差の本質

この世界には「差」というものがあります。例えば、温度差や高低差、個人差などあらゆる差があります。この差というものをよくよく観察していると、この宇宙は差によってあらゆるものが「流れる」ことがわかります。

熱伝導なども差によって発生します。私の実践する祐徳石風呂はその原理によって心身を深く癒します。

備長炭を使って、特定の周波数を放つ鉱物、つまり石を長時間をかけてじっくりと熱を伝導させていきます。石はその熱を石の内部に取り込んでいきます。振動が熱によって複雑に凝縮され、それがある一定の運動量まで昇りつめます。そして火を落とせば、時間をかけて周囲の温度差に合わせて熱が移動していきます。

時折、植物の生薬やお水をかけることによりさらにその熱伝導の差の運動は複雑な変化を創造します。この時、その熱が体内のあらゆる存在と関係を結び振動させていきます。また地下水のお水をかけ流し、その流れの中に入ることで振動がさらに揺らされ調和を探していきます。

差というのは、つまり調和をもたらすというものです。

これは宇宙や自然の原理の一つということでしょう。差を分けて、差別をするのではなく差があるからこそ調和がはじまるという真理がある。

これは温かいお茶を飲むときでも、自分の健康を保つ温度が36度くらいで保たれているものすべて同じ原理が働いているということです。

流れないものを流すというのは、「差」を産み出すことです。逆に差がないことをマンネリ化などということもあります。大事なのは、何の差を創造するか。この時、その差は関係性であることは自明の理です。

これは冷熱や静動の間、働きそのものの差を見つめるということです。

田んぼの稲を観ていると、最近は熱帯夜が続き夜に温度が下がっていません。つまり差がなくなっているということです。差がなくなれば循環は止まり、流れがわるくなり生命は弱ります。生命はそもそも流れの中に存在するものですから流れをどう澱まず滞らさないようにするのが技術です。

関係性を通しての場づくりに、この差は欠かせません。暮らしフルネスの場づくりの技術を調えていきたいと思います。