暮らしが神事

昨日は、夏至祭を行いました。宿坊をはじめその周辺の片付けをし、場を調えました。宿坊周辺は、先日の暴風で枝木や落ち葉が散乱して大変な荒れようでした。いくつかの場所では落石もあり、直系80センチほどの丸い岩が上から転がっている場所もありました。また古くなった大木も折れていたりと、自然の間引きとその威力にはいつも驚かされます。お山が大きいのと放置期間が長いため、片づけても片づけても片づけることばかりです。

古木の守静坊のしだれ桜が心配でしたが、一つも折れている枝がなく旺盛な葉をつけてはいまずがしなやかに風をいなしたのでしょう。桜とは一緒に見守り合う関係になってはや4年目ですが、植物や木々はとても正直です。お互いに思いやれば、それに応え合います。この世は、関係性によって信頼が生まれ、そして信用や信仰が醸成されます。

信じあうということや、見守り合うということはお互いが「信じる」という絆を持つために大切な行為であり人間の徳の原点かもしれません。

現代、信仰というとすぐに宗教を思い浮かべます。しかし私は真の宗教は、暮らしや文化、生活習慣に渾然一体となって根付いているものではないかと感じます。例えば、食事の時に感謝で手を合わせることや、お互いにご挨拶をしてお辞儀をすること、お布団を畳んだり、靴をそろえたり、またはもったいないやありがたい、おもてなしなどの日々に使う言葉の中にも信仰を感じます。

信仰というと、何が正しくて何が正しくないかなどすぐに対立構造や両義性ばかりが語られます。お互い様や御蔭様というものがなければ、世界の紛争や戦争はなくなることはありません。個人のレベルでさえ、人間は欲望や煩悩、権威や権力、お金の力によっていつまでも禍根を増やしていきます。

本来、それぞれが日々に丁寧に自分自身の暮らしを調えていく中で信仰の実践をしていればそこに禍根や争いは発生せず、お互いに心穏やかにいられるものです。宿坊周辺を調えたあとは、土地や場所、お山の神様、そして太陽に深く祈ります。ご供物を捧げ、いただいている恩恵や恩徳に感謝します。ご先祖様に御礼をして、お水をはじめ火や土などの精霊にも感謝します。夏至の太陽の光は、雲に隠れて穏やかでしたが確かに太陽の見守りを感じてみんなで喜びを分かち合いました。

優しい光と風が吹き抜けて、心身が調うのを実感しました。有難い静かなひと時は、いつも日常の暮らしの中の一期一会に存在します。

また沈んでいく太陽を眺める間は人生を振り返ることに似ています。この一日をどのように過ごしてきたか、どれだけたくさんの存在に助けられているか。美しいもの、善いもの、循環する徳に包まれていることなどを深く感じられます。

畢竟、私が人生で取り組んでいるのは、暮らしの中の神事です。そもそも暮らしが神事なのです。その神事は宗教ではなく、まさに暮らしそのものを神事のように生きることです。暮らしフルネスは、暮らしを神事として実行し実践することです。

今日は、これから新たな田んぼで仲間たちとお田植祭です。伝承してきた古来からの祝詞をみんなと一緒に捧げ、唄いながら、笑いながら、田んぼの元氣をいただきながら一日を暮らします。千葉の田んぼや一緒に生きる仲間たちのことを思いながら稲を一本、一本手植えしていきます。

忙しい日々の中でも、太陽や月や土を忘れず丁寧に暮らしは誰にでもできます。

さあ、これから準備万端、田のかみさぁと英彦山ガラガラをもって田んぼと遊びます。

おめでとうございます。

杣と仙

山のお手入れをする人たちを「杣」(そま)と呼びます。この杣という語はもともと木を植え付けて材木をとる山そのものという意味になります。

古来から人間社会において建築用の木材が大量に必要なときに、木を伐採する必要があります。そのためには、その伐採するための重要な木材を管理する場所が必要です。それを「杣山」(そまやま)といいました。

