心のふるさと

ずっと親しく心を通わせ共に子どもたちの心のふるさとを目指した大切な方が急逝されました。いつもお会いすると、明るい声で笑い、優しい眼差しで心を包んでくださいました。相手への尊敬や見守り、自己を律し、理念からブレずに無欲に判断するお姿に経営者としても学ばせていただくことばかりでした。

振り返って見ると、お会いしたのは20年以上前になります。

子どもたちを深く愛し、どうしたら一生その子が安心して使命を全うできる心を持つことができるのか。ふるさとは、場所だけではなく心の中にこそあると信じ、保育の場づくりを磨いておられました。

感覚が大変鋭敏で他の人にはわからないようなこともすぐに察知されました。また独特な観察眼を持たれ、心の声を聴いてそれを暗黙知で語られるような方でした。そこから誤解をされたり、変な解釈をされたりと苦労しておられました。私自身は発達障がいが多くあるので、幼い頃から変人の自覚があり開き直っていましたが組織を運営するとなると、職員さんや関係者に思いや理念を伝える必要があります。大切な仲間に思いが伝わらない忸怩たる思い、苦しみは深く共感できました。

そこで何かお役に立ちたいと一念発起し、私が組織の間に入り、理念を翻訳し、一人一人に理解できるように解釈の仕方を伝え、傾聴や対話によってみんなが共通理解できるような場づくりを導入しました。

もともと思いやりが深く、人間力が高い方でしたからあっという間にみんなが和合して仲睦まじく同じ目的に切磋琢磨するようになり地域や関係者からも信頼される素晴らしい場になりました。

息子さんや娘さん、兄弟やご親族も一緒に働いておられいつも子どもたちやスタッフや関係者のために何ができるかとみんなで試行錯誤をなさっていました。困った人がいたら親以上に親身になり、善いことがあれば先入観もなくすぐに取り入れ、未来のためになるなら何でも大事なことだと手放しで応援しておられました。人情溢れる映画の寅さんのような田舎の風景です。

この数年は、逆に私のご相談に乗っていただくばかりで魂のメンターをしていただきました。特にメンターとしては、「お水」についての教えや智慧の薫陶でした。お水に深く愛され、まるでお水の徳を体現するような人でした。時の流れを止めない人、必要なものを受け取り、必要なものを手放せる人、自分だけで抱え込まず、人や物事を巡らせる人、柔らかく、しかし信念は失わない人、低いところへ自ら身を置き、人を潤す人、清らかでありながら、多様なものを受け入れる人、争わず、それでいて必要なところでは力を発揮する人、龍のように高いところから見守り、ひとたび時が来れば英断をし遣り切る人、まだまだありますが水神のように、そして龍のような存在の大きさを感じさせていただく人でした。

私は、幼い頃からお水に見守られて育ってきましたが井戸掘りを本格的に取り組むようになったのもこのご縁からでした。いつもお水を身近に感じて、心を澄まして心の声を聴くこと。龍と同行二人に歩んでいくこと、その生き方を伝授していただきました。

人生の大恩人でもあり、今は喪失感でいっぱいです。

しかし、生き方を伝承しているからこそ止まるわけにはいきません。お水が流れ続けるように、いのちが循環し続けるように、私は倣った生き方、生きざまを止めないように歩み続けていきます。再び、循環し巡り会ういのちになるようお水が澱まないように真心や愛情のバトンを受け継ぎ子どもたちに注ぎ続けます。それが故人の願いだと直観しています。

最期に心に遺っている言葉です。

「今はすぐに見返りがなくてもいい、長い時間をかけて必ず徳や恩は帰ってくる。お水が喜んでいただいたのなら、大丈夫それでいい。見守ってくださっていることを忘れないように」と。

いつまでも心に聴こえる声は、あのいつもの笑い声と大丈夫だからという安心と観守りです。

唯一無二のご縁に深く感謝しています。

日本人のふるさと、心のふるさと、必ずその「場」を私が守ります。

どうか安らかに、心のふるさとが永遠でありますように、ありがとうございます。