中を愚直に深めて磨いています。ブロックチェーンを使った徳積帳というものを開発して、この場から教育を発信しています。

新しいものは、別に目新しいから新しいのではありません。温故知新、懐かしいものを尊重して、その大切な中心をしっかりと捉えてこの時代にどうそれを伝承していくのかということの中にこそあります。

つまり懐かしいものが新しいものに転換されていくのです。

私の取り組む場(BA)には、それがあります。時間をかけることや、次世代のことを考えること、また宇宙や地球の全体を鑑みてどう全体快適にしていくか。まだまだ道は途中ですが、場を丁寧に磨き上げていきたいと思います。

心のふるさと納税

先日からふるさと納税のことを色々と深めていますが、改めて気づくことがたくさんあります。そもそも納税の意味合いから考えていくと、何のために納税するのかということから見直す必要が出てきます。日本では、日本国憲法第30条に「国民は、法律の定めるところにより、納税の義務を負ふ。」と記されます。国の発展のために、納税は義務ということです。その税金がどう使われているかが問題で、税金を納めることは共生協働社会を生きていく上において確かに役に立ちます。

会社でも税理士がいて、しっかりと納税を管理してくれています。私たちが日々に生きていると、あらゆるところに税金がかかります。相続税などもですが、税金というのは私たちの暮らしにとても大きな影響があります。

ふるさと納税は、納税と書いていますが実際には都道府県、市区町村への寄附です。納税というのは行政側からの視点で、実際には税年収や家族構成などの条件で決まる「上限額」までは寄付金控除という制度がありその年の所得税や翌年の住民税が減る仕組みです。これは実質的な自己負担額2000円で寄付先の自治体から寄付額の最大30%相当の返礼品をもらえる制度となっています。

最近では、そのポータルサイトもヤフーや楽天など便利な返礼品選びのウェブショッピングサイトのようになっていてみんな寄附や納税のことよりも如何にお得に返礼品が手に入るかを躍起になって探しています。所得が高い人の方がより得をする仕組みで、所得が低いとほとんど所得税や住民税が減ることもないので使いません。つまりお金を持っていない人は得をしないという制度です。この「得」という字を使っているからずっと損か得かばかりを考えます。もしこれが「所徳」であれば、寄附の意味合いも変わり喜捨や布施という日本古来の精神性に回帰できると思いますが。

話を戻せば私たちの住んでいる飯塚市もふるさと納税で毎年全国10位以内に入る自治体です。特にハンバーグが有名で、私たち飯塚市民も一度も食べたことのないどこぞのハンバーグが飯塚市の有名な商品のように大量に全国へ返礼品として発送されていきます。他にも飯塚市で日頃実感することもない高額のスーツやコーヒーなどもです。

そもそもこの「ふるさと」という言葉も少し厄介です。私は子ども第一義の理念で子どもの仕事をしていますからよく「心のふるさと」という言葉を使います。この時に使っているふるさとと、ふるさと納税のふるさとは同じ響きでも定義は全く変わります。

私がよく認識している古語のふるさとは、懐かしい心の居場所のことです。この「懐かしいものがある」ところが本来の「ふるさとがある」ところということです。私は現在も故郷に帰り日本の未来の子どもたちのために心のふるさとを甦生しようと日々に挑戦をしています。古民家をはじめ伝統在来種や文化伝承などすべては、その懐かしい未来をどう創造し、子どもたちの心のふるさとを譲り遺していけるかと徳の循環に取り組むためです。

先ほどのふるさと納税は、ふるさとという意味でも単に一度は訪れたことのある古い場所くらいの意味しかありません。そしてショッピングサイトの方においてのふるさとの定義もまた、その場所で売られているお得な返礼品くらいのことしかありません。

これでは、かえってふるさと納税をすることで懐かしい未来が喪失していく可能性があるように私は思います。目的がお得ではなく、もしも恩徳ならどう考えるでしょうか。本来の懐かしいふるさとに寄附をするとはどういうことが理想なのか、それはふるさとの中に「心のふるさと」が入っていることです。この心とは、「懐かしいものがちゃんと次世代や未来へと結ばれていくような徳に喜捨していくこと」だと私は感じます。そうやってかつての近江商人をはじめ、二宮尊徳氏など偉大な日本の先人たちは子孫のためにふるさとを発展させてきたのです。

未来のずっと先々の子どもたちのためにというモノサシで観てみたら、何を最も優先して取り組んでいくのか。当然私は、これからも子どもたちの未来のために心のふるさとへと納税していきたいと深く思います。

新たな試みを始める前に、ちゃんと本来の姿を鑑みて理念を調えておきたいと思います。

心のふるさと

家庭教育というものがあります。そもそもこの家庭教育はいつからはじまったかといえば、人類が始まった時からとも言えます。その時から代々、その家の家風や文化が産まれていきました。それは色々な体験や経験を通して、大切なことを親から子へと伝承していくのです。