そこで採れる木を杣木(そまぎ)といい、その杣によって生業とする人たちと杣人(そまびと、そまうど)と呼びました。

この杣は、古来よりお山を守る大切な生業の一つでした。自然と共生し、お山の暮らしを支えた大切な存在です。樵(きこり)とも呼ばれますが、神様が宿る依り代としての木を尊敬し丁寧に扱い、お山のお手入れを通してお山を中心にできた地域の伝統的な暮らしが穏やかに伝承され安心できるようにしてきました。今ではその存在はほとんど見かけません。お山は放置されるか観光地化しゴミを捨てる人たちによって汚れ、荒れ果ててここ数年の水害で土砂崩れが頻発しています。お山で暮らすのは、金銭的にもできないということでお山を捨てて都市に移動した結果、杣人もいなくなりました。当然、山伏などもほとんど暮らしていません。

現在、私も英彦山の守静坊からお山のお手入れをしていますがまるでやっているのはこのかつての杣人と同じです。かつての杣人たちは、霊峰や杜のなかで暮らし、木々や森林資源を活かして生活していました。お山と一体になっていたのです。

枯れ木や倒木を片付けて燃料にしたり、木材を加工して生活文化に必要な道具をつくったり、炭焼きや薬草の採取などお山で自然と調和する暮らしを守っていました。その調和する暮らしそのものが、自然への畏敬や感謝に溢れておりそれが地域の伝統文化や行事、神事、そして智慧を守ってきました。それを山岳信仰と呼ぶのでしょう。

現代では区別や分業化が進み林業となって、お金のための森林伐採がメインになっていますがかつての杣人たちはお山の仙人のような風格があったようにも直感します。

お山にいるとお山の恵みを感じない日はありません。美しく澄んだ空氣に、清らかなお水、またあらゆる動植物や昆虫まで多様に活き活きと生活をして循環を支えます。このお山の恩恵を大切に見守っていこうとするのが杣人、そして仙人の役割ではないかと私は思います。

私が今、取り組んでいるお山の甦生はまさにこの杣人や仙人の暮らしを甦生することです。すでに薬草が増え、炭焼き、法螺貝づくり、お山のご神木を見守る神事や山岳の智慧の伝承など活氣づいています。

子孫たちに如何に自然の恩恵を譲り渡していくか。現代文明が終焉に入り、歪んだ物質至上主義の世の中もちらほらと綻びはじめています。コロナをはじめ感染症の背景にあるもの、食料危機という名の拝金主義、田んぼを農薬で汚し新築ばかりを建てては智慧を捨てていく現状。

子どもたちのためにもそろそろ氣づいて行動していく時節ではないかと私は思いますが皆さんはどう思われますか?

暮らしフルネスと私が提唱のは、むやみに危機感を煽りたいのではなく本来は暮らすだけで仕合せだった古来からの智慧に原点回帰した方が喜びも仕合せも増えますよという意味でもあります。みんな自然と共生していたころの懐かしい未来に憧れていたものです。いつの時代も心の豊かさは自然との共生の中にこそ存在します。

杣から学び直し、仙からやり直していけたらいいですね。

 

日子山仙螺

私の手でつくる鳴動法螺貝の数も次第に増えてきました。一つ一つにいのりといのちを籠めてつくりますが、どの法螺貝にもその法螺貝の音や徳性がありその波動や鳴動には感動するばかりです。

英彦山の守静坊で、弁財天と英彦山三所権現、瀬織津姫や造化三神に供物を捧げ法螺貝を安置して祈祷します。そのあと、全てが調ってから唄口を合わせて調律し唯一無二の鳴動法螺貝をつくりこみます。

一つつくるのにかなりの心身のエネルギーを使うので、大量生産はできません。しかし、一つできるとその鳴動は持ち主の人生を守ります。

かつて法螺貝は、龍の一種であり貝の中には龍が潜んでいると信じられていた伝承があります。龍宮に棲み、海の中で寿命を全うしその後に鳴動し昇天するものとして信じられてきました。つまり、龍の抜け殻ともいえます。そこから雨乞いや水に関係する神様として様々な厄災を祓い清め、その振動によって様々な病気などを快癒していったともいわれます。

現代の科学では振動するものや周波数、また波動が場や身体に影響を与えることが少しずつ解明されてきました。

この法螺貝の神秘は、まさにいにしえの伝説の龍と深い関係があるのです。

私が手掛ける法螺貝には命名をすることにしました。

その名は「日子山仙螺」(ひこさんせんら)です。霊峰日子山の場でいのり法螺貝を甦生させ、仙人の霊力を持つ貝にしていこうという覚悟からです。

お山の暮らしを丁寧に守り、場をととのえ、縁者たちのいのちを仙人のお山から見守ることは徳を磨くことにもなるでしょう。

法螺貝が人一人を変え、そして真の平和な時代をつくることを信じて一つ一つ真心を籠めて手を入れていきたいと思います。

主食の甦生

私たちが日ごろ食べているお米にはとても長い歴史があります。特に近代においては、収量の確保からあらゆる食味がいいお米が多数開発されて私たちの食卓のお米の味は数々に進化してきました。

コシヒカリという銘柄があります。この開発の歴史も、収量重視から品質重視への転換でその当時の人々によって開発されてきたものです。最初は欠陥品種として病気の弱さや倒れやすさなども指摘されましたが、それを栽培方法などを工夫することで改善し、今では新潟のお米の代表となっています。そこにも関わった人たちの歴史があり、特に魚沼では風土と一体になってコシヒカリを見守り現在では日本の農家の約40パーセントがこのコシヒカリを栽培しているともいいます。

このコシヒカリという名前は、越前、越中、越後などの国々を指す「越の国」と「光」の字から「越の国に光かがやく」ことを願って付けられたといいます。その名付け親である元旧新潟県農業試験場長の国武正彦(福岡県出身)が「木枯らしが吹けば色なき越の国 せめて光れや稲越光」(冬には雪に閉ざされてしまう越の国にあってコシヒカリが越の国を輝かせる光となりますようにの意)」と和歌に詠んだことによるといいます。

同じ福岡県出身で、これから私たちがエミタタワ(笑みたわわ)の新たな品種の発展に取り組むのにとても参考になる人物であり、その生きざまや生き方にもこれからどのように日本のお米に取り組んでいけばいいかということも直観します。

もともと私も震災後から会社で無肥料無農薬でお米づくりに関わってきました。収量を気にせず、子どもたちの憧れるような生き方や働き方を目指し田んぼでの暮らしを充実させていきました。一般的に国が定めるような食味とは異なりますが、その美味しさは格別で今ではたくさんのファンがいて喜んでくださっています。

今回、福岡県朝倉市で復古起新してお米づくりに関わることにも深いご縁を感じます。

このエミタワワ(笑みたわわ)は、私の叔父さんが名付け親です。まず平成27年、農研機構との共同開発で研究段階にあった「羽919」という品種改良に着手し収穫1年目から羽919には他のお米にはない粘性・膨らみ・おいしさがあることに気づきます。そして翌年には「西海307号」へと名称を更新し、その後も改良を重ね続け、令和元年10月に農水省の品種申請の受理のもと「笑みたわわ」として誕生します。それを農薬・化学肥料一切不使用の安心でおいしいお米で、笑みがたわわに実りますようにと今まさにその志が世の中に出ていく黎明期です。

日本は、農家に対する政策を失敗してきた国だと私は思います。現在では、農家の担い手も減り、田んぼは化学薬品で傷み、現在の米騒動にあるように民衆の怨嗟の声も出ています。海外からのお米がこれから大量に流入してくるのも予測できます。

だからこそ、本来の日本人として私たちの主食をどのように大切にするかが問われる時代でもあります。子どもたちのためにも、今まで取り組んできたことをさらに磨き上げ、主食の甦生に挑んでいきたいと思います。

同行コンサルティング

コンサルティングという言葉があります。この言葉を調べると語源は、ラテン語の「consultare」だといいます。この意味は「共に話し合うことや協力して意見を出し合う」という意味だとあります。そして「consult」という言葉を分解すると、「con(共に)」と「sulere(取る)」とあり、共に座り考える、また相談するという意味です。

つまりは、一緒に考えて共に歩むということがその言葉の本質です。

世間でいうコンサルティングの仕事は今では多岐に及びます。日常的なビジネスなどでは様々な定義も分類もあります。例えば、一般的には専門的な知識があり客観的に分析したりアドバイスをしてクライアントを導くような仕事。または、具体的に組織の人間関係を含む経営課題を解決に導くために仕事などもあります。

私の場合は、「見守る」という実践を仕事にしてきましたから見守り合う関係を通して一緒に取り組み伴走するうちに次第にコンサルティングの方といわれるようになりました。

そもそも誰かの人生に大きな覚醒や気づきや影響を与えるということは、共に成長していくということで発生します。共にお互い様と御蔭様の心の関係を結んだら、一緒に成長しあっていく。成長する人同士だからこそ自他が一体になりお互いの成長する姿に刺激されることで共に高め合っていくことができるものです。これは自然界も同様に見守り合う中で育ちあいます。