つまりは家庭教育の本質は、伝承教育ということでしょう。

その伝承は暮らしの中で行われてきました。これを徳育ともいいます。私たちは徳を暮らしから学び、その徳が伝承していくことで代々の家は守られ持続してきました。私たちが生きていく上で、これは生き残れると思えるもの、自然界の中で許された生きるための仕組みを智慧として取り込んできたのです。

これは人間だけに限ったものではありません。鶏がもつ秩序であったり、虫たちがもつ本能であったりと、見た目は違ってみえてもそれぞれに家庭教育がありその一つの顕現した姿としての今の生きざまがあるのです。

人類は、その家庭教育をそれぞれの小さな単位の家からその周囲の家にまで広げていきました。親子で伝承してきたものを、その地域で伝承していくようになりました。善いものの智慧は、善いものとしてみんなで分かち合ったのです。助け合いの仕組みもまた地域の伝承の一つです。地域ぐるみでみんなで伝承してきたからこそ、その地域が豊かに発展し、存続してきたともいえます。

それが現代は破壊されてきています。地域の共同体も歪んだ個人主義により失われ、家庭教育も核家族化などによって環境が劣化していきました。今だけ金だけ自分だけという空気を吸い、家庭教育は学校任せです。こうなってくると、人類は今まで生き残ってきた力を失っていくことになります。

つまり生きる力の喪失です。生きる力が失われることは、私たちは心のふるさとを失うことでもあります。心のふるさとは、この代々の伝承のことでありそこをいつまでも持っているから故郷の心も守られます。

次世代のことを思うと、今の環境を変革すべきだと危機感を感じます。そしてそれは何処からかといえば、家庭教育の甦生からというのは間違いありません。家庭教育を国家などに任せず、それぞれが暮らしを丁寧に紡ぎ、地域の方々と一緒にかつての先人たちや両親、祖父母からいただいたものをみんなで分け合い守り続ける活動をしていくことだと私は思います。

私が故郷で行っているすべての事業もまた、その心のふるさとを甦生することに関係しています。保育という仕事に関わってきたからこそ、到達した境地です。

子どもたちのためにも、保育の先生方を支えるためにも信念をもって家庭教育を遣りきっていきたいと思います。

誇りを磨く

「地域の誇り」という言葉があります。そもそも自分の地域のことにどれだけ自分が誇りを感じているかということです。もっと言えば、地域とは人物環境を含めたすべての風土ですからその中には当然そこで生まれ育った人々の暮らしも入っています。

そこの地域で代々、受け継がれてきた生き方、生きざま、暮らし方などを深く尊敬し愛するからこそ地域の誇りは育ちます。私たちが誇りを感じるのは、その地域の本当の真価に気づくことができているからです。

私は、故郷の旧長崎街道筋の古民家を甦生し、藁ぶき古民家を甦生し、生れた場所に徳積財団を創設し活動しています。他には伝統在来種の高菜を育て、その種を継承しさらに農業技術を磨き上げ自然農を実践し、代々の中でもっとも元氣といのちの詰まった最高の高菜に仕上がるよう見守っています。

一般的には、私たちの地域はなぜか自分の地域のことをよく言わない人が多くいます。炭鉱でダメになったとか、気性が荒い人が多いとか、何も観光名所がないとか、ないものばかりの文句を言います。私はこの地域で生まれ育っていますが、まったくそうは思いません。むしろ炭鉱があったから明治の近代化が実現し、命を懸けた人たちがいたから人情味があり、その炭鉱夫の元氣を下支えした高菜の食文化があり、また古代まで遡ればこの土地が如何に日本のはじまりに深く関与していた素晴らしい場所だったかと思うと誇りで胸がいつも熱くなります。

そもそも文化というものに対して、自分もその文化の一部であるという考え方がある人は「自分の誇り=地域の誇り」になっています。つまりこの誇りの本質とは、外にあるものではなく自他一体になっているというものです。

自分を誇りに思える人は、当然地域も誇りに思えます。その逆に自分に誇りが持てない人は地域にも誇りは持てないのです。だからこそ、私たちは真摯に自分が誇りを持てるような生き方をし、その誇りを磨いて地域の誇りへと昇華していくことが大切ではないかと私は思います。

自分の子ども、自分の子孫たちに自分は誇りをもって言えるようなことをしてきたか。その集積こそが誇りを磨くことです。自分がその地域で生まれて最後に誇りをもって死ねるか。そしてその誇りを遺せるか、子どもが憧れる大人は誇りをもって生きた人たちです。

地域への誇りを持てないというのは、先人への冒涜であり今の自分への諦めです。私は誇りを磨いて、立派な先人たちに恥じないようにさらによい地域にして誇らしくこの世を去りたいと思います。

私は私らしく誇りをもって、私の好きな道を好きなように歩んでいきたいと思います。いつもありがとうございます。