教える側も教わる側も本来は本質として表裏一体の存在であり、これは同志であっても師弟であってもお互いに深い尊敬と成長しあう関係があって成り立っているものだからです。

そして見守る時に最も求められるのは、心を寄り添うという伴走型であるということです。この伴走というのは、共に走っているという関係です。単なる並走ではありません。むしろ見守りに近い別の私なりの言い方では、「同行」ともいいます。この同行も、一緒に行動する、同じ道を歩むという意味です。また四国八十八か所巡礼に同行二人(どうこうににん)という言葉があります。この「同行」と「二人」を合わせた「同行二人」という言葉は、巡礼者が弘法大師空海の生き方、智慧、そして教えや精神を学び一緒に道を歩んでいくことを意味するといいます。

私は本来のコンサルティングという生き方はこの同行二人にこそあるように思います。そして伴走するというのは、同じ心で同じ理念で共に一緒一体になって取り組むということです。

そうすると、一般的なコンサルティングのように専門家による部分最適のみをビジネスのためにやるのではなく常に「全体最適で一緒に人生を生き切るという実践」が必要です。つまりは、実践を通して貢献する。自分の体験や経験や研鑽がそのまま、一緒に同行する相手の成長の糧そのものになるということです。お互い「道」に導かれるように歩んでいくということです。そこには偉大な「場」が誕生します。

こういう関係は、一生涯のうちに滅多に巡り会えることではありません。同行同時のように、同じ人生をシンクロさせるような一期一会の関係を築くことです。一般的にはあまりにもリスクも高く、効率もわるいので世間的なビジネスにはあまり向かないかもしれません。しかし、そもそも人は利他や貢献、そして共生をしたいと心から願うものです。自然にコンサルティングになるのなら、ほとんどはこのような同行二人の境地に入ると私は思います。そして本来の幸福を考えるのならば、私はやはりこの「同行コンサルティング」にこそ深い共感を覚えます。

子どもたちのためだからこそ、子孫に恥ずかしくないような仕事を遺していきたいと思います。

 

ご縁結び~魂の対話~

今年も英彦山、守静坊の「サクラ祭り」が近づいてきました。有難いことに、この季節の宿坊はまるでこの世のものとは思えないほどの幻想的で美しい純白の一本桜の花と薫りが場を包み込みます。

この守静坊の一本桜はひとたび風が吹ば、ゆらゆらと仙人のような佇まいになり夜になれば満天の星空と和合します。今回は、昨年よりもまた充実して周囲に茶席を設けたり、ライトアップしたり、生演奏をしたりとサクラと共に開花の歓びを分かち合います。

元々、霊峰と呼ばれる英彦山は我々のご先祖様たちの魂が居る場所ともいわれ宿坊はその魂の宿直をする場であると信じられていました。お盆にはたくさんの檀家さんたちをはじめご縁のある方々が参拝されお山の静謐で清々しい場でご先祖様たちとの魂の対話をし感謝を通じ合わせていたといいます。

現代は、各家庭にはお仏壇もなくなりご先祖様と通じ合う時間が激減しているといいます。

私たちの今の身体を含め、すべてはご先祖様たちから譲り受けてきて今があります。その証拠に、顔かたちをはじめ身長や体格、持病や性格なども色濃く受け継いでいることがわかります。心を落ち着かせ耳を傾ければ、ご先祖様が今も一緒に私の身体に宿り生きているのがわかります。

その共生するご先祖様の存在を一年に一度、思い出し共に感謝しあって桜の木の下で和合するのがこの「サクラ祭り」なのです。

不思議なことですが、サクラ祭りに参加された方からはご先祖様にお会いできて涙が出たとか、あるいは心の養分が甦り元氣が出てきたとか、他にもすでにご先祖さまにいただいている感謝や幸福を感じ直すことができたなど喜びの声ばかりでした。

年中行事というのは、本来は意味があって行っていたものです。ただのお花見ではありません。この英彦山の守静坊のサクラ祭りは「ご先祖様との邂逅」のために行われてきたものです。

今を生きる私たちが、伝統を継ぎ継承しご先祖様たちとの繋がりや結びを強くすることで自分だけでなく子孫たちをはじめご縁のある方々の幸福に貢献していくことができます。

もうこの年中行事を復活させてから3回目になりますが、幸運ばかりに恵まれご先祖様たちの応援を感じます。過大な宣伝はせずご縁のある方々から丁寧に少しずつ、植物が芽吹いて花が咲き種が増えていくようにご縁を中心にお誘いしています。

今年も、守静坊でご縁結びができるのを楽しみにしています。

日時:2025年3月29日(土曜日)13時より~

場所:英彦山守静坊 (福岡県添田町英彦山731)

詳しくはこちらをご覧ください。

聴されて聴く

徳の真髄の一つに「聴されて聴く」というものがあります。この聴く(きく)は、聴す(ゆるす)とも呼びます。私は、聴福庵という庵を結び、聴福人という実践をしています。この実践は、あるがままを認め尊重して聴くという意味と共に自然にゆるされているという徳が循環するいのちを聴すというものです。

私が創造した一円対話という仕組みは、この聴く聴すという生き方をみんなで一緒に取り組んでいこうとしたものです。

そもそも私たちのいるすべては分かれているものはありません。人類は言葉の発明から文字が誕生し、文字を使うことで複雑に無限に分けて整理していくことで知識を得てきました。本来の言葉は、言霊であり精霊や霊性、つまりは自然あるがままでした。

自然からいのちや霊性を切り離して分析し、単なる物質や知識として認識することによって私たちはこの世の仕組みや真理を分かるようになりました。しかし同時に分かることによって本当のことが分からなく、あるいは分かった気になるようになりました。この分けるという手法は、分断の手法です。本来、和合したものを分けて理解する。しかし分けたものは元に戻りません。なぜならそもそも分かれていないものを分けているからです。そのことで、人類は争い続け、お互いを認め合えず尊重できず苦しみや憎しみが増えていきました。

例えば、ご縁というものも分かれていたり切れるものではありません。最初から永遠に結ばれ続けていてあらゆるご縁の導きによって今の私たちは生きています。つまり最初から分かれているものはこの世には存在しないのです。それを仏教では、羅網という道具で示したりもします。私はそれをブロックチェーンや自律分散の仕組みで示します。

私がこの聴すという言葉に最初に出会ったのは、高田山にある親鸞さんの手帳のメモ書きです。そこには、「しんじてきく、ゆるされてきく」と書かれていました。

これは何をいうものなのか、全身全霊に衝撃を受け感動し、そこから「聴」というのを真摯に深め続けて今があります。この聴は、聞くとは違います。徳に耳があります。よく自然や天や自分の内面の深い声を聴くことを意味します。

人類が平和になるには、聴くことです。聴けばほとんどのことは自然に解決します。何かきっと自分にもわからない深い理由があると心で認めるとき、お互いを深く尊重しあうことができます。それが「聴す」なのです。

私の故郷にある聴福庵には、その聴で溢れています。そして徳積堂では、その聴福人の実践、一円対話を場で実現しています。

百聞は一見に如かずです。真剣に対話に興味のある仲間は訪ねてほしいと思います。

最後に、「聴福人とは聴くことは福であり、それが人である」という意味です。

子どもたちがこの先もずっと人になり幸福を味わいゆるされていることに感謝して道を歩んでいける人生を歩んでいけることを祈ります。

人間らしさと人間性

スリランカから帰国して少しずつ道中の振り返りをしています。頭で理解するよりも体験から気づいた量が多いとそれを消化吸収していくのに時間がかかります。身体で得た感覚は、思想だけでなく価値観も変化させていきます。自分の変化が気づきそのものですから、何が変化したのかを振り返ると何に気づいたのかがはっきりするのです。

そもそも今回の旅は、ルーツを辿る旅でした。原初の仏陀をはじめ、神話からの人類の伝承を確認するためのものでした。その理由は、原点回帰をするためであったことと、温故知新してあらゆる複雑なものをシンプルにして甦生させていくためです。

徳積の起源であったり、暮らしの根源であったり、普遍的な大道の再確認であったり、そして新たな遊行の一歩を踏み出すことであったりと理由は様々でしたがそのどれもが存在している懐かしい旅でした。

原初の存在とは何か、それは人間らしさです。別の言い方だと人間性ともいいます。もっと言えば、人間とは何かということです。

今の人類は、人間らしさを失っているように思います。人間性というものもまた意識することはありません。しかし、今こそ私たちは徳に回帰し人間性を回復させる大切な時節を迎える必要があるのではないかと私は思います。

ワニアレットの長老をはじめ、スリランカでは人間性の美しい風景をたくさん見ることができました。そこには確かな人間らしい暮らしがあり、そして人間らしい生き方がありました。

お金やビジネス、富の独占や情報化、便利化など人間性を失うリスクに直面してももはやそんなことをどうでもいいかのように日常に多忙に流されていきます。私は決して文明の発明は悪だとは思っていません。しかしそのことにより人間らしさや人間性を喪失することは、真の豊かさや仕合せを手放す結果につながっているようにも感じるのです。

人間はこの地球に生きることを許され、自然と共に寄り添いながら一緒に天寿を全うする仕合せをいただいている存在です。この奇跡はなにものにも代えがたく、人間であることが最幸の歓びです。

人間が人間らしくあるとは一体どういうことか。それは人間が人間性を失わずに生きているということです。人間が人間性を失えば、それは生きた屍であり、希望をうしなった人形のようなものになります。人間らしさや人間性は、私たちがこの世に「生きている」という証明であり実感です。

生きている実感は、日々の暮らしや徳を積む中に存在します。だからこそ、私たちは文明とのバランスを真摯に保ち、人間らしさや人間性を失わないような生き方をこの時代でも実践していくことが平和や共生や自然との循環を保つ最大で最高の唯一の方法になるのでしょう。

私たちが今生きているように子どもたちも未来を生きます。その子どもたちがいつまでもこの世の幸福を謳歌できるように、今の私たちがどのような生き方を実践していくのかは方向性を決める最も大切な真理です。

人間らしさ、人間性をどう磨いていくか、それは私たちが決めます。

これから引き続き暮らしフルネスを通して真心の丁寧な暮らしを積み重ね、徳が循環するような布施と托鉢の遊行をさらに巡礼していきます。

一期一会の仏縁と地縁に感謝して、私の天寿を全うしていきたいと思います。

真の暮らし

スリランカの先住民たちとのご縁から原初の人類の暮らしを見つめています。もともとスリランカは、暮らしの中に紀元前からの智慧が今も生きている国です。アーユルヴェーダなどにもそれを発見できます。特に先住民、ワニヤレットの人たちは自然に寄り添い、自然と生きてきました。そこに流れている時間は悠久で静か、祈祷や行事を大切にしています。

昨日は、野生の像がいるような原生林を歩きました。また食事や骨折の治療をしているところも体験しました。ここ数十年で劇的に生活が尊重されなくなってきた現代でも、大切なことを守り穏やかに暮らしていました。

この場所にいて実感したのは、先住民たちがもしも地球からすべて滅んだときこそ現代の人類が滅ぶときだろうということです。そこに氣づくためにも、私たちはこの原初の先住民の方々から真摯に學び、人間らしさとは何か、真の暮らしとは何かということを見直す必要を感じます。

世界中で起きている先住民族は、ずっと先祖から続いてきた当たり前の自由、当たり前の生活が現代文明に奪われできなくなっています。それは土地を失ったり、木を切られたり、外からの移住者を入れたり、知識や便利な道具を整備することで奪われていきます。

文明人が与えたことは、実はそれは奪っていることになっているということに氣づく必要があります。これは自然を尊重することに似ています。何もしないというのは、ただ見放しているのではなく見守っているという考え方です。

私たち現代文明人たちの価値観は、便利さを優先します。便利は幸福、不便は不幸だと刷り込まれます。そうすると、不便な暮らしをしている人をかわいそうだと思い便利な道具をどんどん渡します。しかし、その便利な道具にはそれ相応の危険性をはらんでいます。これは戦争の武器も同じことです。簡単に人を殺せる道具が、倫理観を失わせ戦うということの仁義礼智信なども奪いただの大量虐殺兵器になりました。

私が暮らしフルネスを提唱するのは、これらの理由からです。

便利さが新しいと思うのは大変危険なことです。だからといい不便だけが正解で善でもありません。だからこそむかしの人たちは、便不便のバランスをきちんと取りました。人類は、ここにきて一つ次元を超えていけるかどうかが試されます。そのためには現代の価値観をよく見詰め直し、本来の人間らしさとは何かからよく見直し実践しすることかもしれません。自然と寄り添う中にこそ、真の人間性は発揮されるからです。

最後にワニヤレット長老からの言葉で締めくくります。

「現代は何らかの社會に所属して競争を続けている物質化された世界になっている。人間性の本質を見失っている。自然はいつも人々に寄り添ってくださっている。自然の驚異や猛威は人間らしさを失うことへの警告でもある。もしこの先も自然に寄り添わず、お金ばかりで競争を続けて人間らしさを見失うなら必ずいつかは死に絶えることになる。それに氣づいて、それをやめることです」

現地語とシンハラ語、英語と通訳を介した関係で多少の意訳や私の認識も入っているかもしれませんがこの数日間で現地に滞在し場で味わい沁みこんだ言葉でした。

陰極まって陽になる、そろそろ一陽来復です。

これからまた新たな挑戦をしていきたいと思います。

人類の大先達

スリランカのヴェッダ族のことを深めていると、驚くことが次々と出てきます。このヴェッダ族は人類の起源にまで遡るほどの歴史を持っている奇跡の民族です。ヴェッダ族に触れることは、人類の起源に触れることにもなります。人類のルーツが何か、これは私は保育の仕事に取り組んできたからこそずっと追い求めていたテーマの一つでした。今回の訪問では、これからの未来の子孫たちの行く末のためにも人類の深淵に出会ってきたいと思います。

もともとこのヴェッダ族は、古代、中石器時代に生きた最古の人類であるバランゴダ人 (ホモ・サピエンス・バランゴデンシス)の直系だといわれます。これはスリランカの大多数のシンハラ人とは異なります。洞窟の遺跡から発見されたバランゴダマンは少なくても紀元前 38,000 年前には定住していたともいわれます。別の科学者によれば、50万年紀元前からこのスリランカの地にいたともいわています。

人類の原初の暮らしを今でも持続し保ち続ける奇跡の民族、このヴェッダ族は地球と共生してきた人類の原型です。今でも狩猟採集民としてスリランカの森や自然環境と密接に結びついた暮らしを続けています。

もともとこのヴェッダという言葉の語源は、ウェッダー(Vedda)です。弓矢を持った狩人を意味するサンスクリット語の「ヴィヤダ」に由来します。実際のヴェッダ族は自らを「ワンニヤレット(Wanniyalaeto)」(森の民)と自称します。

日本の古神道の杜と同様に自然崇拝で、あらゆる自然の叡智と共に場を守り暮らします。自然や森の精霊を尊び、いのちの循環する宇宙の真理と共に生きます。私たちが文字や映像などで見聞きした何よりも神聖な空間と結界を守り続けて今でも真実を生きています。

私たち現代の人類は、あらゆる欲望の成れの果てに今の人類のみの世の中を好き放題に席巻してきました。もはや教えというものも何が正しくて間違っているのかも、あらゆる宗教派閥紛争や権利権力の集中や歪んだ知識の上書きの連続でもはや原型すらとどめていません。時折、自然災害に遭遇し目覚めるかと思えばまた同じことの繰り返し、人類は歴史から学びません。

しかし現代のようにいよいよ人類の成熟期で文明の末期症状が出ているからこそ、私たちは原点回帰し今一度、真実に目覚める必要があるのではないかと私は感じます。その真実は、誰かの専門家や権威の知識ではなく、大多数が信じる何かではなく、説得力のある本質的な正論でも教えでも記録でもなく、「真実を生きてきた人たちの背中」から學び直すことだと思います。

人類は、過去に何度も滅びそうな目にあってもいざという時のために種を遺してきたから今も持続しているともいえます。種は改良してどうしようもないほどに改悪されても、もしも最初の種が残ってあればそこからちゃんと生まれ変わり甦生することができるのです。

その種とは単なるDNA的なものではなく、意識や精神、生き方や暮らし方などを保つ人々の生活様式などが統合された今も遺り生きる人々の叡智のことです。

私は暮らしを変え場を創ることで、人類は変わると信じている一人の人間でもありますが暮らしの根源を持つ人たちはまさに私にとって人類の大先達です。

大先達から人類とは何かを真摯に學び直し、子どもたちのために真実の道を結んでいきたいと思います。